師匠

「今日は言ってた通り、久々の師弟訓練だ。ルールはこれまで通り。いいな?」

『了解』

「ドロシーから何かあるか?」

「うーん………まあ、乙女なんだから怪我はしないでね」

『それは無理』


 師匠も弟子も、両方とも即答だった。

 ドロシーは苦笑いを浮かべるしかないようだ。



 訓練のルールは三つ。

 一、殺しは御法度

 二、弟子は下級から上級までの魔法を使っていいが、師匠は中級まで

 三、武器は実戦のもので


 実戦を意識した訓練になるようにこうなった。

 師匠たちには己を見直すきっかけに、弟子たちには目標との差を実感するための機会を設けようと、俺とドロシーで考えたのだ。


 これに参加するのは、師匠である「女王」と、弟子である「魔女」と「戦乙女」だけだ。俺とドロシーは参加しないし、弟子たち以下では相手にすらならない。



 さて、順番は―――


「一番手は私がやろう」

「だそうだ。アルマとカルマ、準備しろ」

「「りょーか~い」」


 アルマとカルマは特に気負うこともなく準備を始めた。

 ジュリエッタはすでに万全だ。


「次はどうする?」

「私が行こう」

「ルーナか。次は?」

「じゃあ、次は私かしら?」

「シルヴィアだな」

「じゃあ、次は僕が!」

「ザハルか」

「私が」

「トリシアがその次で」

「では、私が次で」

「パルテナか。だったら、最後はネロか」

「そういうことになるわね」


 順番が決まってから弟子たちの顔を見てみると、ほとんどが緊張で顔を強張らせていた。

 まあ……なんだ、昔の苦手意識があるから仕方ないとはいえ、もう少しリラックスしたらどうかねぇ?


「団長」

「両者用意はいいな?ジュリエッタ、見せつけろ。アルマとカルマ、目にもの見せてやれ。――始めっ!!」





 まあ、結果から言えば師匠たちの圧勝だった。

 近接戦闘を仕掛ければ技量で上回り。

 魔法で勝負すれば質で勝る。

 総合的な強さでまだまだ師匠たちの方が強かった。

 弟子たちもかなり頑張ったけどな?


 今は師匠たちに久しぶりに稽古をつけられてる弟子たちを見ながら、ドロシーとバルコニーで会議中。


「予想通りではあったが、ドロシーの感想は?」

「……魔法の威力と質は上がってたけど、まだムラがあった」

「師匠たちへの苦手意識が、精神に影響を及ぼしてたんだろうな」

「武技はほぼ互角と言ってもいいけど……」

「けど?」

「師匠たちの方が意志の強さで勝ってた。その差が少しずつ積み重なって負けた」

「経験の差だな。あの子たちもまだまだということか」

「でも、確実に力をつけてた。……しっかりと教えてたのね」

「俺が教えなくて誰が教える?」

「どこかに連れてくことはあっても、教えてるとは思えないから」


 はっはっは………よくわかってるな。

 基本的に何も教えてなかったからちょっと不安だったけど杞憂だったようだ。

 弟子たち、よくやった。あとで褒美をやらねば。


「それで、例の相手と対等に戦えるくらいにはなってると思う?」

「正直に言えば、まだ足りない」

「具体的に」

「実戦になれば感情を殺す訓練はしてきた。これまでは、問題なかった」

「あの子たちが躊躇すると?」

「分からん。だが、あの子たちは同じ年頃の人間と戦ったことがない。勿論、戦う心構えはしっかりと刻まれているから戦えるだろうが………」


 ネルファとクリス。

 マナと出会った時、俺がきっかけとはいえ、クリスは戦闘中に優しさを見せて危うく殺されかけた。


「トドメがさせない?」

「あの子たちは戦士であって殺し屋ではない。どれだけ感情を殺そうと、戦っているうちに情が芽生えないとは限らない。そこが不安材料だ」

「あの子たちはあなたのためなら全てを捨てる覚悟があるわよ?」

「……誰かに依存することほどおぞましく危険なことはない」

「でも、あの子たちはそうならざるを得なかった。仕方が無い事だと、あなたもわかってるでしょう?」


 仕方が無い……。

 確かにそうだが、そろそろ次の段階に移る時が来たのかもしれない。

 タイミング的にもちょうどいいし。


「彼女たちも、そろそろ独り立ちする時が来たのかもしれない」

「私はいいと思うけど、彼女たちがなんて言うかしらね?」


 リリーに優しく教えるシルヴィア。

 ダリアと戯れるザハル。


「俺以上にあいつらの方が子離れ出来てないよな……」

「私達も人の事言えないでしょ?私もあなたも彼女達も、あの子たちの育ての親みたいなものなんだから」

「親離れ出来ない子供たちに、子離れ出来ない大人たち。あいつらが聞いたら呆れた顔をするだろうな」

「ふふっ……今更でしょ」


 師匠たちは手加減するつもりがないらしい。

 ネルファが涙目になってるし、アルマとカルマには怒声が浴びせられていた。

 シルヴィアはスーリヤに対してのみ、容赦なくビシビシとしごいていた。

 他の弟子たちは必死に喰らい付いてるようだ。


 ノック音が聞こえてくる。

 返事をするとメテオラが入ってきた。


「団長、例のモノが完成しました」

「……シュルツァ、入っていいぞ」

「聞き耳を立ててたわけじゃないですよ~?」

「別に聞かれても問題ない。それで、その紙束はなんだ?」

「これは~決済書類と~依頼ですよ~」

「……ちょうどいいか。ドロシー」

「はいはい。決済書類は私がやっておくから、依頼に行っていいわよ」

「シュルツァ、紙を。メテオラは中庭に持って来てくれ」

「了解!」

「どうぞ~」


 依頼は八つ。

 南方にある祠の調査と、砂漠に棲む巨大針虫の駆除。

 それから、リザードの被害が出てる村への救援。

 北方の国境周辺の調査と、魔物の襲撃を受けている砦への援軍。

 東方の濃霧の樹海にいる魔獣討伐と、古代遺跡の調査。

 西方にある悪魔崇拝の村の調査と、町で起こる怪奇現象の調査。

 そして、三国会談での護衛。


 会談には俺とドロシーが参加するとして、他はどうするか………


「各々選ばせてみる?」

「それだと喧嘩になりそうだな」

「じゃあ、あなたが決めちゃえば?」

「それが一番いいか」


―――――


 ドロシーとの話し合いも終わったため中庭に降りると、全員が整列していた。

 メテオラに頼んでおいた武器は木の台の上に載せられた状態で置かれている。


「先に言っておくことがある。明日からそれぞれの師匠と共に任務に赴いてもらう。それに合わせ、今目の前にある武器をお前達に授ける。任務で各々馴染ませておけ」

「団長。我々にはないのか?」

「……いるか?」

『欲しい』


 即答かよ。

 お前らの武器はすでに世界最強の類なんだが…?


「………考えておく」

「団長、これが例のですか?」

「そうだ。それぞれに合わせて極限まで調整してある。今まで以上の力を引き出してくれるはずだ」

「これがあれば師匠にも勝てますか?」


 セレナの発言に師匠たちが怖い笑顔を浮かべてやがる。

 周りがビビってるからやめてやれ。


「それはお前達次第だ。武器を使うも、使われるもな。俺達が徹底的に教えてきたことが身に付いてるなら心配はないはずだ」

『期待に応えてみせます!!』


 各々のやる気を示した後、それぞれの武器を手に取って具合を確かめ始めた。

 メテオラは無表情だが、その瞳の奥に少しばかりの不安が見受けられた。

 もう少し自信を持っていいのに。


 

 これまでの武器と異なる点は、それぞれの武器に『心玉』と呼ばれる特殊な宝珠を埋め込んであること。

 それから、刀身も普通の武器にはまず使われない素材を使っていること。

 今回の武器は、歴史上初めてだらけの武器であることは間違いないだろう。

 なにせ、彼女達だけの専用武器を作らせたのだから。


「すごく馴染む……。これが私達専用のシン武器なんだ」

「なんだろう………すでに体の一部みたいに感じる」

「早く試したいなー」

「今日は休め。明日には実戦確認が出来るだろう」

『団長、ありがとうございます!!』



 これでようやく五分といったところ。

 だが、あっちにはまだまだ手勢がいるはず。

 戦争となるか、抗争となるかは俺達次第か。 

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