第219話 王都事変01

 俺とアベルがのんびりと地下で寝ている間に、王都は大変な状態になっていた。

 流石に地下には電波が入らないため、通信がオンラインになった瞬間、怒涛のように情報が押し寄せてきた。

 『ラプラス』を貴族街にある伯爵邸に待機させているため、緊急通信だけは確保できていたのだが、脱獄して対処に当たらねばならない程の事態では無さそうだった。


 情報を見る限りでは、宗教裁判所の騒ぎが鎮圧された後、王都の至る所に『人狼』が出現し始めた。

 命を拾った法王や枢機卿達が反撃に出る機先を制して、王城にも貴族街にも下町にも『人狼』は現れた。

 法王たちが混乱を極める状況を収拾したころには、王城は孤立しており、全ての門が閉ざされ内部との連絡は途絶えた。

 貴族街でも『人狼』鎮圧に差し向けた騎士団員が、突然『人狼』へと変じるなどと言う状況も発生し、皆が疑心暗鬼になっている間をついて電撃的に王城を占拠されたのだ。

 多大な犠牲を出しつつも状況を立て直し、ようやく俺とアベルの事に思い至ると、騎士を回して開放してくれたと言う流れだった。


「よう、お二人さん! ぐっすり眠れたかい? 寝相が悪くて牢屋を壊すなんて、流石はシュウだぜ。寝起きのところ悪いんだが、伯爵邸に集まって貰えねえかな?」


「いや、寝相で壊したんじゃないよ! っと言ってる場合じゃないか。アベルと一緒にすぐ戻るよ」


 ドクからの通信に返事をすると、アベルと迎えの騎士に事情を話し、俺とアベルだけが先行して伯爵邸へと戻ることになった。

 俺とアベルが伯爵邸に到着すると伯爵の執務室ではなく、何故か大食堂へと案内された。

 確かに食事をとっていないため空腹ではあるのだが、緊急で呼び出されたと言うのに悠長に食事をしている暇などあるのかと訝しんでいると、開け放たれた扉から衝撃的な光景が飛び込んできた。

 派手さはないが上品さを醸し出していた調度類は取り払われ、ドクが大写しになっているスクリーンの横にホワイトボードが置かれていた。

 そしてマーカーを手にしたコンラドゥスが板書を行い、長机と不揃いな椅子に掛けた大勢の人たちと会議の真っ最中だった。


 何と言うか刑事ドラマでよく見るような対策本部のイメージに近く、服装が中世ヨーロッパ風であるだけに違和感が付き纏う。

 壁際には給仕たちが控えており、見ると軽食や飲み物を提供しているようだった。

 俺たちの到着に気付いたドクが、スピーカーを通して声を掛けてくる。


「すまねえな、急がせちまって。ちとチームの指揮官と最強戦力を遊ばせておく余裕がなくなっちまった。端的に言うが、王城が占拠された」


 スクリーンに同心円が描かれた模式図が表示され、ドクが音声だけで解説を続ける。


「ここ王都ってのは中心に『神樹アールボル・サークラ』を据えた同心円状の構造になっている。内側から外に向かって『王城』、『貴族街』、『下町』と大雑把に三層になっているんだが……」


 中心に黒点、その周りを色と大きさの異なるドーナツが取り囲むような俯瞰図から、立体感のある斜め上から見下ろした立体映像となり、それぞれの層とを隔てる壁の存在が強調表示される。


「『王城』と『貴族街』を隔てる内壁と、『貴族街』と『下町』とを隔てる中壁、そして王都と外を隔てる外壁の3つあるんだが、この内の2つが閉ざされた」


 ドクの声と共に内壁と中壁に設けられた各所の門が崩壊し、『王城』と『貴族街』はそれぞれに孤立した状態となった。


「んで、どうも『王城』と『貴族街』に『人狼』が出現して、暴れまわっているらしい。ここ『貴族街』の騒動は、対処法が確立されてるんで、割と簡単に処理が進んでいるんだが、『王城』との連絡が一切取れねえらしいのよ」


 説明が一段落したので、気になった事を確認してみる。


「普段はどうやって連絡していたの? 伯爵領みたいに鐘?」


「いんや。まあ流石は王都ってところなんだろうかね? 緊急時の物だけでも三系統あって、鐘と狼煙と伝書鳩。んで、その全部が沈黙してる」


「法王や枢機卿達が見当たらないが、彼らは何処へ行ったんだ?」


 アベルが訊ねると、ドクは面倒臭そうに答える。


「救出には感謝するが、自分の身は自分達で守るんだと。伯爵家の騎士を借りて、子飼いの神殿騎士を呼びよせた後、出て行っちまったよ。

 で、『貴族街』の鎮圧には乗り出したらしいんだが、『王城』までは手が回らねえってんで、伯爵に協力を要請してきたって話だ。

 都合の良い時だけ利用しやがるんだから、お偉いさんって奴は好きになれねえぜ。まあ伯爵が許可したんで手伝ってるんだがよ」


「んー。でも、助けるって言っても何するの? 俺だけなら王城に入れるだろうけど、王族なんて一切面識ないよ? それに緊急連絡手段が潰されているようなところに、今から行っても遅くないかな?」


 俺が思いついた事を順に指摘していく。正直に言えば気乗りはしないのだ。

 『魔術師』を追い出したという王族に良い印象がないというのが大きいし、助けたところで足手まといになる未来しか見えないからだ。

 クーデターだろうが何だろうが、勝手にやって貰って、落ち着いたところを叩き潰せば良いだけだ。

 敵味方がはっきり分かれている状態の方が、思い切った手段を取りやすいため、効率だけで言うなら王城は陥落し、王族は皆殺しにされてくれるのがベストという非情な判断をせざるを得ない。


「一応王城にも近衛騎士団ってのが居るらしくてな、まあお約束通りの見掛け倒しなんだが。王の寝所付近を守る一部隊だけ突出して強いらしい。そいつらなら一日程度は守り通しているだろうって話だ。

 その部隊長を務める騎士って奴がすげえのなんの。話を聞いているだけでも人類か疑わしい感じだ。少なくとも近接格闘能力だけなら、チーフより上かも知れねえぞ?」


「ほう! そう言われては黙っている訳にもいかないな。その隊長様とやらはどんな武勇伝をお持ちなんだ?」


 ドクの挑発にアベルが食いついた。正直に言うと俺も割と気になる。


「その部隊長はかつてアンテ伯領の騎士団に在籍してたんだとよ。まあ武勇の誉れ高いアンテ伯領で修業してから仕官すると出世が早いんだな。んで、赤猪っていたろ? 騎士が4人掛かりで倒したってえあいつだ。あいつを一人で倒したんだとさ、素手で」


「素手!? 体重が1トンを超える獣相手に、人間が素手で勝てる訳がない!」


「何とも豪快な事に、真正面から殴り殺したらしいぜ。笑えるよな!」


「いや、ちっとも笑えないよ! むしろ怖いよ! え? その人は身長3メートル、体重1トンぐらいあったりするの?」


「詳細は知らねえけど、チーフよりゃデカイかな? ってぐらいらしいぜ。人類の範疇で、その無理を押し通したらしい」


「何とも凄い人間が居たものだが、話を本題へ戻そう。法王からの要請内容の詳細確認や、それを受けてどう動くか作戦を立案しよう」


 アベルが脱線していた話を戻し、チームとしての行動方針を立てようとしたところへ、ドクが割り込んだ。


「どうやら先方は待っちゃくれねえみたいだぜ。どっちにしろ偵察は必要だからドローンを飛ばしてたんだが、これを見てくれ」


 そう言うと再び画面が切り替わり、空撮された王城の一角を主観カメラで捉えた映像が映し出される。

 そこには王城と言うには妙に装飾が排された簡素な切り立った壁と、丸い尖塔で構成された城が映っていた。その壁面の一角に大穴が開いていた。

 距離があるためか音声が拾えていないが、崩れた壁の内側から外に向かって何かを落としている鎧姿の人物が見える。

 傍にはシーツと思わしき布に包まれた何かが転がっていた。そして鎧の人物が、あろうことか天蓋付きのベッドを持ち上げ、やはり投げ落とした。

 何をしているのか理解できないが、尋常ならざる事態が進行しているのは確かなようだ。

 我々が呆気に取られている間にも、その人物は部屋中の布製品を掻き集めたかのような塊を投げ落とし、転がっていたシーツの塊を抱えると、自分も穴から下へと飛び降りた。


「ドク! 今の人物を追跡しろ! シュウは『王城』と『貴族街』を隔てる西門跡に取りあえず向かってくれ、追ってPDAに指示を送る」


「オーケー、周囲の熱源を探知しつつ追跡は続行中だ」


「判りました。それじゃ、行ってきます」


 給仕が差し出してくるバゲットにリエットのような何かを塗った物を受け取り、齧りながら装備を確認していく。

 ゆっくりと食事をとるような暇はどうやら与えられないらしい。給仕の差し出したカップのお茶でバゲットを流し込み、俺は伯爵邸を後にした。

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