第二話 MARLYN 3/3
「テラフォーミングというのは、ある場所を自分達が住みやすい環境にムリヤリ換えてしまう事だ」
(ちがう)
エイルの代わりにそう解説するクロスに、エイルは反論しかけて止めた。意味に大差は無いからだ。いや、むしろエルデにとってはひとつひとつの言葉の本来の意味を説明するよりも「より本質を捉えやすい」表現に違いなかった。言葉の本来の意味などただの知識だ。それを咀嚼して伝える能力こそが教養と呼ばれてしかるべきだろう。要するにエイルとクロスの教養の差はまさに雲泥万里といえよう。
エイルは唇を噛みしめた。認めたくはないが認めざるを得ない自分の未熟さが悔しかった。
「アトマシンというのは、そうだね、君もよく知っているものさ」
「欲しっているもの?」
「そう、我々ファランドールではエーテルと呼んでいる物質の事だよ」
エイルにしてみればクロスの説明はおおざっぱに過ぎるものだった。しかしエルデがアトマシンという未知の言葉を理解する事に於いて、その言葉以上に本質を突くものがあるとも思えなかった。
言葉それぞれが表す説明ではなく、言葉が持つ力、すなわち「意味」を直接伝える事ができるクロスは、簡単に言えばエイルよりも深く理解しているという事ができる。MARLYNという名の「造物主」の事を。
「そしてプラントというのは、そうだね、ここではエーテルを作り出す設備のことだと理解すればいいと思うよ」
クロスの説明を聞いたエルデはなんとも言えない顔でエイルを見た。その表情はさらなる説明を求めているようでもあり、クロスの話の真偽を尋ねているようにも見えた。
エイルがゆっくりとうなずいてみせると、エルデは目を伏せてその形の良い額に手を当てた。
「ちょ、ちょっと待ってーな」
だがクロスは待たなかった。そして容赦がなかった。
「たぶん君の考えている事は正しいよ。要するにマーリンというのはエーテルを製造し、ファランドールにばらまく工場の事なんだよ。もう少しだけ付け加えるとすれば、その工場そのものではなく、それを管理制御する仕組みに対して付けられた名前さ。要するにファランドールの連中はファランドール・フォウから送り込まれた人格などないただの機械を太古から神だとあがめているということさ。連綿とね」
クロスがあえて「ただの機械」と言ったのはおそらくは自嘲が込められているに違いなかった。少なくともエイルはそう思った。同時に背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。なぜならクロスは当然ながら「マーリン」というプラントの目的が「侵略」であることを理解している。そのうえで他人事のようにそう言ってのける無感情ぶりが恐ろしかったのだ。
そして当然ながらエルデもその事に考え至っているはずである。そこに気付いたからこそエルデはいったん頭の中の整理しようしたのだ。さらなる未知の情報流入を一時停止させようとして「待て」と言ったのだ。
だが、エルデの考えはエイルの想像よりもさらに深かった。マーリンの目的に対する感想を口にすることは簡単だ。しかしエイルと違いエルデはファランドールの住人である。そしてただの市井の一住人では無い。あまつさえ人でもない。亜神として「フォウという世界の頂上付近」に在るべき存在なのだ。「付近」というのが微妙な表現ではあるが、どちらにしろエイルよりも広く高い見識で目の前の情報を処理できる、いやすべき立場であると言っていい。
エルデはクロスが提示したファランドールの最高機密とも言うべき情報の真贋についてはいっさい触れなかった。それらはおよそ一般の人間であれば頭から否定するに違いないただの「でっちあげ」であろう。だがエルデはエイルを知っている。自らも魂をフォウへ転送させているのだ。今さらフォウの存在を否定する立場にはいない。では両者の関係がどうなっているのかと考えた時、マーリンの目的をきかされれば腑に落ちない方がおかしいと言えるだろう。
だからエルデの考察は既にその先、いや内側に向いていた。
「なあ」
「なんだい?」
「正教会の上層部……というか四聖はずっと前からこの事を知っとったんやな?」
だからクロスにそう問いかけた。
クロスは暗い笑いを浮かべるとチラリとエイルを見やってから静かに答えた。
「そうだね。少し訂正しておくと『昔の四聖はみんな知っていた』という事さ」
クロスの答えにエイルが眉を寄せたが、エイルの口が開くよりも早くクロスは言葉を継いだ。
「具体的には約三〇〇〇年前までの四聖は大まかに事の次第を知っていたようだね。でもそれから先は四聖でこれを知る者は私一人だけだ。もっとも亜神という範囲では私一人だけど、この事を知っている人間はひょっとしたらいるかもしれない。ああ、念のために言い添えて置くけれど私はそういう人間がいるかどうかは知らないよ」
エイルはそのクロスの言葉の中の一部分に反応した。
「キセン・プロットか」
キセンはプロット・フォーの表向きの研究目的である「宇宙」とは別の可能性、すなわち「異世界」への移住計画の中枢にいたとされる人間である。エイルは少なくともそういう噂を耳にしていた。
今更ながら、いや今だからこそキセンと出会った時に交わした会話を思い出していた。そう、どう考えてもMARLYNに関わっている人物なのだ。自分では完成させていないような事を言っていたが、現実問題としてMARLYNはここに在る。当然ながらキセンはエーテルが満ちたこのファランドールのどこかでMARLYNが稼働していると確信していたことは間違いない。つまり彼女の口から誰かに「世界の理」が語られている可能性がある。クロスはそう言っているのだろう。
だがクロスは自ら示唆した可能性を否定した。
「とは言え、あの女が誰かに話したとは思わないけどね」
「同感やな」
エルデは殊更苦々しい表情を作って相づちを打った。
「他人にこの事を話してもあの女に益はないやろ。それどころか自分の立場が怪しくなるのが関の山っちゅうところやろ。アホでもなければこんな事を誰かに喋ろうとか考えへん。それよりも」
エルデは一端言葉を切るとクロスと対峙した。
「今さら罪や罰やとか言うつもりは毛頭無い。そやけどいちおう知っときたい」
「うん、そうだね」
「まだなんも聞いてへん」
「聞く必要はないよ。聞かなくてもわかる。いや、君が得た情報とこの状況をもとに分析すれば君の質問なんて一つだけじゃないか。あそこのフォウからの異邦人でもわかる事さ」
そう言ってエイルを見やったクロスだが、もちろんエイルは首を横に振った。
「無茶言うな!」
クロスは肩をすくめるとエルデに向き直った。
「ご想像通り、君が生まれたあの時代の四聖はMARLYNの真実と供にこの僕が葬った。これで答えになっているかい?」
その一言で部屋の空気が変化した。いやエイルには変質したように思えた。単純に温度や湿度が変わったのではなく、成分の割合までも変異したかのように思えた。そしてそれはどす黒く暗い匂いを放っていた。
「やめろ!」
エイルは思わずそう叫んでいた。同時に眼の前にいるこの世のものとも思えない殺気を放つ美しい三眼の生物に駆け寄ると正面からその体を抱きしめた。
「やめてくれ」
同じ亜神とは言え、クロスに比べると、これまでの人生のほとんどを眠って過ごしていたエルデは若く経験も浅い。しかもハイレーンだ。能力比べをしてもエルデの力がクロスのそれを上回るとは思えなかった。ここで一時の感情を爆発させ、クロスに敵対しても何の利もない。もしもエルデが何かをしでかすようならエイルは自分の持つエレメンタルの力を解放してでもそれを止めるつもりであった。
だが幸いなことにエイルの覚悟は実行に移されることはなかった。
「うん。おおきに」
そのゆっくりとした低い声の主がエイルの背に手を回し、少し強く抱きしめた後、今度はその手が両の腰に下がり、そのまますっと抱擁をはがされた。
「感情を制御せえとか、ウチももう、偉そうな事いわれへんな」
「エルデ」
「もう大丈夫や。もともとわかってたことやから。それでもちょっとだけアタマに血が上ってしもただけやから」
エイルは「今のがちょっとだけかよ」という軽口を呑み込んだ。その代わりに背後に立つクロスに顔を向けた。
「なんで仲間を殺したんだ?」
「それは愚問だよ、フォウからの少年。この事を僕一人の秘密にしておくためにだよ。おっと、次の君の質問もわかっているよ。『なぜ秘密を独り占めするのか』だね。もちろん理由はある。君がそれを理解しようとすまいと物事には理由があるものだよ」
「その理由とやら、教えてもらえるんやろ?」
エイルの肩越しにエルデがそう問いかけた。
「ウチらをここまで連れてきたのは、もともとその理由を伝える為。そやな?」
クロスはエイル達にゆっくりと背を向けると、背後の明滅するMARLYNの壁、いや操作盤のようなものを眺めながら口を開いた。
「エイミイの王、エイルよ。君は信じないかもしれないが、私は……いや僕は実の所、大の平和主義者なんだよ」
それはクロスの長い話の始まりであった。
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