第370話 テロリスト ~住宅街の戦闘~

 時は少し遡る。遼太郎が厚木基地に入る前から、東郷邸は執拗な攻撃を受けていた。


 一点に集中して攻撃すれば、防御結界を壊せるとでも、思っているのだろうか。ライフルの狙撃は、時間を追う毎に激しさを増す。

 そもそも、遠距離から同じ個所を何度も撃つのは、相当の腕が必要だろう。流石は特殊部隊のスナイパーといった所だ。


 元々ペスカは、自宅の防御結界を戦闘用にしていない。当然だろう。何処の誰が攻撃を仕掛けるというのだ。あくまでも、侵入者を防ぐ為に仕掛けた罠程度に過ぎない。


 スナイパーライフルでも、かなりの威力が有る。コンクリートブロックを破壊する威力が有るなら、木造の住宅など紙切れ同然であろう。

 ましてやロケットランチャーなど撃たれたら、家など木っ端微塵だ。

 この時点で、ペスカは複数の魔法を使用していた。


 一つ目は防御結界の強化である。

 特霊局の事務所二つが襲撃され、職員が拉致された。短時間でそんな事が出来るのは、プロの仕業だろう。そして職員達を人質に、冬也と遼太郎を呼び出した。

 ここから考え得るのは、最大戦力と思われる者の各個撃破。そして残った者の殲滅である。自宅が襲撃されるのは、明白であろう。

 防御結界を戦闘用に強化しなければ、遠距離で一方的に狙撃されて終わりだ。


 二つ目は、人払いである。

 ここはあくまでも住宅街である。万が一にも、通行人や住宅街に暮す人々に、被害があってはならない。

 ならばどうするか。簡単だ、遠ざければよい。

 通行人が通らない様に、出掛けた人は直ぐに戻って来ない様に、魔法をかければよいのだ。更に、家の中にいる者が外に出ない様にすれば、人的被害が出る事はそうそう無いだろう。


 それでも、対策は万全とは言えない。

 流れ弾で、家の壁が多少傷ついた、瓦が何枚か割れた。その程度なら、この場合は被害と呼べない。そこから派生する二次災害が、問題になるのだ。


 物音に驚いて、飛び出して来た住人が流れ弾に当たる、若しくは戦闘に巻き込まれる。流れ弾が、設置されたガスボンベを貫通。そして爆発を起こし大火災に発展する。

 考えればきりがない程、危険は存在する。


 人払いの魔法をかけても、異常な物音がすれば、住人は反応するだろう。ましてや大事故に繋がる危険は、予め排除しなければならない。

 それには、防御結界を薄く広く近隣の住宅にかける。その魔法には消音効果も付与する。勿論、住宅街全域に完璧な防御結界を張る事が出来れば、それに越した事はない。


 しかし、力を制限された状態では、限りがあるのだ。例え冬也が行った様に、一部の地域を支配下に置いたとしてもだ。

 この世界のマナは希薄なのだから。


 それでも発生した問題には、その都度対処せねばなるまい。

 ペスカは、自宅周辺一キロ圏内を自分の支配下に置いた。制限された己の神気と、大地のマナを利用して、防衛対策を施した。

 ただし、ここで力を使いきっては、実戦で役に立たないどころか、臨機応変な対応が出来なくなる。


 戦闘において、命取りに成りかねないのは、過信である。それが有る故に、予想に反した行動を取られた時、大きな隙を与える事になる。そしてプロならば、間違いなくその隙を見逃さない。


 防衛対策を施した所で、ペスカの役目は指揮に変わる。

 近距離格闘に優れた、エリーと雄二。魔法に長け、有能なサポートが可能なクラウス。彼らをどう扱うかで、勝敗が決定する。

 ただしエリーと雄二に関しては、実戦経験の不足であるが故に、プロとどこまで渡り合えるかは懸念される。


 ペスカは最初に、クラウスへ周囲を探る様に指示を出した。

 敵の位置、現在の状況、これらを正確に把握する事は勝敗を左右する。これについては、相手に後れを取っているのだ。

 ドローンが余分にあれば利用したのだが、美咲に余計な力を使わせて戦線離脱する事になれば、元も子もない。


 クラウスに使用させた魔法は、敵意を持った者を探す探索魔法である。自宅を中心にして、円状に範囲を広げていく。効果の程は折り紙付きである。問題が有るとすれば、マナを異常に消費する事だろう。

 恐らく狙撃手は、三キロ以上先にいる。それを探す為には、クラウスが持つすべてのマナを消費しなければならないだろう。


 クラウスが、戦闘要員として外れると、大きな戦力ダウンとなるのか。答えはイエスだ。

 しかしペスカは、端からクラウスを戦闘要員として、数えてはいなかった。では、エリーと雄二だけで、襲撃者達に対抗させるのか。

 その手段しか残されていないのだと判断すれば、唯一の拠点となった東郷邸を放棄しても、撤退を図っただろう。


 ペスカはちゃんと準備をしていた。遼太郎がいる厚木基地に、エルフの姉妹レイピアとソニアを送った様に。自宅の防衛に参加する助っ人は、程なく明らかになる。


「ペスカ様。相手の位置が判明しました」

「ありがと、クラウス。どんな感じ?」

「正面から見えるマンションの幾つかに、狙撃手が散らばってます。数は五名」

「突撃班は?」

「黒塗りのワゴンが二台。正面の道路を両側から挟む様にして、五百メートル先に停まっています。突撃班と狙撃班の中間地点辺りに一名、連絡役でしょうか? スコープでこちらを覗いている者がいます」

「ワゴンが動く気配は?」

「今の所は有りません。狙撃に耐えきれず、我々が飛び出すのを待っているのでしょうか?」

「こんな日中に、いつまでも様子見なんてしないでしょ。エリーさんと設楽先輩、ちょっと来てもらえます? これから二人に隠蔽の魔法をかけます」


 魔法なんて言えば、普通の人間なら鼻で笑うだろう。

 しかしエリーは超能力者、雄二は異能力者である。しかも、飛んでくる銃弾が見えない壁に弾かれ、敷地内に入って来ないのだ。

 それを見れば、魔法の存在を否定は出来ない。待機していた二人は、疑問を呈する事なくペスカに近寄る。

 そして、ペスカは雄二、エリーの順で隠蔽の魔法をかけた。


「Oh! Ameizing!」

「いやいや、透明になった訳じゃないよ。ちゃんと触れるからね」


 姿が見えなくなった雄二に向かい、エリーは驚きの声を上げた。そして自分にも同じ魔法をかけられると、姿見に向かう。

 鏡に映らない自分の姿を確認すると、子供の様にはしゃいでいた。


 いつまでも遊ばせる訳にはいかない。魔法の効果は、精々二時間持てば良い方だ。作戦中に効果が切れては、目も当てられない。

 既に見えなくなっても、二人の気配はリビングの中にある。ペスカは、少し声を大きくし、指示を伝える。


「いい? これから二人には、狙撃手の所に向かって貰うからね。遠距離狙撃は集中力がいるから、封鎖してある屋上とかにいる可能性が高いよ。とにかく見つけたら、背後から襲ってね。見えないだけで、足音までは消せないからね。もし気がつかれる事があれば、速やかに撤退する事! いいね! 絶対に無理はしないんだよ!」

「オーケー、ペスカ。任せてクダサイ」

「理解したよ、東郷妹。ただ、連絡手段はどうすんだ?」

「誰も居ない場所で、スマホを使って。二人の持ち物にも、隠蔽の魔法はかかってるからね。絶対に、持ち物は落とさないでね。拾って帰る事は出来ないからね」


 ペスカの指摘は当然である。現在、衣服を着ている状態の者に魔法をかけたのだ。その状態で見えなくなっているという事は、魔法の対象が本人とその付属物になる。

 もしスマートフォンで会話中に、誤って地面に落としたとしても、目視で探す事は出来ない。勿論、手探りで探し出す事は出来るが、そんな事に使う時間も余裕も無い。

 

 それ以外に幾つか注意事項を伝えて、ペスカは送り出す。何度も無理をするなと念を押して。

 信用してない訳ではない。危険を冒して欲しくないのだ。

 クラウスなら、治癒の魔法を使える。任務に失敗し危険な状況に陥っても、命からがら逃げかえる事が出来る。

 命が有るなら無様でもいい、失うより何倍もましなのだ。


「ところで、ペスカ様。お二方を送り出すと、突撃班に対抗するのは、我々だけになりますが」

「大丈夫。もう来てるはずだから」

「いったい何を仰ってるので?」

「助っ人の事だよ。パパリンの所にも、そろそろ到着するはずだよ」


 モニター越しに映る、追い詰められた遼太郎の姿。そして、神妙な面持ちでそれを見つめる安西。

 気持ちは痛い程にわかる。しかし今の彼らに安易な言葉をかけても、心の底から安堵させてやる事は出来ないだろう。

 ただ一つ間違いないのは、遼太郎を見捨てるはずがない事である。そう、心配は要らないのだ。

 ここはロイスマリアではない。戦争の無い日本なのだ。命を落とす必要は、何一つだって存在しない。

 

 冬也はいち早くロシア特殊部隊を片付けて、帰還中である。遼太郎は、今まさに追い詰められている。

 そして、ペスカ達は動き出した。平和な日本、その住宅街に押し寄せ、銃を発砲する不届き者を懲らしめる為に。

 こうして人知れずに、住宅街の戦闘は始まった。

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