第三十三話 混迷する大戦 1/5

 ここでカノナールとエコーがニームと出会った時のファランドール情勢をかいつまんで説明しておこう。


 それは正式名称を第三次大規模世界大戦と名付けられた戦争が勃発して三ヶ月が経とうとしている頃であった。

 俗に「月の大戦」と呼ばれることになるこの戦争は、便宜上星歴四〇二七年黒の一月二十九日にドライアド王国がサラマンダ侯国に対して宣戦布告を行ったことにより始まった事になっている。

 月の大戦の開戦日とされる星歴四〇二七年黒の一月二十九日と言えば、シルフィード王国の旧首都エッダにてアプサラス三世の大葬が行われた日、すなわちイエナ三世によりエッダからノッダへの遷都宣言が行われた日から数えて丁度一週間後にあたる。

 シルフィード王国の混乱に乗じてドライアド王国側が間を空けずに動いた格好である。


 ドライアド王国が宣戦布告を行うに至った経緯を簡単にまとめると次の通りである。


 一 サラマンダ侯国軍が、サラマンダ大陸内にあるドライアド領に進軍し、集落を襲いこれを占拠。ドライアド政府の抗議にも撤退の意思を見せず、防衛の為に投入されたドライアド軍に徹底抵抗した末、スカルモールドを呼び出し、これを戦場に投入。ドライアド軍に対してぶつけてきた。


 二 一個大隊、約千名のドライアド軍は突如現れたスカルモールドによりほぼ壊滅。

 その後サラマンダ侯国軍はドライアド領に進軍し、複数の集落を占拠。


 三 ここまで来てもサラマンダ侯国側からはドライアドに対して何の反応もなく、ドライアド王国は仕方なく宣戦布告をした上で、サラマンダ侯国に向け各地より兵を派遣。ドライアド大陸の東海岸をほぼ占拠した。


 四 ドライアド王国の宣戦布告から四日後の白の一月一日、ほぼ同様の理由で今度はシルフィード王国がサラマンダ侯国に対して宣戦布告。

 ただし、シルフィード王国はサラマンダ公国内に自国の領土を所有しない為、シルフィード軍の駐屯地に対しての攻撃に反撃するという理由からの参戦であると発表されている。

 なお、サラマンダ軍がスカルモールドを戦場に投入したところはドライアドの場合と同様であった。


 五 翌白の一月二日、ドライアド王国は、シルフィード王国の宣戦布告に対して抗議を行う。

 理由は「正式な政府からの宣戦布告とは見なされない」というものである。

 この時の宣戦布告は、エッダから発せられたものである。すなわちサミュエルの政府である。すなわちドライアド王国は女王イエナ三世の座するノッダこそがシルフィード王国政府だという認識をしていた事になる。


 六 しかしシルフィード軍はドライアド王国側からの抗議を無視。主としてサラマンダ大陸西部においてサラマンダ侯国軍と戦闘状態に入った。


 七 戦火はやがてサラマンダ中に広がった。

 サラマンダ侯国軍を名乗る軍隊は、西部ではシルフィード軍、東部ではドライアド軍と小競り合いを続ける。

 この間もサラマンダ侯国軍からは何ら公式な交渉の動きは無かった。一方でシルフィードとドライアドの政府間では様々なやりとりが行われていたが、結局シルフィード王国宣戦布告から二週間後の白の十日にドライアド王国がシルフィード王国に対して宣戦布告。

 するとまるでそれを待っていたかのように、同日サラマンダ侯国はドライアド王国に対して無条件降伏をした。すなわちそれ以降の戦争はドライアド王国対シルフィード王国の二国間で行われることになった。


 こうやって時系列に主な流れを記述すると、三ヶ月後の状況がわかりやすい。

「月の大戦」は常にドライアド王国側が主導権を握り、序盤は彼らの脚本通りに進んでいたと言っていいだろう。

 戦うべき大義をシルフィード王国に無理矢理持たせ、ドライアド王国を敵国として認めさせる事にまんまと成功した点に於いて、大戦のごく序盤はドライアドの大勝利と言っても過言ではあるまい。


 そもそも戦いの主たる舞台となったサラマンダ侯国には本来の意味での侯国軍と呼べる組織だった軍隊は存在していないとされていた。

 サラマンダ侯国軍を名乗る組織の実態は、通常「委嘱軍」と呼ばれるドライアド王国とシルフィード王国からそれぞれ派遣された二国の軍隊である。

 すなわちこれはドライアド王国の自作自演なのである。

 三文芝居であってもドライアド側は一応筋道を通し、手順に従った行動をとったことになる。

 対して、いいように翻弄されているシルフィード王国は、新旧二つの首都による政変が国内の混乱を招き、対外戦争どころではない状況に陥っていた。いきおい対応が全て後手に回ったことは致し方のないことであろう。


 概略は以上として、次に各陣営の動きをまとめておこう。

 まずはシルフィード王国である。


 新首都となったノッダは、しかし指をくわえてドライアドの動向を眺めていたわけではない。

 記録を調べれば調べるほど、ノッダ政府は素晴らしい対応と対処をしたと言っていい。あの時にあれ以上の事を出来るのは、もはやマーリンのみであろうとさえ思えるのだ。

 エッダ政府が勝手に宣戦布告を行うと、イエナ三世はすぐに行動を起こしていた。

 いや。

 宣戦布告を受ける以前から、ノッダではその時の為の準備を行っていたようなのである。

 現存する様々な資料をくまなく探し、関係すると思われる記述を精査すると、イエナ三世はドライアド側の行動を予測した上で、後手ではなくある意味で先手を打っていたという見方もできる。

 時系列に沿ってイエナ三世の動きを見ていこう。


 国王の署名のない宣戦布告が行われた……すなわちイエナ三世ではなく正統政府と称するサミュエル・ミドオーバ大元帥率いるエッダ政府が参戦したのが白の一月一日。

 エッダ側の動きを受けてノッダのイエナ三世がしたためた抗議文が特使の手でエッダの正統政府に届いたのはなんと同日の白の一月一日であった。

 驚くべき事に、エッダからの宣戦布告文は正式なものではないとするノッダのイエナ三世の署名入り文書が同日にエッダにあるドライアド大使館に届けられている。

 ドライアド側は逡巡した後、このイエナ三世の抗議文を尊重する形で、エッダによるサラマンダ侯国に向けた宣戦布告は無効であると抗議したわけである。

 それはイエナ三世の文書を受けた翌日、白の一月二日に決定された。


 イエナ三世による一連の迅速過ぎる措置は、エッダ・ノッダ間の物理的な距離を考えると異常である。

 地図が手元にあるなら広げてみれば分かる。

 ノッダとエッダの両都市間は、最短経路であるラクジュ街道を用いて通常一週間を要する。速馬を取り替えながら休み無く駆けても二日はかかる道程なのである。

 つまり、ノッダの特使はあらかじめ用意された文書を懐に隠したままエッダのすぐ近くに潜伏し、「その時」に備えていたと考えるべきであろう。

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