第331話 オールクリエイト ~救出~

 総本部を出た冬也は、直ぐにタクシーを拾い、聞き出したビルに向かう。ビルまでは、タクシーを拾う時間を合わせても、小一時間で到着した。


 既に日は傾きかけ人通りが多くなり始める中、目的のビルには明らかに普通のサラリーマンや、運送業者と思える男性が出入りをしていた。一見すると、普通の賃貸オフィスに思える数階建てのビルは、当たり前の様に複数テナントが入っている。

 余程巧妙に所有者名義を隠したのだろう。ビルの所有者が暴力団と知っていれば、普通の企業は敢えて賃貸はしまい。


 一般人が出入りする中に隠れて、麻薬製造の拠点を作っているなら、警察にもバレにくいだろう。加えて、今夜までという時間を限定した組長の言葉で、点々と拠点を変えている事を察する事が出来る。またこの様な拠点が幾つも有り、必要に応じて直ぐに移動するなら、流石のマトリでも現場を特定するのは難しいのではないか。

 小難しい理屈はわからなくても、慎重に麻薬の出所を隠蔽している事は、流石の冬也にも理解出来た。


 一方で冬也には、ある気がかりが有った。それは、能力者の事である。

 能力者が暴力団の協力的な存在であれば、暫く動けない様に叩きのめせばいい。問題はその逆であった時である。

 強制的に能力を使用させる方法なら、非人道的な行為も平気で行うだろう。闇組織というのは、そういう存在である。傀儡の様に成り果て、ボロボロになり、人間としての尊厳すら保っていない。そんな状況など容易に想像がつく。

 

 能力者がどんな能力を使うのか、どんな人間なのかはわからない。ただ冬也はこの時、危惧した事が現実にならない様に祈っていた。

 体は癒せても、心を癒すのは至難を極めるのだから。


 ビル内には警備員がいる訳でもなく、入る事は容易かった。そして冬也は、エレベーター近くに有る各階の案内版を眺める。外から見た時と変わらず、案内版に載る企業名には怪しいさを感じない。となれば拠点の場所は一つしかあるまい。冬也はエレベーターに乗り、案内板に社名の記載がない地下を目指した。


 ただそう簡単に、拠点へ乗り込む事が出来たら、せっかくの隠蔽が意味を成さなくなる。冬也は地下へのボタンを押すが、不停止の設定でもしているのか反応を示さない。

 すぐさま冬也は、非常階段を探して下る。だが地階へ続く扉は、鍵がかかっており開かない。一般企業が入居しているビルの為、強引な行動を慎んでいた冬也であったが、この時ばかりは力づくでノブを回し錠を破壊した。

 ガキっと音を立てて、ドアノブが自由になる。冬也が地階の扉を潜ると、扉らしきものは一つしか無い。彼らが拠点としているのは、間違いなくその扉の奥だろう。

 ただ、冬也に一抹の不安を与えたのは、入り口に見張りすらいない事であった。


 冬也の移動は一時間近くかかっている。仮に総本部壊滅の連絡が入っていたとすれば、逃げるのには充分な時間であったろう。またビル内の出入りを、防犯カメラで監視されていたとすれば、対応する暇も有っただろう。

 

 これまでバレなかった自信か、隠蔽に関する自信か、それとも既に逃走したのか、または組長が嘘の情報を伝えたか。今の冬也が持つ情報は、この場所しかなく、迷っている暇はない。

 冬也は勢いをつけて、扉をこじ開けた。扉を開けた瞬間に、広い倉庫らしき部屋の奥には、一人の女性を複数の男が囲んでいる光景が飛び込んでくる。


「当たりかよ」


 情報が伝わっていなかったのか、逃げていないのは好都合である。しかし、その女性が重度の薬物依存状態である事は、遠目でも見て取れた。


 嫌な予感が当たった。冬也は、想定した現実を目の当たりにして落胆し、少し目を細め深い溜息をついた。


 誰かを犠牲にして得られる対価に、どれ程の価値がある。

 資本主義と言う名の競争社会の中で、富を得る者と得られない者が存在する事は確かである。しかし、それなりの努力を重ねて来たから、社会の競争に打ち勝った者も多いはずだろう。

 人間は生まれながらにして平等、それは認識が誤っている箇所がある。平等なのはその者の肉体や精神であり、金銭面では誕生した瞬間、格差が生じるのだから。

 また競うのと蹴落とすのでは、結果が同じでも過程が異なる。競う事で成長するのであって、蹴落とす事で人間は成長はしない。

 

 わかっていても、溜息が出る。これが日本経済を担う一因だとすれば、尚更だろう。

 

「誰だてめぇ!」


 奥にいた男の一人が気が付いた時には、既に冬也は扉の近くには居ない。十メートル以上を一気に駆け抜け、冬也は男達に近寄る。そして、女性を囲んでいた男達に、掌底を加え一斉に昏倒させた。そして、女性に声をかけようとした瞬間、パンっと乾いた音が聞こえた。冬也が振り向くと、スーツを着た男が拳銃を向けていた。


「東郷! てめぇ、なんでこんな場所にいる!」


 それは冬也も見た事がある人物だった。かつて冬也が、この組織と抗争した時に若頭と呼ばれ、多くの構成員を率いていた男であった。

 

「あんた、少し老けたんじゃねぇか? 格下げにでもなったのか?」

「てめぇのせいだろうが! いくら手打ちになったからって、てめぇを恨んでる奴は山ほど居るんだ! ただで帰れると、思うんじゃねぇぞ!」

「それなら、心配いらねぇよ。本部は潰して来たからな。今頃は、警察が入ってる」

「てめぇ!」


 スーツの男は声を荒げると、迷う事なく引き金を引く。冬也の居る方角へ、真っ直ぐに銃弾が飛ぶ。今、冬也は女性が座る椅子の近くに立っており、銃弾を避ける訳にはいかない。

 冬也は咄嗟に女性を庇う様に立ち、掌底を振い銃弾を逸らす。銃弾は冬也と女性を避け、打ちっ放しのコンクリートに痛々しい痕跡を作る。 


 それを見たスーツの男は、一瞬にして青ざめた。さもありなん、人間の出来る技とは到底思えない。しかもスーツの男は、入り口近くに居た冬也が、瞬間移動でもしたかの様に移動したのを見ていたのだから。


「何もんだ、てめぇは! あん時といい、今といい。バケモンか!」

「化け物は、ひでぇだろ。人間だよ、一応はな」

「ガキが、調子こいてんじゃねぇぞ!」

「うるせぇよ! 人を道具にして遊んでる、あんた等よりはましだろ!」


 スーツの男が精一杯の気勢を上げているのは、手に取る様にわかる。拳銃を頼る事も出来ない状況に、足は震え腰が引けているのだから。

 因縁のあるこの男に恐怖を刻もうが、一思いに倒そうが、冬也にとってはどっちでも構わなかった。自分が逃げられない事がわからない程、この男は馬鹿ではあるまい。仮にも、若頭と呼ばれる程の地位にあった男なのだ。


 冬也が昏倒させた男達は、現代医学を持ってしても、目を覚ます可能性は低いだろう。仮に目を覚ます事が有っても、半身不随は待逃れまい。スマホのGPSで居場所を探り、警察が到着するのもそう遅くはない。

 そして、真に追い詰められた時、人間の本性が現れる。

  

「なぁ東郷。前回はこっちが見逃してやったんだ。貸しがあんだろ? なぁ、今回はお前が見逃してくれねぇか?」


 スーツの男が吐いた言葉は、冬也を唖然とさせた。冬也はかつての抗争をよく覚えている。正に命がけだったのだ。自分の武術が未熟であった自覚はある。幹部衆の事は記憶に無くても、自分を苦しめたこの男の事を忘れるはずがない。

 かつての彼なら、この期に及んで見逃せなどと言うはずがない。仇敵とも言える自分に対して頭を下げる姿に、怒りというよりも喪失感に近い感情が、冬也の中に広がっていった。


「なぁ、あんた。何を言ってるか、わかってんのか?」

「わかってる。だから、頭を下げてんだろ」

「ふざけんなよ! 極道には義理がねぇのかよ! 俺はあんたらの頭を、潰したって言ってんだぞ!」

「それでも頼む。俺だってタマぁ惜しい。これが失敗したら、落とし前どころじゃすまねぇんだ」

「だったら、この人が助けてくれって言った時、助けたのかよ! ふざけんじゃねぇぞ! 人をここまでボロボロにしておいて、何が見逃せだ!」 


 冬也は女性を指さしながら、怒声を上げた。頭を下げれば何でも許されると思うな、涙ながらに訴えれば悪事を見逃されると思うな。自分のしでかした事には、責任を取れ。それは、極道だろうが一般人だろうが、何も変わりはない。


「別にあんたを裁くのは、俺じゃねぇ。この国の法律だ。あんたは、それに従って罪を償え。それが、唯一あんたを救う方法だ」


 冬也は吐き捨てる様に言い放つと、スーツの男との距離を詰め、掌底を放ち意識を奪った。そして、ゆっくりと女性の所に向かう。

 解放されたにも関わらず、喜びも見せず呆然としている女性の下へ。

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