第四十二話:『主人公が初めて冒険者ギルドに行った時に絡んでくるチンピラ3兄弟の斜め後ろにある席の椅子』
「割烹着よし、かまど良し、材料良し、さあ本日は古風な感じで料理といきましょう」
『台所用空間があるのだからそちらで作ったらどうですか』
「たまには調理中の良い匂いが漂ってくる環境も悪くないかなと」
『空腹を刺激され食事を美味しく頂ける要因にはなりますね』
「そう、だから形から入るのです」
『その動かない義手がある時点で形もなにもあったものではありませんがね』
※前話参照、女神様特製の義手(不良品)。
「では絵具でベージュ色にペイントしましょうか」
『衛生的に嫌になりますね』
「そこは調理用手袋も使用しますよ。こんな感じです」
『ぱっと見では調理人ですね』
「それではいざ調理、ブースター起動、バリア制御システム解除」
『料理に必要なさそうな機能を使わないように。そもそも私の義手にそんな機能はなかったはずです』
「アタッチメントで装着できる強化パーツを取り付けてあります」
『規格化まできちんとされているとは恐れ入りますね』
「こうしてできたのがこちらの味噌汁」
『ブースターやバリアを何に使ったのかは知りませんが良い匂いですね』
「女神様のためなら未来永劫毎日味噌汁を作り続けられますよ」
『間違いなく飽きますね。飽きるだけではなく世界から味噌汁を消滅させたくなる衝動を植え付けられそうです』
「いちじくの実どころじゃすまなさそうなのが怖い。後は白米と紅鮭でも焼きましょうかね」
『顔も知らない神から感謝代わりに新鮮な魚が定期的に届きますからね』
※前話参照、紅鮭師匠担当の神様の所にいっぱい異世界転生者がやってきてうはうはだったらしいよ。
「紅鮭師匠も脂がのってるオプションを常時付けられるようになって喜んでいましたよ」
『もっとまともなオプションも付けられるでしょうに』
「紅鮭師匠も俺と同じでチートには頼りませんからね。ポジショニングに関しては紅鮭縛りの時点で問題ないようですし」
『ある意味では感心しますね』
「そもそも紅鮭師匠の編み出す技は大抵がチート顔負けですからね。アバターへの課金を優先しているんですよ」
『急に褒めるべきなのに褒めたくなくなった』
「まあ俺のオリジナル技も十分チートなので普段からの使用は控えていますけどね」
『ラーニングした技以外で有効なのありましたかね』
「レモン汁やオリーブオイルを放つ魔法があるじゃないですか」
『チートに謝りなさい』
「水圧上げればダイヤも砕けるのに」
『凄いと言えば凄いですがそれはただ出力が高いだけでしょうに』
「そうだ、味噌汁を放てれば機械系の敵にも効果的なのでは」
『塩水で良いでしょうに。食べ物を無駄にするのは感心しませんね』
「毎回テロップで『この味噌汁はスタッフが美味しくいただきました』と流すのも大変ですからね」
『流せば良いって話でもないのですがね。さて朝食も間もなくできるころでしょうから異世界転生のお時間です』
「女神様との朝食タイムが」
『朝から二人前は少し重いかもしれませんね』
「俺の分も食べる気満々だ。まあ仕方ないのでガサゴゾリ。ルービックさんより『主人公が初めて冒険者ギルドに行った時に絡んでくるチンピラ3兄弟の斜め後ろにある席の椅子』」
『椅子ですね』
「ポジションの指定のおかげで待ち時間はないようですね」
『椅子の時点でないと思いたいところですが』
「椅子だけだと結構あるんですよね」
『武器への異世界転生並みに多いですね』
「やはり女の子の尻に敷かれたい人は多いですから」
『異世界転生は性欲解消の手段ではないのですがね』
「オプションは……あまり高級な椅子にするとギルドの経営に支障出ちゃうかなぁ」
『ギルドの備品に大金を掛けている光景はあまりよろしくありませんね』
「パイプ椅子にでもしておくかぁ」
『異世界転生ということをお忘れなく』
※主人公の作った食事は女神様が美味しくいただきました。(デザート込み)
「テロップはこれでよしと、それでは行ってきます」
『誰に向けてのテロップなのやら』
◇
『同じ材料を使っているはずなのにどうも違うんですよねこの味噌汁』
「ただいま戻りました。おおう、視界一面に並べられた鍋の山、中には大量の味噌汁が」
『おや戻りましたか。これらは当面の貴方の食事です』
「高血圧まったなし。でも女神様の作った味噌汁ならばリスポンしても食べる価値はありますね」
※これらの味噌汁は主人公が美味しくいただきました。(リスポン五回以上)
『テロップはこれで良いですね』
「五回は死ぬことが確定なんですね」
『どれかは忘れましたが毒入りもありますから』
「どうして」
『いっそ毒でも入れれば貴方の出す味になるかなと思いまして』
「入れるなら愛情を入れなきゃダメですよ」
『では味噌汁を作ってもらいながら報告をお願いします。主人公が初めて冒険者ギルドに行った時に絡んでくるチンピラ3兄弟の斜め後ろにある席の椅子でしたか』
「そうですね、主人公はテンプレ通りの勇者――ではなく魔王でした」
『魔王が主人公というのも最近では珍しくもないというかむしろ勇者が主人公の方が少ない気がするのは私だけでしょうか』
「歴史的な統計ではまだ勇者が頑張っていると思いますよ。近年の統計では魔王の方が多そうですが」
『勇者が主人公という設定が真新しいというのも皮肉な話ですね』
「ちなみに魔王の名前はソルテ、どんな奴にも塩対応なクールビューティです」
※塩=ソルトから。
『魔王が冒険者ギルドに訪れる展開ともなればやはり人間になりすまし活動するためでしょうか』
「そうですね。将来的に現れるであろう勇者を待つよりさっさと見つけて始末してしまおうと自ら人間社会に溶け込もうという魂胆でしたね」
『アグレッシブですね、ですがそういう行動的な魔王は嫌いではありません』
「ソルテは冒険者ギルドに初めて顔を出したのですが手続きの待ち時間を座って待っていた際にチンピラの3兄弟に絡まれます」
『早速ですね』
「長男はセカンドマンという男です」
『さてはややこしい展開ですねこれ』
「次男はラストマン」
『案の定ややこしい、三男あたりでファーストが来そうですね』
「三男はボブ」
『ボブでしたか、少し意表を突かれましたね。少しだけという私も随分と毒されていますね』
「そしてボブの斜め後ろに控えていた俺ことビーズクッション」
※人を駄目にするソファで検索してください。
『異世界転生だと言ったでしょうに』
「電気椅子や審問椅子も考えたのですがあまり物騒なのは嫌だなぁと」
※処刑用や拷問用の椅子。
『その場合高確率でチンピラが被害に遭うでしょうね』
「ちなみにソルテが絡まれた瞬間に俺は木製の椅子から突然変異を起こしてビーズクッションとなりましたのでこの世界には他のビーズクッションは存在しておりません」
『魔王もまさか自分が冒険者ギルドに現れたことで椅子が突然変異を起こすことになるとはつゆほども思わなかったでしょうね』
「ド派手に登場したかったのですが主人公の名シーンを妨害するのも気が引けましたからね、オプションで設定していた隠密スキルを駆使して背景に溶け込んでいましたよ」
『椅子は元々背景の一部なのですがね』
「話を戻してソルテですが『新入りなら俺達が良くしてやるぜ、へっへっへっ』とセカンドマンに絡まれます」
『女性系キャラに絡むテンプレですね』
「ラストマンも『ついでに楽しいことをしようぜ、へっへっへっ』と」
『テンプレ過ぎて特にツッコミどころもないですね』
「ボブも『UNOあるよ』と」
『楽しいことってそれですか』
「しかしソルテはチンピラ兄弟を華麗にスルー、彼女は大富豪派だったのです」
『凄くどうでも良い理由からのスルーですね』
「これに激怒したセカンドマンはソルテに掴みかかりますが容易く回避され投げ飛ばされます」
『テンプレですね』
「続いてラストマンも殴りかかりますが足を払われ地面を転がっていきます」
『テンプレですね』
「その衝撃でボブの建てていたUNOタワーが崩れます」
『なかなかボブの行動が読めない』
「結局チンピラ兄弟は撤退しました。ソルテはため息をつきながらその場にあった俺に座ります」
『当然の様に移動していましたね』
「そしてその瞬間ソルテは何とも言えない抱擁感に包まれ緩んだ表情に」
『人を駄目にするソファは魔王も駄目にできましたか』
「しかし流石は魔王、ソルテは我に返って俺から脱出します。正直もう少し座って欲しかった」
『色欲に正直ですね。しかし流石は魔王ですね』
「ソルテは戸惑いながらも依頼を受けその場を後にします。そして後日依頼を達成したソルテは再びギルドにやって来ます」
『特に話に関わるとは思わないのですが魔王の受けた依頼はどのようなものだったのでしょうか』
「迷い猫の救出ですね」
『冒険者が受ける依頼なのでしょうか』
「細かく言えば自分の在り方に迷っている猫のアイデンティティ探しを助けるといった内容ですね」
『ちょっと予想と違いましたね。何者ですかその猫』
「病に伏していた粉ひき職人の所に飼われていた猫ということ以外は謎でしたね」
『その猫長靴を履くことになりそうですね』
「まあその報告をする際にソルテは再びチンピラ三兄弟に絡まれます」
『懲りませんね』
「しかしチンピラ三兄弟も無策ではありません。なんとトランプを用意してきたのです」
『本当に遊びたいだけじゃ』
「ソルテはまんまと大富豪に参加させられてしまいます」
『ほんとうにまんまとですね』
「ですがソルテは魔王、その力は強大で一度も都落ちすることなく大富豪であり続けました」
『魔王の力は関係ないと思います』
「所持金だけではなく身ぐるみまで剥がされたチンピラ三兄弟は再び撤退していきます」
『ボブだけは少し哀れに思いますね』
「そしてため息混じりにソルテはすり替わっていた俺の上に座ります」
『椅子が突然入れ替わる悪戯は心臓に悪いから自重しなさい』
「勝利の余韻に浸って油断していたソルテはとても緩み切った表情になりましたね」
『椅子ごときでと思いたいところですが貴方のことですから椅子としてのスペックも色々弄ってそうですよね』
「勇者が主人公かなと思い、役に立とうと魔王特攻のオプションを付けていましたね」
『ある意味ドンピシャでしたね』
「その後ソルテは俺の座り心地という誘惑に打ち勝ちながらも頻繁にギルドに現れ俺の上に座るようになりました」
『打ち勝てていませんね』
「あ、ちなみに都度チンピラ三兄弟を撃退しています」
『毎回絡んでいるんですか』
「トランプ以外にも麻雀や双六、TRPGと様々な対策を用いて襲い掛かっていましたね」
『やっぱり遊んでいるだけじゃないですか』
「ボブはとても楽しそうでしたね」
『癒し役ポジションをかっさらっていますね』
「ソルテは基本塩対応ですがそれでもチンピラ三兄弟を無視しなくなりましたからね」
『魔王もまんざらではないと』
「しかしそんな日々も長くは続きません。とうとう勇者が現れたのです」
『そういえば勇者を探す一環でしたね』
「勇者の名はカラバ、謎の因果で突如成り上がった男です」
『恐らく長靴を履いた猫のせいでしょうね』
※カラバ侯爵、長靴を履いた猫の飼い主が名乗ることになる名前です。
「ソルテは新米勇者となったばかりのカラバに挑みますが逆に追い込まれてしまいます」
『それなりに強そうなイメージではあったのですがね』
「散々魔王特攻の椅子に座りましたからね、かなり弱体化してしまっていたのです」
『魔王を駄目にするソファでしたね』
「絶体絶命のピンチに追い込まれたソルテ、しかしそこでカラバの前にチンピラ三兄弟が立ちはだかります」
『地味に友情物ですね』
「セカンドマンは言います『おっと、ここから先は俺の許可なしじゃ通さねぇぜ』と」
『しかし台詞はテンプレ』
「ラストマンも言います『通行料はお前の命で払ってもらうぜ』と」
『やはりテンプレ』
「そしてボブも言います『彼女という存在が人類の怨敵である魔王であることは否定しない。だが彼女には人間と理解し合える優しい心がある。勇者よ、貴公が名声に囚われた浅はかな愚物で立場だけで優しき魔王を断罪しようというのならば、我らが身命を賭してそれを阻んでみせよう』と」
『く、ボブのオチの展開が読み切れませんでした』
「チンピラ三兄弟に圧されカラバはソルテを倒すことを諦めます。しかし同時にソルテもまた自分のために命を投げ出そうとした人の温かさに触れ魔王としての職務を諦めることになります」
『ある意味ボブが真の勇者でしたね』
「その後ソルテは魔王としての力こそ失っていましたが魔界を統べる良き統治者として活躍することになりました。カラバもその姿勢に心をうたれ人間界をより良くする為政者として努めることになります」
『平和な結末自体は珍しいわけではありませんが、チンピラと魔王の遊びが呼び起こしたというのはなかなかに珍しかったですね』
「ちなみにセカンドマンは人間界と魔界の間を行き来してその仲を取り持つ調停者となります」
『凄い出世ですね』
「ラストマンも世論に平和を訴える思想家として名を残しましたね」
『続いてボブですか、少し待ってください。オチを考えます。……よしどうぞ』
「ボブは宇宙飛行士になりました」
『ずるくないですかそれ』
「ずるいと言われましても」
『ファンタジー世界に宇宙飛行士って普通いませんよ』
「でもファンタジー世界だと月人とかいますよね。交流があれば当然宇宙飛行士もいますよ」
『ぐぬぬ』
「ちなみに三兄弟が冒険者ギルドで主人公に絡まなくなったことで俺の最期はやってきます」
『ある意味貴方の存在があったからチンピラが絡み続けたのではと邪推しますね』
「折角なので俺の依り代はソルテの玉座の間の椅子と入れ替えておきました」
『まともになった魔王を駄目にしかねない暴挙ですね』
「今回は会話オプションをなしにしたのが失敗でしたね。俺も混ざりたかった」
『楽しそうでしたからね』
「まあ楽しめたと言えば楽しめましたけどね」
『色欲部分ででしょうがね』
「ちなみにお土産は玉座の椅子です」
『豪華ですがあまり座り心地はよくありませんね』
「そう言うと思って俺の依り代と同じビーズクッションを用意して見ました」
『これは少し興味がありますね。ただまあ貴方の前では座らないことにしておきます』
◇
「味噌汁の塩度が倍になって辛い……」
『女神特攻のオプションを付けたことについて弁明があるなら聞きましょう』
「女神様の破顔した顔が見られるかなと」
『残りの味噌汁全部にバターを追加しておきます』
「へへ、さらに濃厚になりやがった」
『まったく油断も隙もない。個室で座って正解でした』
「目の前で座らせられなかった俺の馬鹿、馬鹿」
※これらの味噌汁は主人公が美味しくいただきました。(リスポン十回以上)
『では私は個室に戻ります、罰をしっかり受けるように』
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