第78話 ホード(大群)01

 カルロスが持ち帰った邪妖精の死骸は大きな反響を呼んだ。

 不確かな推定情報が物証によって近い将来の脅威へと繰り上がったのだ。緊急協議が催され議会が紛糾する。

 山妖精の総人口はたかだか四百人に過ぎない、戦闘可能な現役世代は3割を少し越えるのがやっとという有様。

 一方邪妖精は前回の襲撃と同規模と見積もっても四千匹、しかも全てが戦闘要員だ。百二十対四千という比率だけでも絶望的だが、更に山妖精側には損耗を少なくせねばならない理由がある。

 人口増加が非常に遅い長命種において、繁殖可能な若い世代が3割も減ろうものなら、遠からず自滅するのは目に見えている。

 この世界において病死は無くとも飢餓や事故死はあるからだ。損耗した四十人の人口が回復するのに何年かかるのか、それまでに養わねばならない人口は何人居るのかを考えれば、自ずと取れる対策が限られてくる。


 堅固な城壁と城門に守られた都市に立て籠もり、嵐が通り過ぎるのを耐え忍んで待つのだ。外部の耕地は放棄し、今ある物資を抱えて籠城する。

 幸い水源が都市内にあるため水は問題ない、しかし塩が無い。隊商が戻ってくれば、交易によってかなりの量の塩も仕入れてくるはずだが、彼らが間に合う保証もない。

 当然ながら備蓄はあるが、最長10周期(23年)分もの準備は無い。それらは長い年月をかけて積み立てていく物だからだ。

 少ない物資で籠城する場合、養う人口が減れば生存期間を延ばす事ができる。彼らが非情な決断を下そうとしていた時だった。


 ズバーン! 音を立てて会議室の扉が開かれる。現れたのは異世界の客人だ。通訳の男が進み出る。


「話は聞かせてもらいました。自分達だけで何とかしようと言う態度は非常に立派ですが、それで切り捨てられる老人は堪らんでしょう。

 子供たちの未来のためと言われ自ら命を散らす老人。美談でしょうが不必要な消耗です。我々がお手伝いしましょう。

 実は私たちはとある理由があって四半周期(半年)ほどで故郷に帰らねばならないのです。我々のためにもここは安全な備蓄基地でいて貰わないと困る。

 聞けば相手は槍とこん棒と弓矢で武装した歩兵がたかだか四千人だとか。極端な話をすれば、条件を整えるだけで一人の死者も出すことなく全ての邪妖精を抹殺することも可能です」


 全身を戦慄わななかせてギリウス氏が問う。


「そ、それは本当なのかね?」

「勿論です。プロですから。伊達に千年以上も殺し合いに明け暮れていた訳じゃないのです。積み上げた死体の重さが違います。

 とは言え手段は選べません。我々にもタイムリミットがある。ここで暢気に籠城している訳にはいかないのです。

 我々が手伝う条件として短期決戦を図る戦略を取ること、指揮権を我々に預けて頂くこと、戦闘前段階の労働力と資材を提供して頂くこと。

 この3つを飲めるのであれば、貴方がたに無血の勝利を齎すことをお約束しましょう。いかがです?」


 結論はすぐに出た。待っていても訪れるのは多くの犠牲を払った末の厳しい未来でしかない。それならば恐ろしい技術力を持つ異世界人に賭け、全員が生き残る未来を選ぶ。

 失敗しても失うものはない。元より籠城してやり過ごす予定だったのだ、食料以外の物資など供出しても惜しくはない。

 議会の総意として正式に依頼をする。報酬は来訪者の帰還に対して便宜を図ること。森妖精との橋渡しを行う事だ。

 報酬は全て成功報酬であるため、失敗すれば予定通り籠城するだけであり、失う物は何もないと言う、あまりにも有利すぎる契約に訝しむ。

 自分たちは騙されているのではないだろうか? 何か見落としはないのだろうか? しかし、いくら探そうともそんな物は見つからなかった。

 来訪者側からしてみれば、この程度の襲撃に何故立て籠もる必要があるのか判らない程であり、日曜大工感覚で排除可能な脅威でしかなかったからだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「皆集まっているな? 久しぶりのブリーフィングだ。とは言え楽なミッションだ、一口に言えばちょっと賢い害獣駆除だ。

 何故だか知らんが山妖精達は籠城する際に迎撃行動をとる気が無いようだ。だが我々は違う、攻められれば反撃もするし、戦争を吹っかけられたなら相手が降参するまで攻め続ける。降参しなければ絶滅させるまでだ。

 まあ一番手っ取り早いのは城壁に銃眼を設けてキャリバー50を撃ち続けることだが、立地を活かせば弾薬を消耗することなく勝てる。

 ここは山の中腹であり、相手は下から来る。つまり位置エネルギーが我々の味方だ。幸いなことに重量物をどんどんぶつける手段には当てがある。

 簡単な工事で戦場を限定し、地球伝統の各種ブービートラップでお出迎えしてやろう。それを乗り越えてやってくる精鋭たちにはシュウから丸太のプレゼントだ。

 質量兵器にさえ耐えきった猛者たちには、改めて地球産の鉛玉をぶち込んで体重を増やしてやろう。おっとバラバラになって体重は減るかな?」


 アベルのブラックなジョークにヴィクトルとカルロスは笑声を上げる。これは所謂軍人ジョークか、民間人は笑えない。


「奴らは散発的に波状攻撃を繰り返すらしいが、そんなものに付き合ってやる暇はない。

 ドクとシュウは協力して偵察を行って貰う。ドローンを飛ばし偵察しながら、中継ポイントをシュウの能力で設置し、探査範囲をどんどん広げてくれ。

 空から奴らの本拠地を発見し、そこを叩いて一気にケリをつける。俺とヴィクトル、カルロス、ウィルマは迎撃拠点の設計と工事担当だ。

 ハルはシュウ不在の間、山妖精たちとの通訳を務めて貰う。なあに少し高難易度のアスレチックコースを作るだけだ、安全基準はワザと設けないがな。

 建設用重機が使えないため、設計が終わった後にはシュウの助力が必要となる場面も想定される。シュウには負担をかける事になるが、俺はシュウならやれると信じている。

 さてここまでで質問はないか? 質問が無ければ各自作業に取り掛かれ、解散!」


 俺も覚悟を決めて席を立つ、邪妖精とやらに恨みは無いが、俺が俺で居られる間に地球へ帰るため犠牲になって貰う。

 一応意思疎通が可能かは試すつもりではあるが、意思疎通出来たところで交渉が折り合わなければやはり死んでもらう。

 俺たちに残された時間は少なく、反面やらねばならない事は多い。未だに目的すら掴めない『魔術師』の行方を追うためには森妖精の協力が不可欠だ。

 俺たちだけでは排他的な森妖精は会ってくれない可能性すらある。森に火でもかければ出てくるだろうが、印象は最悪となるだろう。できれば穏便に協力して貰える関係を構築したい。

 早速ミッションの詳細を詰めるべく、ドクのラボに向かう途中でハルさんに呼び止められた。


「シュウ先輩、待ってください。さっきチーフからシュウ先輩が邪妖精と交渉を試みると聞きました、それは本当なんですか?」

「ええ、本当です。まあ『ラプラス』が待機していますので、危険はありませんよ。交渉不可能なら即座に戻るまでです」

「そうですか。じゃあせめてこれを持って行って下さい! 私とサテラちゃんで作ったお守りです。何の足しにもならないかも知れませんがお邪魔でなければ是非お願いします」

「ありがとうございます。少なくともハルさんとサテラが無事を祈ってくれるなら、僕は万難を排してここに必ず帰ってきますよ」


 そう言うとタクティカルベストの胸ポケットにお守りを大事にしまい込む。ハルさんに礼を言って別れ、改めてラボへと向かう。

 邪妖精たちとの意思疎通確認など俺の我儘でしかない、本来必要のないプロセスだ。俺だけでなくチーム全員を危険に晒す無益な行いだが、ツーマンセルで斥候を行っていたという行動が引っかかる。

 組織立って行動できるからには指揮系統があるはずであり、指揮系統には階級が存在する。

 トップと交渉して決戦を避けられるのであれば、我々が立ち去った後の山妖精たちでも対処が出来るはずだ。

 必要ならば皆殺しも厭わないが、犠牲は出来る限り少なくしたい、そんな甘い考えに自分でも苦笑しながら歩き出した。

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