第207話 押し寄せる危機01

 先触れを出さずに突如としてオリエンタリス砦へ押しかけた俺たちに、その場は一時騒然となった。

 しかし一刻を要する重大な要件があると伝えると、騎士たちは最優先で伯爵への面会を実現してくれた。

 彼らの尽力に見よう見まねの騎士礼を贈り、彼らの洗練された答礼を受け、俺たちは伯爵の執務室へと通された。

 そこには伯爵とコンラドゥスが揃っており、礼を欠いたにも拘わらず穏やかに迎えてくれた。


「伯爵。無理を言って申し訳ありません、しかし一刻を争う事態なのです。実は――」


 俺たちがボニファティウスから得た情報を元に推測した、アンテ伯領を襲う可能性が高い危険を訴える。

 何よりもまず難民の受け入れを中断し、外部(特に王都)との人の出入りを厳しく制限して欲しいことを申し入れた。

 幸いにもここ最近は難民受け入れの要請もなく、直ちに布告として発布し、伝令が走ってそれぞれの門へと急行する。

 俄かに慌ただしくなる周囲をよそに、俺たちは『人狼』の発生傾向について聞き取りをすることにした。


「コンラドゥス殿、『楽園教』の活動を制限して以降に発生した、アンテ伯領の『人狼』騒ぎはございますか?」


「正確な件数となると全ての砦や騎士の報告を纏める必要がありますが、すぐに判る範囲では一件も発生していません」


「我々が来る前に発生していた頻度はどの程度ですか?」


「そちらは平均して週に一度程度発生していました。そう言えば最近は出動依頼がなく、穏やかだと……」


 コンラドゥスが言い終わるよりも早く、遠くからかすかな鐘の音が聞こえてきた。

 徐々に音は近く、大きく聞こえるようになり、ついにはオリエンタリス砦の鐘撞かねつき台から音が響く。

 伯爵へと目を向けると、苦悩に満ちた表情となった伯爵が搾りだすように口にした。


「これは伝鐘でんしょうです。王都側にある西大門で騎士が救援を要請する事態が発生したようです」


「まさか……」


「先の伝令はまだ西大門には辿り着いていないでしょう。間に合わなかったか……」


 コンラドゥスも口惜し気に呟いた。陽動の可能性も考慮して、コンラドゥスが砦内の予備兵を現地へと派遣するよう指示しているが、到底間に合うように思えない。

 俺がアベルを振り返ると彼は顎で部屋の隅を示した。伯爵に断って二人から距離を取り、アベルと対応について相談する。


「どう思う、シュウ? タイミングが良すぎるとは思わないか?」


「そうですね、これは十中八九間違いなく内通者が居るでしょう。しかし今は内通者を探す余裕はありません」


「そうだな。そして我々が守るべき拠点は何か所だ?」


「まずは我々の本拠地たる『カローン』が第一、次が我々の庇護者たる伯爵の居るここ、一番優先度が低いのが外部との守りの要である西大門ですね、既に破られている可能性もありますから」


「妥当な判断だ。我々には近代兵器の他に圧倒的機動力という優位性がある。担当を決めるぞ、『カローン』はヴィクトルとウィルマに守らせる。

 足りない防御力はドクにセントリーガンを使うように指示してカバーする。俺はここに残り伯爵を守る、シュウはカルロスと装備を持ってここと往復したのち、西大門に向かってくれ。

 不測の事態が発生すれば即座に撤収するんだ。究極的にはこの領地を放棄してでもシュウの安全が優先される、近頃は無茶をし過ぎているからな。少し自重するように」


「非戦闘員はどうします?」


「ドクと共に『カローン』に籠って遮蔽モードを起動させる。遮蔽モード中の『カローン』はこの世界のどの建造物よりも安全だ」


「判りました。では、我々の意見を伝えて行動しましょう。アベル、何人いますか?」


「3人だ」


「伯爵。それと護衛の方3名も出てきて頂いてお聞きください。我々も対処を手伝います」


 俺の台詞に伯爵とコンラドゥスは頷き、護衛たちに出てくるよう促した。

 突如として壁際の燭台が置かれた石柱が音を立てて回り、中から鎧姿の騎士が現れる。ギョッとしていると床がこんもりと盛り上がり、カーペットの裏側からやはり鎧姿の騎士が現れた。

 最後に伯爵の執務机の後ろに掲げられたタペストリーがめくれ上がり、ガチャガチャと音を立てながら騎士が姿を見せた。


「我々が守るべき場所は3つです。まずはここ、次に我々の拠点たる旧オリエンタリス砦、最後に西大門です。

 ここはアベルとカルロスが警護に当たります。私が離れると意思疎通が出来なくなりますので、出入り口を一ヶ所に制限し、伯爵とコンラドゥス殿は退路を確保して待機して貰います。

 カルロスと装備を運んできますので、それ以降は絶対にこの部屋から出ないで下さい。護衛騎士の方とアベル達で入口を守ります」


「そ、それでは西大門の対処が……」


 コンラドゥスの反論は予測済みであるため、すぐさま答えを返す。


「そちらには私が向かいます。恐れ入りますが伯爵には、私の任務を証明する書状を作成して頂きたい。西大門で押し問答をする余裕が惜しいのです。

 私は準備の傍らに、領内の各所に中継器を設置します。それがあればアンテ伯領の全域で暫く通信が可能となります。

 それにより、ここに居ながらにして状況を正確に把握することができます。通信が繋がれば通訳はハルがやってくれます。

 何か不都合な点はございますでしょうか?」


 俺の質問に対して伯爵が口を開いた。


「ご助力はありがたいが、私はそれぞれの砦へと指示を出さねばならないのだ」


「残念ですが、西大門は陽動であり、狙いは伯爵のお命である可能性が高いため容認できません。

 それに通信態勢が整えば、ここから通信機器を介して各所に指示をする事が可能となります。

 今回は我々に従って頂けないでしょうか?」


 伯爵は喉を鳴らすと僅かに頷き、こちらを見据えて口を開いた。


「判った。既に幾度となく窮地を救って頂いておる。シュウ殿を信頼して我が領土の明日を貴方に託します、全責任は私が負いましょう」


「伯爵! ありがとうございます。必ずや信頼にお応えいたします」


 伯爵の信認を得て、我々はそれぞれに動き始めた。俺は各所を往復しながら資材と人員を配置し、準備が整った事を確認したのち、西大門へと転移した。

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