第327話 オールクリエイト ~届かない願い~

 一人の男が繁華街を歩いている。男の見た目は三十代を超えており、三つ揃えのスーツを着た姿は、普通のサラリーマンと然程の遜色は無いだろう。しかし、やや細身の体と鋭い眼光は、繁華街にありがちなのだろうか。男は時折、周囲を見渡したり、振り返りながら歩いている。


 何か警戒でもしているのか、男は入念に周囲を見渡した後、雑居ビルに入っていく。そして階段を降りた先には、店舗が一軒だけ存在していた。

 深夜にも拘わらず、看板に灯りが灯っていないのは、休日なのだろうか。男は懐から鍵を取り出し、手慣れた感じで店舗に入っていく。店内は居酒屋というよりもバーに近いだろう。しかしバーと言うには寂しく、カウンターの奥に並ぶ酒は、明らかに少ない。当然ながら客の姿は無い。男はそのままカウンターの奥へと進んでいった。

 カウンターの奥には、従業員用の部屋と倉庫が有り、男は迷う事無く倉庫へと足を踏み入れる。やや広い倉庫の中では、従業員とは思えない派手な服装の男達が、襤褸切れを纏った様な一人の女性と共に、何やら作業をしていた。

 派手な服装の男達は、スーツの男を見るや否や、立ち上がり深々と頭を下げる。そして、スーツの男はその内の一人に話しかけた。


「あと三時間で撤収だ。準備はどうなってる?」

「兄貴、お疲れ様です。取り合えず順調です」


 簡単な会話を終わらせると、スーツの男はパイプ椅子に腰かける。そして足を組みながら、倉庫内の様子を眺めた。倉庫内には酒が置いている訳でもなく、段ボールが山積みになっている。スーツの男は、段ボールの数を数えると、近くにあるパイプ椅子を蹴り飛ばし声を荒げた。


「てめぇら、どこが順調なんだ、あぁ? 親父が指示した数の、半分もいってねぇだろ! 全然足りねぇんだよ、わかってんのか? てめぇらの代わりなんて、幾らでも居るんだぞ!」


 サラリーマン然とした姿とは裏腹な、恫喝する様な口調に、倉庫内の男達は怯えた様な返事をする。そして男の一人が、女に向かうと横っ腹を蹴り上げた。

 女は椅子から転げ落ち、腹部を押さえる。女は蹴られた際に、口から吐瀉物をまき散らし、更に男達の怒りを買う。何度も暴行を加えられ、泣きながら女は懇願する。


「や、やめ、やめて。何でもします、お願いします」

「最初っから、そう言えば良いんだよ! 手ぇ抜くんじゃねぇ!」

「わかりました。だから、蹴るのはやめて」


 女は何度も暴行を加えられたのだろう。顔は腫れ上がり、服で隠れていない場所にも複数の痣が見えた。何日も入浴していないのだろう、髪はぼさぼさで服にも酷く汚れが目立つ。顔はまるで骸骨の様に頬がこけている。目の下には酷い隈があり、ギョロっと目玉が飛び出ている様にも見えた。

 細くなった腕や体から、かなりやつれている事は見て取れる。ただ、満足な食事を摂っていないだけだと思えないのは、女の様子だろう。

 虚ろな目をし、時折呻き声を上げる。また、手足が小刻みに震える様子は、病的な兆しを感じさせた。


「おい!」


 スーツの男が顎でしゃくる様にすると、男の一人が注射針を持ち出し女の腕に差す。そして髪を掴んで女を引きずり、作業台に座らせた。

 女の様子が少し落ち着いたのを見計らい、そのまま女の横に座ると、ポリエチレンの袋を女の前に広げる。女は反射的に、袋に両手を翳す。するとまるで魔法の様に、女の両手から白い粉が現れ、サラサラと袋の中に落ちていった。

 白い粉が袋いっぱいになると、男は女の肩を叩き、白い粉を出すのを止めさせる。その袋は別の男の手に渡り、中身の確認が行われる。そして入念に封をし、段ボールの中に運ばれた。

 流れる様に手際よく、作業が進められる。作業の後ろでは、拳銃を腰に差した男が腕を組みながら、監視を続けていた。


 スーツの男は女の様子を一瞥する事もなく、パイプ椅子に腰かけたままスマートフォンを操作している。やがて、何処かに連絡をするのだろうか、スマートフォンを耳に当て話し始めた。


「あぁ俺だ。わりぃが半分だ。あぁ? 仕方ねぇだろ、こっちにも都合があんだよ! ごたごた言ってねぇで取りに来い! わかってると思うが、つけられんなよ!」


 スーツの男は、何か所かに同様の連絡を取った後、派手な服装の男の内、一人を手元に呼ぶ。


「引き渡しは三件だ。一時間もかからねぇだろ。ぜんぶ捌けたら、ここを片付けろ。移動は二台、いつものバンとベンツを使え。行先はダッシュボードの中だ。二台とも、必ず別のルートを使え! 下手打つんじゃねぇぞ! てめぇらのエンコ飛ばしても、何の役にも立たねぇんだからな!」

「わかってます兄貴」


 スーツの男は喚き散らした後、再びスマートフォンを手に取り電話をかける。あらかた連絡を終えた後、スーツの男は胸のポケットから長財布を取り出す。そして財布の中から数万を抜き、近くの机に置いた。


「移動中の飯代だ、酒は控えろ。それと、その女は大事な商品だ。犯してる暇があるなら作業に集中させろ。次の現場に着いたら、連絡を寄こせ。移動はいつも通り、郷英会の若い衆が護衛に着く」


 それだけ伝えると、スーツの男は倉庫を出る。そしてツカツカと店舗を歩き、ドアから出ると鍵をかける。そして再び、繁華街へと消えていった。


 スーツの男が消えると、残された男達と女は作業を続ける。しかし、作業は順調にとはいかない。男達は時折、女に苛立ちをぶつける様に罵った。自分が生成した白い粉に触れようとした女を、隣に座る男が激しく殴り飛ばす事が何度かあった。


「てめぇ、この量でいくらすると思ってんだ! てめぇの命よりもたけぇんだぞ!」

「で、でも。こ、これは私が、つ、作った」

「うるせぇ! てめぇの価値が、どれ程のもんだと思ってんだコラ! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 殴られ、罵声を浴びせられるだけではない。女は幾度となく、拳銃を頭に突き付けられ恫喝される。また、女が呻き声を発し錯乱を始めると、直ぐに注射を打たれる。

 現状の女にとっては、鎮静剤に近い効果を持つのだろうか。ただ、決して正常な医療行為ではない。寧ろ禁断症状を繰り返し、酷い薬物依存状態にもなる、危険な行為である。

 そして、強制的に異能力を使わされる。それ自体が、女の望んだ事ではなかったとしても。


 男達は暴力と薬物で、女を縛り上げた。既に薬物依存状態に陥っている女は、男達に従う他に選択肢は無かった。男達に言われるがまま、必死に麻薬を生成し続ける事が、女に生き延びる為に残された、唯一の手段になっていた。

 

 作業を続ける間、何度か机に置いてあるスマートフォンが鳴る。それが合図なのか、男の一人が倉庫から出ていき、数名の運送業者らしき恰好の男を連れて戻って来る。運送業者然とした男達は、山積みになった段ボールを、手際よく台車に乗せて運んでいく。

 それが三度続き、全ての段ボールが無くなった後、男達は即座に倉庫を片付けた。

 

 倉庫内を片付けると、男達は女の髪を引っ張り、無理やりに立ち上がらせる。そして強引に腕を取り、引きずる様に歩かせた。満足な食事を与えられていない女は、まともに歩く事さえ困難な状態になっていた。それにも関わらず、男達は罵声を浴びせながら、女を引きずった。

  

 とても人間としての扱いは成されず、もはや男達は女の事を、麻薬生成機としてしか考えていまい。身も心もボロボロにされた女は、男達に引きずられて何を思うのだろう。朦朧とした意識の中で、何を願うのだろう。食事が欲しい、薬が欲しい。それとも他に、何かを願うのだろうか。


「どうか助けて。誰でもいいから助けて。お願い、お願いどうか助けて」

 

 女の願いは、誰にも届く事なく夜空に消えていく。車に押し込まれて、次は別の場所で労働を強制される。

 頭の中で描いた物を何でも作り出せる、便利な能力が発現したばかりに。女の悲劇は続いていく。

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