砦への援軍 上

「左側での被害甚大! これ以上は支えきれません!!」

「なんとかして持ちこたえろ! 援軍は必ず来る!!」

「右側からも波状攻撃が! 砦に取りつかれます!!」

「――まあ、頑張ったんじゃない?ダリア、プレア。やっちゃいな」

「「 了解!! 」」


 突如現れた褐色肌の女と、狐の尻尾がある少女が砦から飛び降りて行った。

 周囲は魔物の軍勢がひしめいているはずなのに。


「こ、この周りには魔物がたくさんいるんだぞ! 彼女達だけで大丈夫なのか!?」

「問題ないね。この程度なら無傷で戻って来るさ。ほら、砦の揺れも収まってるでしょ?」

「あ……確かに。忘れていたが、君達が援軍ということでいいのか?」

「そうだよ。『秘密の花園』の《女王》ザハル。飛び降りてったのはダリアとプレア。あとは私らに任せて、負傷者の救護に専念してな」

「救援感謝する。負傷者の手当てを急げ! 手の空いている者は警戒しつつ、負傷者の搬送を手伝ってやれ!!」


 指揮官らしき男は少し平静さを取り戻したらしく、呼吸が落ち着き始めていた。

 ザハルの言葉を受け、部下に指示を出しつつ自らも治療のために下りて行くのだった。

 


 ザハルは少しは二人の手前、師匠らしく見えるように振る舞っているらしい――が、指が忙しなく動いているため、自分も行きたいのを我慢しているのがまる分かりである。


「やれやれ。これも例の連中の所為かい?」

「おそらくな。ここまで多くの魔物が砦を襲った事例があったか?」

「聞いたことはないね。そもそも、砦を襲う理由が魔物にはない。あっても、どうしようもない飢えを満たすためくらいか」

「そうだ。だからこそ、今回の事態は〝異常″なのさ」

「……そう考えると、アタシらがここに来るのも敵の手の内ってことだよね?」

「ああ。他でも同じことが起きている。最大限の注意を払って行動してくれ」

「了解。さてと、それじゃあアタシも動くとしますか、ねっ!」


 首を何度か回すと、ザハルは砦を飛び降りて行ってしまった。

 はぁ……戦ってるうちにさっきの話も吹っ飛んでしまうんだろうなぁ。

 戻って来た時には、「そんな話聞いてないぞ」なんて言い出すかもしれない。

 プレアもダリアも、ザハルの影響を大きく受けているため似た思考回路に変わってしまっている。いわゆる脳筋だ。


 あぁ……砦の下では派手な物音があちこちで起きてて、砦の上で警戒している兵士たちがビクビクしながらも覗いてる。

 加減を忘れ始めてるのか、あいつらの攻撃で砦が揺れている。

 さっきの指揮官が驚いた顔をしながらこちらに近付いて来る。


「こここっ、この震動はなんだ!?まさか、魔物たちの攻撃か!!?」

「安心しろ。馬鹿な部下の攻撃の余波だ。外で大暴れしているようだが、さすがにこの砦を攻撃したりはしない………はずだ」

「はず!?間違えてこちらを攻撃してくる可能性があるのか!!?」

「夢中になり過ぎてたらその可能性はあるな。まあ、その前に収まるだろう」

「……なぜ分かる?」


 情報がここまで来てないのか?

 共有すべき重要事項のはずだが……貴族が止めているのか?


「今回の魔物たちの襲撃を起こした者がいる。そして、そいつが静観して帰ることはないだろう。これまでの経験から言ってな。そいつらが現れればあいつらもこっちに来る」

「なっ!?……以前にも似た事が起きたのか?」

「今回みたいな魔物の襲撃ではないがな。異常事態を起こし、そこに俺達が介入したら必ず襲撃してきた」

「……もしかしたら、すぐそこまで来ているかもしれない、と?」

「もしくは、すでにこの砦に侵入しているか。とにかく、事態が新たな局面に入ったのは確実だ。ここからどう転ぶかは分からないが、いつでもここから怪我人を搬送できるようにしておくべきだと、俺は進言しておく」


 指揮官が顎に手を当てて考え込んでいる。

 他人の意見に耳を傾けられるのは、指揮官にとって大事な能力だと俺は思う。

 自分の考えに固執して部下を殺した人間を何度も見ているからな。

 だいたいそういう奴は最後には命乞いをして無様に死ぬ。


「わかった。俺はこれから部下に指示してくる。何か起これば俺にいちいち報告せず、そちらの判断で動いてもらって構わない」

「いいのか?」

「その方が効率的だろう?功績争いなどするつもりはないからな」

「……なるほど。俺達のことをよく知ってるようだ。だが、一つ言っておこう」

「なんだ?」

「俺達も手柄は興味ない。ただ、役割を担うだけだ」

「お前達は他の冒険者とは少し違うようだな」


 ――ズリュ


「何の音だ?」

「音?俺には何も聞こえなかったが?」

「いや、確かに水っぽいモノが移動する物音がした気がしたんだが……」

「負傷者を引き摺っている音ではないか?多くの者は血を流しているからな」

「いや、人を引き摺っているなら他の雑音もあるはずだが、さっきの音は何も――また聞こえた」

「砦内にスライムでもいるのか?」

「スライム……いや、登れないはず。だったら他に…?」


 ズリュリュ……


「近付いている。砦の右側後方だ、行くぞ」

「ま、待ってくれ!」


 音のした場所に来てみると、警戒に当たっている兵士たちがのんびりと歩き回っているだけだった。あの音に気付いていないのか?

 遅れてやって来た指揮官は、特に異変もないことに安堵している。


「ここらは敵の攻撃も少ないみたいだな」

「いや、これまでの攻撃は陽動だったみたいだぞ」

「なに?――な、なんじゃありゃ!?」


 俺の視線の先を追った指揮官は、砦を登ってきた透明でスライムのような怪物に驚いて大きな声を上げる。

 その声に驚いた兵士たちが何事かと同じ方向を見て、恐慌が広まってしまった。

 まずいな。動揺は士気に関わる―――反対側から悲鳴が聞こえてきたってことは、向こうではすでに死人が出ているな。


「 反対側もか。 登りきる前に火属性魔法で攻撃させろ!」

「お前はどこに!?」

「反対側だ! 向こうの方はすでに襲撃されてるようだからな!」

「た、頼むぞ!」


 さすがに指揮を任されているだけあってか、すぐに兵士たちへの指示出しを始めている。本当に優秀な指揮官でよかった。




 砦の反対側に向かうと、とっくに警戒の兵士たちは消えていた。

 おそらく、先程の魔物と同じモノに喰われたのだろう。

 ちびっこ状態の体でまともに戦えるか………おっと、わざわざ飼い主がここに来るとは。


「ようやくまともに戦えそうな奴が来たね」

「改造した魔物……蛞蝓なめくじとスライムの交配か?」

「凄いでしょ?マスターの実験の成果なんだぁ。限りなく透明だから隠密には最適だし、迷彩能力もある。あとは、分裂できるし、人を捕食するのに最適な酸も備えてるんだよ。凄くない!?」

「反吐が出る」

「……マスターの凄さが理解できない奴は、死んじゃえっ!!」


 持っていた槍で突いてくるが……素人過ぎる。

 避けてくれと言わんばかりの遅さ。鋭さなど皆無。

 踏み込むは浅いし、武器の扱いに慣れていないのがよくわかる。

 武器に使われている、というのが表現としては妥当か。


「攻撃に鋭さがないな。素人か」

「だから何?」

「隙だらけだ」


 子供状態とはいえ、魔法は使える。鍛えた武術も問題なし。

 土属性を纏って硬度が増した膝蹴りを、がら空きの胴に放つ。

 殺さない程度には加減したが、臓器への深刻なダメージは免れない。


「ぐぅ……」

「もう終わりか?なら、さっさと倒して怪物退治に移らせてもらう――っ!?」

「へへっ……ようやく効いてきたみたいだね。マスター特製、神経毒の鱗粉」


 体から力が抜ける……。

 多少ならば耐毒性を備えているが、これはそのレベルを易々と超えている。

 俺でなければ呼吸困難で死んでいる。呼吸は出来るが、喋れないな。

 仕方ないか………


「あんたみたいに強い奴らはさ、技量を見極めて弱いと判断したらほいほい間合いに入って来るよね。自分の力を見せつけるために。だから、自分の周りに粉を撒いて自滅させるのが手っ取り早いんだよねぇ。臭いはしないから気付かないうちに――パタリ」

「…………」

「もう喋ることも出来ないか。じゃあ、死んじゃえよっ!」

「――油断大敵。それに軽率」

「っ!?がっ――」


 俺が喋れないと思って油断した――いや、油断していなくても彼女の奇襲は避けられなかっただろう。素人だから。


「時間稼ぎしてたのに気付かないなんて。戦いの素人だねぇ」

「早かったな」

「念話来たのに戻らなかったら他の子達に怒られるからね。立ち上がれる?」

「問題ない。ここは任せるぞ。俺は怪物退治だ」

「いってらっしゃい。こっちが片付いたらあたしも手伝うから」


 この場は任せよう。

 あの合成魔物の駆除が最優先だ。最悪反対側が抵抗虚しく全滅しかねん。

 急がなくては。数もどれだけいるのか正確に把握できていない。

 場合によっては、少し本気を出さなくてはならないかもな。


※※※


 さて。団長に任されたことだし、ちょっとはやる気出してやろうかなぁ。


「そろそろ起き上がったらどう?どうせ、さっきの攻撃もその鎧ですでに治癒済みなんでしょ?」

「――なんだ、バレてたのか」

「それで――死ぬ?それとも半殺しが御望み?」

「お前みたいな自信家の鼻っ柱をへし折るのが、楽しいんだよねっ!」

「……その歪んだ考え、粉々にしてあげる」

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