第五十五話 無意識の暗殺者 6/7
キセンが見せた石と似たものをエイル達は既に知っていた。ジャミールで擬似的な「エア」を作った精霊石と呼ばれる石がそれである。
ラシフ・ジャミールが「精霊石」で作りだす「精霊波」のない空間は相当に広く、直接キセンの石とでは効力がかなり違うようだが、その機能は酷似していた。
エイルの記憶が正しければラシフは「精霊石」を《深紅の綺羅》からもらったと言っていた。そして奇しくもキセンはその《深紅の綺羅》の名を口にした後で「石」を取り出して使って見せたのだ。関連があると思う方が素直であろう。
さらに言えば、キセンと
キャンセラの力はあくまでもルーンにしか効果がない。しかし精霊石と同じ機能を持つものであれば、それはフェアリーの能力をも剥ぎ取る力がある。
空間を切り取るかのような圧倒的な移動速度を誇るテンリーゼンの風の力も封じる事が出来るのである。たとえ風の精霊の力がなくとも、もともとアルヴィンやダーク・アルヴはそれ相当のすばしっこさを誇る種族とは言え、すぐ側にいるエルネスティーネの首を掻くティアナを瞬時に止める事は限りなく困難になるだろう。
「ウチの名はエルデ・ヴァイス。想像通り正教会に属する者や。ただし……」
エルデはそこでいったん言葉を区切ると、右手を正面に突き出した。丁度目の前にいるキセンに拳を突きつけるような格好だった。そしてそれはエルデがある事を行う時の姿でもあった。
そう。エルデが手を突き出した空間には、一瞬後に精杖が出現した。三色の木を撚り合わせて作った精杖「ノルン」が、術者エルデの右手で水平に握られていたのである。
「正教会に属してはいる、言うたけど、ウチは、いやウチらは二人とも『正教会陣営』やない。それから、これは重要な事やから先に言うとくけど、ウチらは《淡黄の扇》が追ってる連中の仲間や。あくまでも陣営は関係ない。人間と人間の繋がりの意味での仲間や」
「え?」
エルデの言葉、特に最後の言葉にキセンは驚いたようだった。
「ちょ、ちょっと待って。あなたたちはシルフィード王国の人間……だったの?」
だが、もちろんエルデは首を横に振った。
「それはちゃう。言うたやろ?陣営は違うんや。というかウチとエイルは陣営とか関係ない。あの連中とは旅の途中で偶然知り合って、まあ色々あって今は旅の連れになってるだけや。そやから……」
エルデは精杖を垂直に持ち変えると、その尻で床をドンと突いた。
「陣営とか関係なしや。仲間を守る為なら、相手が誰であろうと何でもやったる」
「ちょ、ちょっと待って。あれあれ?私、何かどっかで間違った?ええっと……」
キセンは頭を抱えだした。確実だと思っていた推論が、最後の最後でどんでん返しにあった……そんな慌てぶりだった。
「何を間違ったか知らんけど、まだウチらはアンタ……教授長の敵やない。そやけど仲間を助ける為にこの建物を破壊するのが合理的かつ効果的やと思たら、迷わず実行する用意はあるで」
「ちょっと待ってって。何?あなたは正教会の賢者で、本流とは外れて何かを企んでる一派で、私に会うためにペンドルトン君をダシにして、さらにはどこかで拾ったこのフォウの男の子をエサに、私と何か取引をしに来た訳じゃないの?」
「はあ?」
エルデの眉間に縦皺が走った。もちろん顔は最上級の不機嫌仕様になっていた。
「そうじゃなければ、正教会を離脱して新教会の僧正になっている連中を始末しに来た刺客で、私からその情報を仕入れようとしてた……んじゃないってこと?」
キセンの慌て振りにエルデの厳しい顔が今度は歪んだ。
「なあ?」
エルデはエイルに呼びかけた。
「アンタの話やとこの人、フォウではものすごーく頭のええ人とちゃうん?」
「いや」
エイルもキセンの推理には呆れていたが、ある意味で無理からぬ事でもあると思ってもいたから、まだ真顔であった。
「オレも学会とかそういうのはよくはわからないけど、この人はたぶんフォウでも一番上に位置する頭脳の持ち主……のはずだ。少なくともそういう評判だった」
エルデは肩をすくめると、改めてキセンに顔を向けた。
「ウチらは正教会とか新教会とか、どうでもええんや。そもそもエイルには信心のかけらもないしな。それどころか宗教を毛嫌いしとるくらいや。さらに言うと、二人ともその、さっき言うてたシルフィードの思惑とか内紛とかにも一切関係してへん。かと言うてドライアドでもないし、当然ながらウンディーネのどの勢力にも恩義はない。ウチらが恩を感じてるんは、ウチらの仲間だけや」
キセンはしばらく頭をかいていたが、すぐに推論を再構築したようで、ものの一、二分で落ち着きを取り戻した。
「あなたたちの言う事を全部信じるのはいいとして、でもそれはちょっと違うんじゃないの?」
「違う?」
「どこの陣営にも属してないとは言えないでしょう?本物のイエナ三世の仲間だって言うんなら、少なくとも新教会陣営の敵であることは間違い無いわ。あなた達が無所属だと叫ぼうと、周りや相手はそうは見ないでしょうね。要するに陣営がどこかなんていう本人の意思はこの際問題じゃないわ。相手がそう見なしたら、そうなるっていう事よ」
「そういうキセン・プロット教授長はどうやねん?話を聞いてると全方位外交を決め込んでるようやけど……戦争が始まったら、そうも言うてられへんようになるのは火を見るよりも明らかやろ?」
「ああ、それ?」
キセンはエルデの指摘を受けると不敵に笑って見せた。
「私は大丈夫よ」
「なんでそう言い切れるんや?」
「だって私は《深紅の綺羅》の力を持っているんだもの」
キセンがまたもや口にした『三聖』の名に、さすがに今度はエルデも反応した。
「さっきから思わせぶりにその名を口にしてるけど、『三聖』の一人がフォウの人間と組んでるとでも言うんか?言うとくけどウチは《深紅の綺羅》の名前ごとき出されてもビビったりするようなタマやないで」
「あなた、本当に面白いわね」
キセンはそう言うと自分の机に戻った。そして引き出しからぼんやりとした緑色の光を放つ物体を取り出して、それをそっと机の上に置いた。
それは赤ん坊の頭ほどもある、極めて大ぶりなスフィアだった。緑色の光は外側ではなく中心が光っているようで、まるでスフィアの中心にルナタイトかセレナタイトを埋め込んであるような光り方をしていた。
「ねえ、瞳髪黒色ちゃん?」
「なんや?」
「私がその《深紅の綺羅》に会わせてあげる、って言ったらどうする?」
「なんやて?」
エルデはエイルと思わず顔を見合わせたが、すぐにキセンのいる方に視線を戻し、机の上に置かれた薄緑色に発光するスフィアに目をやった。
「あなたの賢者の名を教えて頂戴。教えてくれたら《深紅の綺羅》に会わせてあげるわ」
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