シャルネとダリアは拳で語り合う 下

「ここであってるのか?」

「――視界が開けてるからやりやすい」

「ここにケルベロスが現れるらしい。どこからかは知らんがな」


 今回のターゲットはケルベロス。首が三つある大きな犬。全長は6m以上で、普通の人間では戦うことすらできないくらい、膂力がある怪物だ。普通の騎士しかいない彼らが依頼してくるわけだ。


 場所は城砦都市から西へ移動した大きな木が数えるほどしかない丘陵のど真ん中。俺達はその中でも周りが見渡せる一番大きな木の上で待機中。情報によると、夜になるとこの場所に現れて、夜行性の獲物を求めてここに来ているとのこと。


 情報提供を受けて城砦都市の騎士団が討伐に向かったが、全く歯が立たなかったらしい。それで、今度は都市にいる冒険者に依頼してみたのだが、またまた返り討ちにあったということで、俺達に話が回ってきたのだ。



「あれじゃねえか?」

「――むむ。聞いていたよりも大きくないか?」

「そうだな。それに、何か様子がおかしいぞ」


 体格は聞いていたよりもやや大きい程度の差だが、それ以上に気になったのは、三つの頭のうち二つの片目が潰されていること、それから、異様に肥大化した前足だ。胴体ほどとまではいかないが、それに近い太さがある。


「よく見ると、なんか尻尾も変じゃねえか?」

「――あれって、火を吹く蛇じゃなかった?サラマンダーの変異種」


 いや、それ以前に、なぜあれほど気性の荒いケルベロスが夜の間だけここに現れて夜行性の、腹の足しにもならない小さな魔物を食べては帰る行動を繰り返す?そんな習性があるのか?………わからんものをあれこれ考えても仕方ないか。


「シャルネは魔法を待機状態にして待て。ダリアが一人で戦え。全力は出すなよ、あくまで様子見だ。」

「了解。倒せるなら倒してもいいんだろ?」

「できるならな。俺の見立てでは、シャルネの支援がなければ倒せないだろう」

「――全力でいいの?地形変えちゃうよ?」

「仕方ないだろう。アレを取り逃がす方が問題だ」

「う~ん。リングは先に作っていいのか?」

「そうだな。逃がさないためにも、作っていいぞ」

「うし!」


 自分の最もやりやすいやり方で戦えるのが嬉しいのか、さっきから左の掌に右拳を打ち合わせている。シャルネは不満なようで、さっきから若干頬が膨れている。


「シャルネ、逃がさない事を優先しろ。それ以外は何をしても構わない地形を変えてもいいし、ダリアを巻き込んでもいい」

「――いいの?」

「問題ないだろ。あいつの危機察知能力は高いのだから。たとえお前の魔法でも逃げられるだろ」


 引いているような顔をしているが気にしない。戦闘に夢中になり過ぎて周りが見えなくなっては困るからな。それに、アレを取り逃がすと嫌な予感がするし。


「おっし! 鉄はあるな。『四方を囲う鉄の御柱』!」


 ダリアは元気良くケルベロスに近付くと、拳を地面に叩きつけて呪文を唱えた。直後、のんびりと歩いていたケルベロスの四方に黒い柱が現れた。彼女特製のリングが完成だ。


「――アレを単独で倒すなら全力じゃないとダメなんじゃない?」 

「何のためにお前がいる?俺は手を貸さないが、お前は手を貸してやれ。死にはしないだろうが、倒すのに何日かかるか分からんからな」

「――そこまで?」

「ああいうヤツはほど怒った時に一気に強くなる。生存本能というのも馬鹿に出来ないからな。生存本能に闘争本能が加わって火事場の馬鹿力が発生する。お前も気を付けるんだぞ?たとえ格下だろうと手を抜くなよ」

「――そんなに甘く鍛えられてない。師匠は優しくないから」

「その言葉を聞いたら何を思うかな?」

「――今のは内緒、だよ?」


 よほどあいつらが怖いのか、若干震えながら口止めをしてきた。普段は見ない弱弱しい姿に涙目の上目遣いってなんかちょっとそそられ……こほん。


「さて、それは今日の頑張り次第だな」

「――が、頑張るから!ひ、秘密にして……」

「吹っ飛べやっ!」

 

 珍しく可愛い姿を見せるシャルネを愉しんでいると、ダリアが大暴れしていた。もう少しくらいシャルネで癒されたかったのに。

 ケルベロスの肥大化した前足の薙ぎ払いや踏み付けを回避しながら着々と鋭く重い拳の一撃を繰り出している。斧は使うつもりはないようだ。


「なんだ、頭が三つあってもあたしを目で追えないのか?ダセえな!!」


 挑発しながらも高速移動をしてケルベロスの攻撃を掻い潜っている。避けては隙だらけの箇所に一撃を浴びせてまた回避。彼女には珍しく、ヒット&アウェイを繰り返している。普段ならば一も二も無くインファイトなのだが、今回は相手が大きすぎるから戦法を変えたのだろう。戦闘の時だけは賢いな。戦闘の時だけは。


「――団長、私はいらないように見えるけど?」

「どうだろうな――っ! 俺は一時ここを離れる。忘れるな、逃がさないことを優先しろ。ダリアに何か言われても無視しろ。いいな?」

「――了解」


 一瞬だが、この地域に人の気配を感じた。今はこの辺り一帯に人避けの結界を張っているから一般人やそのへんの冒険者は近付けないはずなのに。つまり、ここにいるということは………


「何をしている?」

「すぐにバレるとは。なに、研究の一環だよ。」

「アレだけじゃないよな。最近現れた魔人や、強化された魔物はお前の仕業だな?」

「さて、どうだったかな。私は過去は振り返らない主義なんだ。」


 丘からさらに西へ移動するとある森にその人物はいた。自分と同じく黒の外套を纏ってダリアとケルベロスの戦闘を見ていた。声から察するにじじいだ。

 しかし、研究だと……?


「目的はなんだ。魔物を強化して町や村を襲わせて何がしたいんだ?」

「叶えたい悲願があるのだよ、私には。そのための第一歩がこれだ。まだまだ道程は長いがね。」


 第一歩だと?あれらはまだまだ序の口だと言うのか?


「信じられないという感じだな。だが本当だよ。しかしながら、君達のせいで碌に情報を得られていないのが現状だがね。」

「ふざけたことを言うんだな。俺達がいなければどうなっていたと思う?何千もの人間が死んでいたんだぞ?」

「知らないな。私にとって重要なのは、私の考えた仮定を証明することだけだ。それで誰が死のうと知ったことではない。」


 こいつ…クズだな。人の命を何とも思っていない。こういう奴は殺しておかないと、何をしでかして、どんな悪影響を及ぼすか分からない。


「――マスター、下がって、ください。殺気を、感じました」

「なんだ、貴様も話の通じん男だな。残念だ。」

「逃げられると思うなよ」

「はて、ここでのんびりしていてもよいのか?」

「あいつらなら問題ない」

「そうかのう?五号、撃て。」


 クソジジイの命令が発せられると、向こうの状況が変化した。こいつ、何をした?それに五号?このメイドも何かおかしい………


「よいのか?行かなくて。娘たちが死ぬぞ?」

「……お前は覚えた。次に会った時にはすぐに殺してやる」

「君との因縁は浅からぬもののようだ。そう…10年以上はね。」


 10年?そんな昔に俺はこいつに会ったのか?


「ほれ、急げ急げ。手遅れになるぞ?お前達、行くぞ。」

「了解です、マスター」


 くそっ! 弟子の育成で余生を過ごそうと思っていたのに!!


 ダリアたちの元へと戻って来ると、予想外の事態になっていた。彼女達が押されていたのだ。ダリアは一つの頭に喰われかけており、シャルネは尻尾のサラマンダーの変異種相手に苦戦している。殴ろうにも火を纏っていて殴れないようだ。こういう時、拳はつらいわな。こんなに苦戦している状況、これまで見た事が無いな。

 よく見ると、ケルベロスは先程よりも巨大化しており、頭も五つに増えていた。気持ち悪っ!


「シャルネ、一旦離れろ! ダリア、磁場の出力を上げろ!」

「――了解!」

「手が離せねえんだ! 手を貸してくれよ!!」


 本当は手助けするつもりなどなかったが、今回は仕方ない、特別だ。


「目を閉じろ!『侵蝕する閃光』」


 ケルベロスの顔に光魔法をぶつけて失明させると、一瞬の隙をついてダリアは危うく喰われそうになっていた口から脱出した。


「おっし! 抜け出した! サンキュー、団長! 覚えてろ、犬っころ!!」

「――団長、いけるよ」

「やれ」

「――〈天は堕ち 地は呻き 海は干上がる 我は星なり〉『久遠の落日』」

 

 シャルネの詠唱つき超級魔法によってケルベロスは這いつくばっただけでなく、地面にめり込み始めた。必死に立ち上がろうとするが、すでに全ての足がひしゃげているからそれも出来なくなっている。後は絶命するまで待つだけだ。


「くそっ! いい所を持っていきやがって。」

「命があるだけマシだろう。あのままでは死んでいたぞ?」

「……そうだけどよ。てか、なにがあったんだ?急に体が大きくなったけどよ。」

「ケルベロスに何かしらの付与を行った者がいた。そいつのせいだろう」

「面倒な事してくれる奴がいたもんだな。で?そいつはどうしたんだ?」

「……逃げられたよ」

「そっか。あたしらのせいだろ?すまないな。後でいくらでも処分してくれ。」


 さっぱりした性格だからか、自分に非があればすぐに謝れるのは彼女の美点だ。俺以外には反発するようだが………


「いや、処分はない。予想外の事態が連続したからな。今回は仕方ない。それよりも、これからは奴らの動向に注意しないといけない。これから先、俺達に回ってくる依頼には必ず奴らが関わってくるはずだ」


 あの言葉からも、今後も俺達が今回のような依頼を受け続ける限り、争うことになることを予期しているように感じた。まあ、あの感じだとまだまだ研究とやらは続く感じだったしな。それよりもあのメイドどもだ。精気を感じなかった。まるで人形のような………


「――団長、死んだよ」

「そうか。死体を採取して撤収するぞ。厄介事が山積みだからな」

「了解。牙と目と血くらいでいいか?」

「爪と筋組織も一部でいいから採取してくれ。気になることがある。あと……」


 死体を検分した後は、採取してから火葬した。死体にも気になる点があった。背中の部分――正確に言うなら背骨のあたりに矢が刺さっていた。

 それから、右足の爪にナンバリングされていた。番号は22。つまり、こいつ以外にもまだまだ研究対象はいるということだ。これまで倒した数を考えても、このケルベロスが最後であったとして、まだ半分以上いることになる。もしかしたら、あのゴブリン・クイーンも………


「団長、終わったぞ。戻ろうぜ!」


 考えても仕方ないか。情報収集は他の奴らに任せよう。


「わかった。シャルネ、すぐに王都まで跳んで今回の事を王に伝えろ」

「――了解」


 命令を聞いたシャルネは、空中を跳んで移動していった。彼女一人ならば半日とかからず王都まで着くだろう。


「報告したら俺達も王都にすぐに戻る。ダリアはいつでも動けるように待機していろ。いいな?」

「了解。門のところで待ってればいいんだな?」

「そうだ。大人しくしていろよ?」

「あたしはそんなにガキじゃねえよ。」


 と言いつつ、挑発されたらすぐ手を出すから信じられない。まあ、こんな夜更けに一人で街を歩いている輩はいないか。


 

 その後、深夜ではあったが急いでいたので寝ているガーランドを叩き起こし、今回あったことを説明して城砦都市を去った。ガーランドはかなり不機嫌だったが気にしない。俺も忙しいのだ。

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