第119話 救出ミッション

 『闇の森』に突き立った謎の光が収まった後、アベルは決断を迫られていた。謎の光による攻撃が複数回無いとは断言できないのだが、シュウが生きている可能性があるのは今だけなのだ。

 死のリスクが高い救出ミッションに自分以外の誰かを派遣せねばならない。幾度となく不可能と言われたミッションを成し遂げてきたアベルだけに、これが初めてのシチュエーションという訳ではない。

 しかし決して慣れる事が出来ない状況だ。気心の知れた仲間に死ねと言うに等しい命令を下し、戻らぬ部下を見送る度に彼は隊長という地位にいる事が嫌になる。

 トリアージ、緊急事態における命の優先順位である。シュウの死亡は部隊運用を著しく制限し、地球への帰還という最優先ミッションを達成不可能に追い込む。

 犠牲を出してでも彼の生存に賭ける必要が今はあった。死地へと送る部下を選ばねばならない苦悩の中、ヴィクトルが志願した。


「チーフ。私がシュウの捜索に向かいます。そもそもシュウがいなければ私は生きていなかった可能性が高い。万が一生きていたとしても失明に加えて両腕欠損です。自ら死を願ったかも知れません」


「良いのか? 言うまでもない事だが、危険だぞ。第二波が来ないとは保証できん」


「承知の上です。『闇の森』までなら中継器さえ設置すれば通信も届きます。私が戻らなかった場合は手を引いて下さい」


「すまない。いやヴィクトル、君の決断に感謝する。シュウを、俺たちの未来を頼む!」


「お任せ下さい。折角拾った命です、むざむざ捨てるような真似はしません。生き延びて、シュウも連れて帰ってきますよ」


 整備が行き届き、すぐに出発可能な車両という事で砂漠仕様のままになっている『HONDA CRF450』が選ばれた。

 2基の通信中継器を積み込み、AEDや救命キットも積み込むとエンジンを唸らせ、ヴィクトルは放たれた矢のように飛び出していった。


 ヴィクトルを見送ったアベルは立ち止まってはいられない。命はあったものの重症で、手当が遅れたがために手遅れになったでは話にならない。最善を尽くす必要があるのだ。

 『地妖精の都アスガルド』に駐留している医療スタッフに連絡を取り、救急車両の設備も利用可能にしておく必要がある。更に必要な薬剤のリストアップや輸液の確保などやるべきことはいくらでもあった。

 残念ながらハルは使い物にならない。ショック状態になったまま気を失ってしまっている。ドクと連携していつ通信が入っても対応出来るように準備を進めることにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 オフロード仕様のバイクは軽快な走りを見せていた。地面の起伏による反動をサスペンションでいなし、遠目にも異質なガラスの森へと疾駆する。

 PDAからの警告音がヘルメット内に響き、スロットルを緩めるとバイクを停止させ中継器を設置する。これで2基目の中継器だ、後は元『闇の森』に向かうのみ。

 近づくに連れてその異様は否が応でも目に入る。高さ30メートル以上もある巨木は透き通った黄色のガラス質へと変貌しており、黒々とした葉までが黄水晶シトリンの細工と化していた。

 硬化した際に柔軟性を失ったためか、質量に耐えられなかったのか、多くの枝が折れて立ち枯れたような姿を晒している巨木がほとんどだ。


 一面を覆っていた黒土もガラス質になっており、昔テレビで観たメキシコにあると言う水晶の洞窟を黄色くしたような異質な景観を呈していた。

 スリップを懸念していたが、オフロードタイヤはしっかりとガラス質の地面を捉え、バイクを前へと走らせてくれる。脆そうに見えて相当な強度があるのか、走行していてもひび割れる様子もない。

 むしろ危険なのは頭上だった。パキパキという異音と共にあちこちから剥離した結晶や、折れた枝が丸ごと落ちてくる。細い枝は何とでもなるが、太い枝は厄介だ。

 高所から落下し、地面を覆う強固な結晶面に激突すると鋭い破片となって襲い掛かってくる。枝が落下してくる空間を避けると必然的に巨木の幹すれすれを走行することになり、盛り上がった根や回避していても飛び込んでくる破片で運転が難しい。


 視界一面が黄水晶だらけであり、ここに踏み込んでからは真っすぐ走行出来ているのかすら判らなくなりつつあった。方位磁針と計器のみを頼りに可能な限り直進コースを取る。

 と、不意に視界が開けた。目の前に折れた巨木が突き立った女王蟻の墓標が見えた。この近辺にシュウはいたはずだ、しかしシュウのPDAやゴーグルに埋め込まれた識別装置は機能していない。

 地面であろうと樹木であろうと水晶化していることを考えれば、機械の類も結晶化してしまったとみるべきだろう。ここに至っては目視で探すしかない。

 バイクを目印となる墓標に横づけし、シュウの痕跡を探す。シュウは黒土を採取していたはずだ、地面が大きく抉れている場所があればその付近にいる可能性が高い。


「シュウ! 私です、ヴィクトルです! 聞こえていれば返事をしてください!」


 大声をあげて呼びかけるが、返答はない。聞こえてくるのは吹き抜ける風が結晶となった葉を揺らすシャラシャラと言う音や、未だに落下をし続ける枝葉の破砕音のみだ。


「ヴィクトルです。女王蟻の墓標付近に到達しました。現時点でシュウは確認できていません。引き続き捜索を行います」


 通信機に一方的に告げると、墓標を中心に円を描くように探索を開始する。10分ほども探索し続けた時、地面が真四角にくり抜かれている不自然な地形を発見した。

 ここだ! ここから黒土を転移させたはずだ。恐ろしく深い穴に落ちないよう、警戒しつつ周辺を探索し続けた。


 そしてヴィクトルは発見してしまった。確かにシュウはそこに居た。覚悟はしていたとは言え変わり果てた姿に絶句する。毛髪から衣服に至るまで全てが水晶と化し、繊細な人体彫刻となって風景に溶け込んでいた。

 光を乱反射する黄水晶の世界に於いて、シュウを発見できたのはただ一つの異彩。漆黒の球体が体を透かして見えたからだった。

 唇を噛みしめつつ映像を送り、通信機を起動すると報告した。


「ヴィクトルです。シュウを発見しました。対象はKIA(戦死)です。左側の眼球を除き、全てが結晶化しています。指示を願います」


「……ご苦労だったヴィクトル。見る限りでは遺品も持ち帰れそうにないな。ん? ゴーグルが無いな、近くに落ちていないか?」


 アベルに指摘されて初めて気が付き、周囲を見渡す。シュウが最期の瞬間に咄嗟に顔をかばったのか、腕が動いたであろう方向に元ゴーグルだった物体が落ちていた。


「発見しました。ゴーグルも結晶化していますが、せめてこれを持ち帰ります。他に何かすべき事はありますか?」


「ありがとう、ヴィクトル。位置座標はマークした、君が無事に戻ってきてくれればそれで十分だ」


「了解しました。今から戻ります」


 通信を切るとヴィクトルは結晶化したシュウを振り返る。呆気にとられたような表情で恐怖を感じる暇も無かったのだろう、今にも動き出しそうな状態の立像になってしまっていた。

 ドクに託され、生前シュウが好んだとされる『命の水ドクペ』を結晶像の頭から回し掛け、自身も一口呷ってその薬臭さに眉を顰める。

 残り半分ほどが入ったペットボトルを足元に供えると、ヴィクトルは振り返ることなくその場を立ち去った。

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