第167話 ファースト・インパクト

 最初は固唾を飲み、瞬きすらすまいと目を凝らしていた。しかし一向に現れぬ変化に待ちくたびれ、アベルと呼ばれた来訪者に話しかけようとした矢先にかげりが生じた。

 何の前触れもなく突如として現れた巨大な物体が陽光を遮った。形としては馬車に似ているが、大きさが違いすぎた。

 分厚く馬よりも大きな車輪がいくつも並び、継ぎ目すら見えない巨大な鉄の板が四角い箱を形作っていた。余りにも異質な大威容に圧倒され、思わずしり込みしてしまった。

 隣に立つアマデウスに視線を向けるが、普段は小憎らしい程端正な顔を呆けさせ、口を半開きにしたまま絶句していた。


「あれ? 反対に回ってらっしゃったんですね。お待たせしてすみません、これが我らの移動式拠点『カローン』です。ちょっと大きいですが、なかなか快適なのですよ」


 シュウ殿が巨体の影から回り込んで声を掛けてくる。何か返事をせねばならないと思うのだが、口の中がカラカラに乾いて言葉が出ない。


「これは我々の家も兼ねています。仲間も連れてきているのでご紹介しますね」


 そう言ってアベル殿と一緒に物陰へと回り込んでいく。かんぬきを外すような物音とともに、金属を叩くような音が連続する。

 最後に羽音がして、複数の男女が現れた。男達は皆体格に優れ、一人は何と黒い肌をしている。女もやや浅黒く、他には少女が二人いた。

 手を繋いだ姉妹と思われる少女達は、年恰好以外はまるで似ていない。肌の色から顔つき、体つきまでが違っていた。


「ご紹介します。私とアベルは省きますが、私に近い方からヴィクトル、カルロス、ドク、ウィルマ、ハル、サテラです。そしてもう一羽、スカーレットという仲間が居ます」


 シュウ殿の紹介に合わせて各自が会釈をする。最後の仲間とやらはシュウ殿の肩に止まっていた。それは見た事もない美しい鳥だった。

 宝石のような赤く透き通った羽根を持つ、赤と黒と金で構成された美しすぎる造形をしていた。大きく翼を広げているさまは幻想的ですらあった。


「すみません。この子はちょっと人見知りをするのでご容赦下さい。さて、こちらのお年を召した方がアンテ伯マーティエル様。伯爵閣下だね。隣に居られるのが筆頭騎士のアマデウス・マラキア卿。我々を受け入れて下さる領主様方だよ」



◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺は口を戦慄わななかせている伯爵に歩み寄ると、ハルさんに用意して貰った資料と茶色い樹脂製のカードを手渡した。

 ハルさんに手招きして近くに来てもらい、伯爵に向かって紹介しがてら話を進める。


「今お渡しした紙に我々の名前と役割が記されています。そちらの茶色いカードには各自の顔写真があるので、名前と外見が把握できるようになっています。少し特殊な代物なので紛失には十分ご注意願います」


 ICチップ入りのIDカードを何と説明したものか難儀していると、ハルさんが一歩進み出て名乗り出てくれた。


「我々チームの渉外担当をしておりますハルと申します。お見知りおき下さい。私と彼の2名しかこちらの言葉が判りませんので、御用の折はどちらかにお申し付けください」


 普段控え目なハルさんが実に堂々とした態度で話すのを見て少し驚いた。中世ヨーロッパ的な文化だと女性は一段低く見られる傾向があるが、伯爵たちはそれどころではないのか言われるままに頷いていた。

 彼らの様子を見る限りでは実務的な話は出来そうにないと判断し、いったん別方向から攻めることにした。ハルさんが彼らと話している間に、『カローン』後部に回り機材を取り出していく。

 テーブルと椅子を小脇に抱え、伯爵たちの許へと歩み寄り、お茶を飲めるようにセッティングして場を整えた。


「立ち話も疲れますでしょう? お茶をお淹れしますので、一息つきませんか?」


 面通しが終わった各自には『カローン』へと戻って貰い、俺とハルさん、伯爵とマラキア卿の4名がテーブルに着く。

 本来は沸騰したてのお湯が良いのだが、この際保温のお湯で我慢して貰うことにして、伯爵たちが見つめるなかお茶を淹れてゆく。

 それぞれのカップに紅茶を少しずつ注いで回り、最後の一滴ことゴールデンドロップが伯爵に当たるよう留意する。

 『魔術師』が紅茶を知らなかったのだから、当然伯爵たちも紅茶は知らないはずであり、作法など然程意味を持たないのだが習い性というのはふとした折りに出てしまう。


「これは紅茶と呼ばれる我々の世界で親しまれている飲み物です。『魔術師』の暮らす島でも作れるようになりました。お好みでこちらの砂糖とミルクを入れてお召し上がりください」


 そう言って普段はストレートで飲むのだが、ミルクと砂糖を入れて一口飲んで見せる。お茶請けもあった方が良いかな? と準備しておいたケーキスタンドから小皿にサンドイッチとスコーンとケーキを載せて配った。

 先に肉で腹が満ちているであろう伯爵には少し重いかもしれないが、サンドイッチは生クリームタップリのフルーツサンド。クロテッドクリームとイチゴジャムを添えたスコーンに、ブルーベリーソースが映えるレアチーズケーキという組み合わせだ。

 なかなか食指が伸びないマラキア卿だったが、先に伯爵が紅茶に手を伸ばし、マラキア卿が止める間もなく飲んでしまう。


「なんと爽やかな香りとスッキリとした渋み。これは実に美味しい!」


 伯爵はそう言うと残りを一気に飲み干して唸った。すかさずにティーポットからお代わりを注ぎ、お茶請けも勧めた。

 伯爵は勧められるままに次々と口にしては絶賛する。伯爵の劇的な反応を見て、ようやくマラキア卿も紅茶を飲んで目を見開いた。

 ヨーロッパにおける飲料の歴史はワインと水からコーヒー、紅茶へと移り変わっていったと記憶している。

 『魔術師』に聞いた限りではワインはこちらにもあるらしい、水があるのは当然としてもお茶は画期的だったのかも知れない。

 そしてお茶請けの甘味を味わった瞬間、マラキア卿が椅子ごと後ずさった。


「おや? 甘いものは苦手でしたか? 甘くないお茶請けもありますのでご用意しましょうか?」


 俺の言葉を受けて我に返ったマラキア卿は椅子に掛け直すと謝罪した。


「失礼しました。味わったことのない品に驚いてしまいました。これは皆さまの世界では一般的な品なのでしょうか?」


「そうですね。割と庶民的な飲み物です。お茶請けを色々出すのはそれほど多くはないですが、少なくとも私やアベルの故郷では一般的だと思います」


 俺がそう答えると伯爵とマラキア卿は絶句していた。その様子から性急にことを進めるのは難しそうだと判断し、こちら側の当面の予定だけを持ち帰って貰う事にしてお茶会はお開きとなった。

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