第九十二話 共通点 2/4

 こうなると、このまま先に進まずここで留まっていたのは正解であったと言わざるを得ない。分断して弱体化した部隊を待ち伏せる罠があるはずである。前方から敵が現れないのは文字通りの「罠」が仕掛けられているからであろう。すなわちそこには精霊陣が敷かれており、一行がその場所に来るのを待っているに違いなかった。

 だが、そうは言ってもここにいつまでも留まるわけにもいかない。

 ノッダ軍を分断した敵は、おそらくこちらを追ってくるであろう。壁の維持にはそれほどのルーナーは必要ない。数人を残し、本隊は移動を始めるはずである。少なくともリーンならばそうするはずだった。


 親衛隊の隊長から一通りの状況報告が終わると、ガルフやイブキ達の視線がリーンに集まった。

 リーンはそれを受けてチラリと馬車を見た。だがあれから全く変化がなかった。

 事が終わればあの扉が開くはずである。あとどのくらい時間がかかるのかはわからない。わかっているのは状況がどうあれ、現時点でここを動けないという事だけであった。

「お客人」

 近衛軍の手前、イブキとクシャナの名を呼びかける事をリーンは避けた。

「何でしょう?」

 委細承知と言う顔で、丁寧な礼をしてクシャナが答える。

「先ほどの伺ったお話では、あなた方は守るより攻める方が性に合っていると伺いましたが、私の聞き間違いではございませんな?」

 リーンの言葉に、イブキはニヤリと笑ってうなずいた。その一言でリーンの作戦の概略がわかったのだ。クシャナも同様にうなずいて見せた。

「我らとの雑談を覚えておいでとは、光栄の至りでございます」

 リーンはそれを聞くと膝をついてイブキとクシャナに一礼した。

「御両名が我が軍に同盟していただけるとは。これを幸運と言わずに何を幸運と言えましょうか」

「あなた方と私達は戴く主(あるじ)は違えど、ここでアルヴの王、イエナ三世のお力になれるのは我らが本懐。顔をお上げください、軍師殿。そして我らにご指示を」

 その芝居がかったやりとりは、もちろん親衛隊に向けた一つの「型」であった。外国からの客人とはいえ、自分たち親衛隊を差し置いてガルフや女王の側に居る事に対し、少なからず疑問や不満もあるはずである。もちろん親衛隊ほどの結束力のある部隊の人間でそれを口にする者は皆無であろう。しかし心の中はごまかせない。リーンはその心を利用して、それを団結力に転化させようとしたのである。

 なぜなら「客人」はこれからシルフィード王国の為に最前線に向かうのだ。

「我らが恩人は親衛隊が文字通り命を賭して必ず守り抜きます。ついてはあなた方はすぐに引き返し、最前線で相手方ルーナーの殲滅をお願いしたい。やり方はお任せしますが、できれば敵軍の将は口がきける状態で確保していただきたい」

「最善を尽くします」

「お任せを」

 ルーナーが居るとはじめからわかっていれば、それなりに戦いようがある。しかもこちらから仕掛けるのだ。それはル=キリアにとってはいつもの戦いであった。

 クシャナとイブキがリーンに深々と一礼すると、親衛隊の一人が、部隊の騎馬から元気のある二頭を選び、その手綱を彼らに渡した。

 馬を連れてきた親衛隊の兵士は、手綱を受け取ったル=キリアの二人に大きく頷いて見せた。イブキとクシャナも敬礼でそれを受ける。リーンはそれを見て芝居の効果を確信した。

 リーンは親衛隊を見渡すと一人の兵に声をかけた。そしてイブキ達の前に招き、そのまま彼らに紹介した。

「この者を大元帥閣下の勅令を伝える伝令としてお連れください。前線のベーレント准将にはこの者が話を通します」

 こちら側に残った部隊がどの程度の人数なのかはわからないが、女王のすぐ後ろに位置していたのは女丈夫、ヘルルーガ・ベーレント准将のはずであった。中央広場でサミュエル・ミドオーバに挨拶をした将軍の一人で、ガルフ・キャンタビレイがもっとも信頼する部下の一人でもある。運良く部隊が分断されていなければ、敵の接近を阻むべく奮闘しているはずであった。

「途中には、まだ罠や精霊陣が存在する可能性もある。お気を付けて」

 リーンから親衛隊のスズメバチの旗章を渡された三人は、リーンに一礼を、そしてガルフに最敬礼をすると、すぐに出発した。


 走り出してすぐにイブキがクシャナの横に来て声をかけた。

「おい」

「なんだ?」

「ベーレント准将の名前を聞いた時、お前、いやな顔をしてなかったか?」

「あれは不覚だった。お前に感づかれるくらいだ。アンセルメ司令官殿には間違いなく悟られていただろうな」

「ひょっとして?」

「ああ」

 クシャナ・シリットがル=キリアに配属される前にいた部隊。それを率いていたのがヘルルーガ・ベーレントであった。

「なんだお前、あのおばさんに面が割れてるのか。准将様と面識があるとはお前も隅に置けんな」

「これはお前の為を思って言うんだが、おばさんなどと准将の前で言って見ろ」

「どうなるんだ?」

「わからん……」

「なんだそりゃ?」

「その言葉を口にしたヤツの姿を、その後一度も見かけた事がないんだ……」

「うは……」

「興味が出てきた。お前、試しに言って見ろ。そしてその後どうなったか教えてくれ」

「――いやあ、しっかし、いつ見てもベーレント閣下は美人だよな。何というかこう華があるな、うん。アルヴにしちゃ笑顔が可愛いし、可憐な少女の微笑みと言ってもあながち……」

「お前はベーレント准将が少女のように笑っているのを見た事があるのか?」

「お前は?」

「高笑いと嘲笑なら……」

「……そいつは可憐な少女なこって」

「思い出すと今でも背筋が凍る。その点、少女のような微笑なら、我らには可憐なユグセル司令がいるじゃないか」

「ある意味、ベーレント准将の高笑いの方がわかりやすくていいかもしれんがな」

「どうした? 司令に会いたくなったか?」

 クシャナのからかいに、しかしイブキの眉間に皺が寄った。

「俺が会いたいのはフリストだ」

「今は言うな。きっと大丈夫だ」

「そうだな。すまん。とりあえず今は准将についての助言に感謝しておく」

「うむ」


 クシャナのその助言は想定よりも早く役立つ事になった。

 彼らはすぐにヘルルーガの部隊に合流できたのだ。

 正確に述べるならば、こちらに向かうベーレント隊と出くわしたと言うべきだろう。

 ヘルルーガが掲げるシルフィード王国陸軍の旗章に気づいたイブキ達は馬を止め、部隊が近づくのを待つ事にした。ヘルルーガの部隊もすぐにスズメバチの旗章に気づき、少し離れたところで止まった。

 そのヘルルーガの部隊を観察していたイブキがクシャナに声をかけた。

「おい」

「うむ」

 クシャナもイブキと同じ事を考えていた。

 部隊の兵の数が少なすぎるのだ。

 本来ベーレント准将が率いているのは、二千人の騎馬という話だった。

 だが、イブキ達の目の前にいる騎馬は、わずか数十。どう見ても百には満たない。その数に戸惑う間もなく、一騎がこちらに進んできた。

「俺が行こう」

 それを見たクシャナはイブキにそう言うと、伝令役の親衛隊の兵士とともに馬を走らせた。交渉ごとはクシャナの方がイブキよりも得意なのであろう。


「キャンタビレイ閣下のご様子はどうだ?」

 ヘルルーガの部隊からやってきた騎馬がそう言う。

「陛下共々ご無事だ。親衛隊が合流し、ベーレント准将をお待ちしている」

 親衛隊の伝令役の兵士がそう答えた。

「それは何よりだ」

「准将にお会いできるか?」

 クシャナはそう言うとヘルルーガの部隊に視線を向けた。中央最前列の白い馬に、ヘルルーガの姿を認めた。

「貴様は?」

 明らかに親衛隊ではない兵服のクシャナをいぶかしげに見た兵士に、親衛隊はクシャナとイブキがキャンタビレイ大元帥の客人で、要請に応じて合力の為にやってきた事を告げた。

 ヘルルーガ側の兵はうなずくと、クシャナの問いかけに答える形で、手に持った旗章を高く掲げた。後方への合図であろう。すぐに全ての騎馬がこちらに向かってやってきた。クシャナもそれに習い、イブキへの合図とした。

 イブキは駆け足でクシャナの元に集うとすぐに馬を下りた。クシャナはすでに降りてヘルルーガ部隊の到着を待っていた。

「幕僚長からの作戦連絡です」

 最敬礼をした親衛隊の兵は、そう言うとリーンの作戦についてヘルルーガに説明を始めた。だが、半分程聞いたところでそれを遮った。

「作戦の趣旨はわかった。だがこの戦力では……」

 ヘルルーガはそう言うと忌々しそうなため息をついた。

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