第四十四話:『戻ってこなかったブーメラン』

「五月と言えば端午の節句。鯉のぼりを作りましたよ」

『少し日が過ぎているのは気のせいでしょうか』

「端午の節句当日に作ろうと思い至りまして。製作期間一週間の超大作です」

『なるほどこれは見事な鮭のぼり。鮭ですね』

「鯉は滝を登れば竜になると言いますけど、紅鮭師匠に比べれば竜も大したことありませんからね」

※あります。(当人談)

『まああの異世界転生者ならば竜が相手でも問題ありませんね』

※あります。(当人談)

「とはいえまだ俺と女神様の間には男の子がいませんので、主役となる者がいないということになります」

『ご希望でしたら貴方の全身を半分くらいに圧縮してあげますが』

「体脂肪率が酷いことになりそうですね。ですがかしわ餅まで用意したのに子供がいないというのは流石に本末転倒」

『私はかしわ餅だけで十分なのですがね』

「ですからかしわ餅で子供を作りました」

『かしわ餅が積み重なってできた人型モンスターにしか見えませんね』

「名前はかしわ太郎」

『捻りが微塵もない』

「ちなみにかしわ太郎の冒険を描いた紙芝居も用意してあります」

『逆に興味が湧いてきましたね。少しだけ見させていただきましょう』

「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんとかしわ太郎が住んでいました」

『最初から当然のようにいますね。かしわ餅から生まれたかしわ太郎とかそういうのを想像していたのですが』

「桃や瓜ならまだ中に空洞があっても良さそうなんですけど、かしわ餅の中に子供がいたら窒息死しそうですし」

『持ち運びも大変そうですからね。まあ続けてください』

「ある日おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に、かしわ太郎は大空に舞い上がって行きました」

『脈絡もなく空を飛びだしましたか』

「かしわ太郎がかしわ餅で作った翼をはためかせ、大空を急速旋回しながら飛んでいると突如翼の調子が悪くなりました」

『かしわ餅で作った翼なんかで急速旋回をしていれば、不具合の一つや二つ起きるでしょうね。いえ、そもそもかしわ餅で作った翼で空を飛んでいること自体がおかしいのですが』

「かしわ太郎はパラシュートを使い当機から脱出。地上に見えた小島へと着陸しようと試みます」

『かしわ餅で作った翼を当機とか格好つけないように』

「無事着地したかしわ太郎でしたが、なんとそこは鬼の住む鬼ダ島だったのです」

『微妙に丸パクリを避けていますが、いっそパクった方が良かった』

「かしわ餅以外何も持たないかしわ太郎、そこで生死を掛けたサバイバルが始まります」

『微妙にジャンルが変わってきましたね。ですが昔話風にも飽きたので丁度良いですね』

「これにて第一部『かしわ太郎、餅で大空へ』を終了。第二部、『かしわ太郎、鬼に土下座する』を始めます」

『悲しい展開が読めてしまった。ですが一応続きを見させてもらいましょう』

「それでは――あ、異世界転生の時間ですね」

『本当ですね。珍しく口惜しい』

「まあ続きは帰ってからということで」

『帰ってきてもらってまで続きを聞きたいということはないですがね』

「ではガサゴソ……わく惑星さんより、『戻ってこなかったブーメラン』」

『不良品ですね』

「ですがまともな武器への異世界転生とか、なかなか当たりの部類だと思いませんか?」

『戻ってこなかった時点でまともな武器とは言えないのですがね』

「そこはほら、投げた人の腕が悪かったとかで」

『人のせいにするのは感心しませんね』

「取り敢えずぱぱっと行ってきますので、女神様はかしわ太郎でも食べておいてください」

『日帰り旅行じゃないのですがね』

「一日で子供サイズのかしわ餅を食べる気でしたか」



『今日のお菓子ガチャは……かしわ餅ですか。かしわ太郎の続きが気になりますね』

※女神様はその日のお菓子はランダムに決定しています。

「ただいま戻りました」

『おかえりなさい。本日のお菓子はかしわ餅なのでお茶の用意をお願いします。ついでに報告をお願いしましょうか。戻ってこなかったブーメランでしたね』

「はい、俺はかしわ太郎という男が作ったブーメランとして転生しました」

『最初から当然のようにいますね。何故貴方の紙芝居の登場人物がいるのでしょうか』

「かしわ太郎って普通に創作話で出て来そうな名前ですからね」

『言われてみればそうかもしれませんね。まあ内容も貴方の創作とは違うのでしょうし、聞かせてもらいましょう』

「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんとかしわ太郎が住んでいました」

『全く一緒じゃないですか』

「なかなかの偶然の一致でしたね」

『念のために聞きますがどこまで一致しているのですか』

「女神様が聞いた範囲だと、大空に飛び上がり、鬼の住む鬼ダ島にパラシュートで着地したところまでですかね」

『全く一緒じゃないですか』

「なかなかの偶然の一致でしたね」

『作り話ではないかと疑いたくなりますね』

「ちなみにその時の写真がこちら」

『かしわ餅が張り付いたパラシュートを背景に、自撮りをしている青年の写真ですね』

「ちなみにこのかしわ太郎、捨て子だったらしくおじいさんに拾われて育てられたとか」

『かしわ餅要素ないですね』

「おじいさんがかしわ餅好きだったのでかしわ太郎になったそうです」

『かしわ餅要素ない方が良かったですね』

「かしわ太郎もかしわ餅が好きなのでそこは大丈夫でしょう。それでかしわ太郎は鬼の住む絶海の孤島で生き残る必要があるのです。彼が最初に作ったのは武器。そう、ブーメランだったのです」

『なかなかに強引な導入感』

「その試作一号機が俺ですね」

『戻ってこなかった理由は製作者に問題があったようですね』

「素人の作ったブーメランが綺麗に戻ってくるわけないですからね。結局かしわ太郎はブーメランを諦めて槍を作りました」

『普通は槍が先だと思うのですがね』

「その後草むらに放置されたブーメランとして俺が宿り、転生を完了します」

『転生と言えるのか議論したくなる方法ですね』

「俺は早速立ち上がり、この鬼の住む過酷な状況で生き残るため行動を開始します」

『ブーメランが当たり前のように立ち上がるのにもツッコミを入れないといけないと思う自分と、聞き流したい気持ちでいっぱいの自分がいますね』

「ツッコミを入れ忘れたら毒されたことを認めることになりますからね」

『物は物らしくしていてほしいものです』

「幸い俺は木製なので栄養源は光合成でなんとかなったので、装備から整えることにしました」

『光合成には葉緑素を含む葉が必要なのですがね』

「植物属性のモンスターにカテゴライズされたので、葉っぱがなくてもその辺の恩恵は得られたんですよ」

『ブーメランとしてではなくモンスターとして世界に認識されてしまいましたか。いえ、妥当な判断だと思いますが』

「絶海の孤島では材料も微々たるものだったので、鬼の鎧一式と鬼金棒を調達しました」

『生き残る過程で島にいる最大の敵を倒しちゃっていますね』

「あ、でもそのままだとサイズが合わなかったのできちんと精錬所を作って加工していますよ」

『資源の足りていない絶海の孤島で精錬所を作らないように』 

「俺は当面の目的として、かしわ太郎が無事にこの島から生還できるようにサポートを行うことにしました。一応知らない仲でもないですからね」

『貴方は知っているでしょうが向こうは知りもしないでしょうけどね』

「装備を整えかしわ太郎の様子を見に行くと、かしわ太郎は早速野生の動物にやられていました」

『弱いですね。いえ、野生動物も熊や鹿ならばそう侮れるものではないですね』

「リスにやられていました」

『かしわ太郎を侮る以外にリアクションのしようがない』

「いえ、リスはこの島で三番目に強い動物ですからね。無理もないと思います」

『過酷な島のイメージが急激に崩れましたね』

「ちなみに鬼は四番目です」

『リス以下て。過酷という言葉を学び直して来たらどうですか』

「なおこちらがリスの写真です」

『可愛いリスですね』

「そのリスの足元に少しだけ映っているのが、命乞いのために土下座しているかしわ太郎です」

『でかいリスですね。遠近感がおかしいと思いました。ですが島で三番目に強いというのも納得しました。ついでに貴方の作った物語とも微妙に違っていて安心しました』

「俺は捕食されそうになったかしわ太郎を救出し、近くの洞窟へと避難しました」

『よく救出できましたね』

「俺は島で二番目に強い動物でしたから」

『ブーメランは動物じゃないですよ。いえ、突っ込むところが違いましたね。不良品のブーメランに異世界転生したとはいえ貴方以上に強い存在がいたのですか』

「ええ、まさか田中さんがいるとは思いませんでした」

※婚活異世界転生者。理想の相手を求めて転生を繰り返している人。

『異世界転生先なのに身内でワンツーフィニッシュ決めないでください。というか本来島で最強なのがリスということになるじゃないですか』

「いや、あのリスは強いですよ。鬼金棒で殴ったら鬼金棒の方がひしゃげましたからね」

『恐ろしいリスですね。そもそもリスなのでしょうか。少し話は戻りますが貴方と田中では田中の方が上手なのですか』

「単純な戦闘なら俺の方が上だとは思いますけどね。ディペートとか哲学論を語り合うとなかなか勝てるヴィジョンが浮かばなくて」

『貴方が真面目に討論する光景がそもそも思いつかない。そして強さランキングに口の上手さを含めないように』

「大事ですよ、言いくるめられたら力なんて振るう機会すら失うんですから」

『ところで田中は何故その場所にいたのでしょうか』

「鳥人間コンテスト婚活に参加していた所、飛び過ぎて鬼ダ島に墜落したそうです」

『鳥人間コンテスト婚活とかなかなかに斬新ですね』

「そんなわけで俺と田中さん、かしわ太郎は島を生きて脱出するため手を取り合うことになりました」

『自分の作った失敗作のブーメランが意志を持ち、島で二番目の強さを誇り、島で一番強い謎の人物を引き連れて現れたのに迷わずに手を組めるかしわ太郎もなかなかですね』

「かしわ太郎からすれば元々かしわ餅の声が聞こえる時があったらしいので、そう不思議なことではなかったようです」

『かしわ餅要素で比較的にマシなものがありましたね』

「大抵は食べられる時の断末魔らしいですが」

『マシとか言った過去の私を窘めたい』

「陸地の方角についてはかしわ太郎や田中さんが知っていたのですが、問題はその距離。飛行するためのかしわ餅や水あめが不足していました」

『田中が水あめを使用して空を飛んでいたのはわかりました。でもわかりたくはなかったですね』

「なので先ず俺達は島を開拓し、かしわ餅を作ることにしました」

『精錬所を作れる技術がありながらかしわ餅に固執する理由』

「実はこの世界、お菓子には浮力が付与されるんですよ」

『ああ、お菓子を食べるとふんわりとした気分になれますからね。とか納得すると思ったら大間違いですよ』

「この世界を創った神様はお菓子大好きなメルヘン系神様でして」

『納得するしかないのでしょうか』

「でも気さくなおじいさんでしたよ」

『ちょっと予想と違う容姿ですね』

「そうですかね、和菓子職人って玄人おじいちゃんなイメージなのですが」

『それはそうですが。貴方のメルヘン系という発言で大きく認識が揺らいでいました』

「御伽噺に出てくる系の姿だったのでメルヘンと言ったのですが」

『ガチなメルヘンでしたか。まあ話を進めてください』

「俺達は倒した鬼を従え、島の中央に大きなサトウキビ畑を設置します」

『一瞬で従えられた鬼達が哀れですね。ふと思ったのですが、田中は水あめを使って飛行していたのですよね。サトウキビから砂糖が作れれば後は水だけで水あめが作れるのではないでしょうか』

※なお正式な水あめの原料は砂糖ではなく麦芽糖。

「容易に作れる水あめから得られる浮力は少なく、三人で脱出するには不向きだったのです。その点手間を掛けて作れるかしわ餅の浮力は問題ありません」

『謎理論ですね。そしてそんな水あめで飛び過ぎて、絶海の孤島へと墜落した田中のスペックが狂気じみていますね』

「水あめ蒸気機関はなかなかロマンに溢れていましたね」

『出力が全くでなさそうな機関ですね』

「かしわは島にも生えていたのであとはうるち米、小豆を植えて必要な準備は整いました」

『そもそもその植えた物を使えばかしわ餅が作れたのではないでしょうか』

「これらはかしわ太郎がいつでも作れるようにと所持していたのですが、飛行するためには量が足りなかったのです」

『砂糖を持ち歩くのは分かりますが、サトウキビを持ち歩く人はなかなか見ませんね』

「できたてにこだわっていましたからね」

『わからないでもないですね』

「それぞれの作物は順調に成長し、いよいよ収穫時期となったタイミングで問題が発生します。リスが作物を狙って来たのです」

『いましたね、巨大リス。寧ろ今までよく無事でしたね』

「本来なら俺や田中さんが対処していたのですが、運悪く俺と田中さんが崖の上で火サスごっこをしている時に襲来してきたのです」

『本当に何しているんだって話ですよね』

「何もない絶海の孤島で暇を潰すのって案外大変なんですよ」

『崖の上で火サスごっこをする程度には大変なのでしょうね』

「農場にいたのは鬼たちとかしわ太郎だけ。その隙を狙ったリスの狡猾さは恐ろしいものがありましたね」

『リスのせいで恐ろしさを感じにくい』

「作物を守ろうと鬼達は奮起しますが、あらゆる物理攻撃が通用せず、いかなる魔法をも反射するリスの毛皮を前になすすべもなく吹き飛ばされていきます」

『よくそんな化物を今まで対処できていましたね』

「目にレモン汁を掛ければ怯みましたからね」

※主人公のメイン魔法。

『その辺は通用するんですね』

「鬼達が倒され、残るはかしわ太郎。本来ならば逃げる以外に選択肢はありません。ですが彼は俺達や鬼と協力して育てた作物が、不当な理由で奪われることが許せなかったのです。かしわ太郎は魔槍ブリューナクを手に立ちはだかります」

『当たり前のようにガチ系の武器がありますね。手製の槍の呼称とかではないのですよね』

「なんか島を掘っていたら見つけたんです」

『神秘の扱いが雑過ぎますね』

「かしわ太郎は必死に戦います。ですがリスの前に魔槍程度、通用するわけもないのです」

『そこは通用して欲しいところですがね』

「リスの反撃により何度も吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるかしわ太郎。ですが彼の闘志は決して折れることはありませんでした。血まみれになっても、皆にとって大切な作物を失わせてなるものかと、歯を食いしばって立ち上がるのです」

『その感動的なシーンの奥で火サスごっこをしている異世界転生者二人組に天罰を下したくなりますね』

「ですがかしわ太郎の奮闘もあり、崖の上に這いあがった俺と田中さんは遠くで戦っているかしわ太郎の姿に気づけたのです」

『火サスごっこが盛り上がり過ぎて落下しているじゃないですか』

「ただ崖から農場までの距離は遠い。二人で急いだところで間に合うかどうか。だから俺は言いました。『田中さん、俺を全力で投げてくれ』と」

『そういえばブーメランでしたね』

「田中さんは頷いて俺を手に取り、いつもの奥義レミュアクターシェザリーアステトを使用して凄まじい速度で俺を投擲します」

『初耳の奥義名が聞こえたのですが』

「自身に良く分からない物凄いバフが掛かる田中さんの奥義です。ちなみに俺の話で登場している時は毎回使っていましたよ」

『戦ってすらいない時もありましたよね。時計塔の針の時とか』

※第五話参照。田中さん初登場回だね。作者は殆ど内容を覚えていないぞ。

「王様を説得する際に使っていましたよ、レミュアクターシェザリーアステト」

『よく分からない凄いバフを付けて説得ですか。説得力が上がりそうな気がしますね。それはさておき、木製のブーメランである貴方では巨大リスに届いたとしても倒せないのではないでしょうか』

「そこは問題ありません。リスに命中する瞬間、俺はリスを掴み、そのまま一緒に農場から飛びさったのです」

『推進力に関しては異世界転生者のチート技ということで気にしないことにしますが、なかなかの超絶技巧ですね』

「ですが俺は戻ってこなかったブーメラン。それを本気の田中さんが投げたことで世界の因果すら突き抜け戻れなくなったのです」

『わりと凄い奥義なのですねレミュアクターシェザリーアステト』

「ちなみにその際に空間を突き破って、その世界の神様と出会いました」

『巨大リスを掴んだブーメランが飛んで来たらさぞかし驚いたでしょうね』

「いえ、一部始終を見ていたようで、結構満足していてくれましたね」

『気さくですね』

「ただ俺は因果から飛んでしまったため、元の世界にはもう戻れないとのことで。結局そのままこちらに戻してもらうことになりました」

『今度菓子折りを送る必要がありそうですね』

「ちなみにその神様と一緒にいる時に田中さんからメールが届きました。田中さんとかしわ太郎は無事作物を収穫できてかしわ餅を生産。かしわ餅気球にて元の大陸に戻れたそうです」

『かしわ餅気球は少し気になりますね』

「後日余ったかしわ餅をこちらに郵送してくれるそうです」

『当然のように届けられることに関してはもう触れません。楽しみに待つとしましょう』

「それでお土産なのですが、実はリスも因果から外れてしまいまして……」

『流石に巨大リスを飼うのは無理ですよ』

「いえ、そこの神様が手乗りサイズに変化させてくれました。こちらです」

『おや可愛いですね。これくらいならば許容範囲でしょう』

「ちなみに性能はそのままで、不死な上にあらゆる物理攻撃、魔法攻撃が通用しない最強のリスです」

『私の力ならその程度の防御論理、簡単に突破できますけどね』

「俺もレモン汁がありますからね」

『レモン汁と同格にされるのは不本意ですね。ところで名前はどうしますか』

「そうですねフォークドゥレクラとかどうでしょう」

『また即死していそうな悪魔みたいな名前ですね』

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