第100話 異世界産のストッキング

 ドクを伴って『地妖精の都アスガルド』に戻ると、ドクと一緒に『エレボス』に乗り込む。

 ここには素人の俺であっても材料さえ持ち込めば、高品質なストッキングを短時間で編み上げる加工機械が存在する。

 機械式編機には色々なものが存在するが、ミシンのような平面の生地を編む横編機、筒状の生地を編むことに特化した丸編機、垂直方向に編み上げるミラニーズ編機等が有名だろう。

 しかし『エレボス』の加工機は違う。しいて言うならば日本が誇る島精機製作所が生み出したホールガーメント編機に近い。

 ホールガーメント編機とは無縫製の衣料を作り上げる機械である。従来の編み物は頭被りプルオーバーのセーターなどを作る場合、前身頃、背中、左右の袖と4パーツを作成し、それぞれを繋いで製品としていた。

 しかしホールガーメント編機は胴体、左右の袖という3つの円筒を同時に裾から編んでいき、袖と胴体部分が接合する部分に差し掛かると袖を編んでいた機構は停止し、胴体を編んでいた機構のみが袖部分と一体化した太い筒として編み上げるのだ。

 こうすることで縫製を必要としない一体成型の衣服が完成する。


 そして『エレボス』に搭載された『加工機械アラクネ』は更にその先を行く。特殊部隊が着用する戦闘服を立体的に一体成型で編んだり、織ったりする蜘蛛の脚じみた無数のアームが設置され、プログラムに従って縦横無尽に動作する。

 局地運用が可能となるよう万能性を追及したため、アラクネが一機あればあらゆる衣料は成形できる反面、マシニングセンタ並みの巨大装置となり、コンピュータ数値制御CNCが必須とされるため操作に特殊技能が必要とされる欠点も抱えている。

 しかしそもそもこの機械を製作したドクが居るため欠点は欠点たり得ない。早速サテラのストッキング用に仕立てた型紙をプログラム指令へと変換して貰い、同時に6本のキャリアが必要になると指示が出たため、作った絹糸をセットする。

 静かに駆動を始めたアラクネは、ものの数分で一着のストッキングを吐き出した。クロッチ部やランガード、ウエストテープ部に至るまで完璧な仕上がりのストッキングが完成していた。


「しかしシュウは実にHENTAIだな。まさかアラクネを使ってパンストを作る日が来るとは思わなかった」


「俺は女性の美しい脚部のラインを愛している。それを際立たせるストッキングに対して妥協は出来ないんだ。HENTAI? 大いに結構、これが俺のこだわりだ!」


 俺のフェチズムのために酷使されたアラクネの元ネタは例によってギリシャ神話に登場する。優れた機織り手であったアラクネは、自分は機織りを司る女神アテナをも凌駕すると嘯き、その増長を諫めにきた女神アテナと機織り勝負をすることになる。

 実際にアラクネの技量は凄まじく、女神から見ても非の打ち所がなかったのだが、勝負の際に主神ゼウスの浮気を嘲笑する柄のタペストリーを織り上げてしまった。

 父である主神を侮辱された女神の怒りに触れ、タペストリーとアラクネの織機は破壊され、アラクネ自身も己の愚かさを悟って自縊死する。

 アラクネを憐れんだ(一説には死すら許さなかった)アテネは彼女を蜘蛛に転じさせたとされている。

 ダンテの『神曲』では七つの大罪の一つ『傲慢』を戒める一例として、下半身が蜘蛛に転じたアラクネが登場する。

 そんな逸話を持つ存在を自ら創り出した機械に与えるドクのセンスは、ある意味中二病的に突き抜けていて清々しいとさえ思う。


 俺はドクに礼を言うと後で迎えに来ると言い置いて、出来上がったばかりのストッキングを紙袋に入れて『森都ラスガルド』へと転移した。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 森都へと戻ると俺たちの仮宿にアリエルさんが訪ねてきていた。緑色に輝く光沢を持つ美しい絹糸を見て、それから紡がれる衣類がどのような物になるのか知りたくて駆け付けたのだそうだ。

 大森林で採取した多肉植物の皮を剥いているチーフの作業を眺めていたサテラは、俺を見つけると駆け寄ってきたため抱き留める。


「お帰りなさい、シュウちゃん! チーフがね、お薬作るんだって」

「そうか、面白かったかい?」「うん!」


 満面の笑みで答えるサテラを床に下し、紙袋を探って目当ての物を取り出すと手渡した。


「僕からサテラにプレゼントだ。異世界産の絹糸製品第一号だよ。さあ着替えてきてごらん?」

「これってシュウちゃんが作ってた奴だよね? ありがとう! 着替えてくるね」


 ハルさんに付き添われて出て行ったサテラが暫くして戻ってきた。グリーンのブラウスに黒のデニムホットパンツ、そこから伸びる褐色の肌を透かして白く覆うストッキングが目に眩しい。


「どうかな? シュウちゃん、似合う?」


 そう言ってくるくると回るサテラを慈父の目で眺めつつ頷き、自分の見立てに間違いは無かったことに大きな満足感を覚える。

 突如アリエルさんが掴みかからんばかりに縋ってきた。


「どういう事ですか? あの緑色の糸を使って、何故白い織物が出来上がるんですか!?」


 あれ? そう言えばアリエルさんは漂白した糸を見ていなかったなと思い至る。緑色はあくまでも素材の色であり、染色することで後から色付けすることが出来ると教えると呆然としていた。

 項垂れるアリエルさんに次は黒く染めたストッキングを作るので、それを差し上げると言うと物凄く喜ばれた。取りあえずチームの女性であるハルさん、ウィルマの分とアリエルさんの3着を作るべく、また絹糸づくりから始めねばならない。

 そして黒く染めるのがまた難しい。厳密に言うと黒の染料と言う物は存在しない。意外に思う人が多いのだが、墨染であっても青みが掛かっており、完全な黒ではないのだ。

 今回は地球から持ち込んでいる染料を使うが、こちらで黒い染料を用意するならばオイルを不完全燃焼させた煤から墨を作り、膠で練って染料とするのが簡単だろう。


 三人にそれぞれのストッキングを製作することを伝えるとアリエルさんとウィルマはいともたやすく採寸したデータを提供してくれた。ハルさんは恥ずかしかったのか、自身が着用しているのと同じ既製品のストッキング(新品)をサンプルとして提供してくれた。

 オーダーメイドなのだから採寸した方が良いと思ったのだが、彼女の価値観を尊重して既製品の数値で良しとした。

 俺は新しい生糸を紡ぐべく、乾燥した繭を取りに保管部屋へと向かっていった。

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