第315話 インビジブルサイト その8

 ペスカの言葉に頷くと、遼太郎は安西に声を掛けた。


「安西、後は任せる。片が付いたら皆を集めて撤収だ」

「ちょっと待って下さい、先輩。どんな状況なんですこれ?」

「詳しくは後で話してやる。亀裂はあいつらに任せておけ、何せスペシャリストだ」


 混乱した状況下でも、必ず遼太郎は来るだろうと、安西は予測をしていた。しかし突然現れたのは、初めて会う得体の知れない外国人。その外国人に対して空は、決して大仰とは言えない、警戒心を抱いている様に見える。それは、危機的状況に追い打ちをかける事と、なんら変わりはない。

 安西自身、状況が好転したと思えたのは、遼太郎の姿を見てからだろう。しかも特霊局で長らく遼太郎とコンビを組んでいた安西は、家庭の事情を多少なりとも聞いている。

 遼太郎をして、彼らをスペシャリストと言わしめたのだから、これ以上事態が悪化する事は無いだろう。ならば、自分が成すべき事は何か。安西は、素早く頭を切り替えた。

 

「で、先輩。先輩は翔一の所ですか?」

「あぁ、俺は翔一を援護する。佐藤は所轄の奴らを! 指揮は任せる!」

「わかってます東郷さん。それより、あれどうするんです?」


 佐藤は遼太郎の指示を当然とばかりに返すと、道路脇に寝かされている少年を指さした。

 有り得ない超常現象が、繁華街の路地で起きている。それに対応していたのは、特霊局の面々。この状況で意識を失い寝かされているのはとすれば、自分達が追っていたホシに間違いない。ならば確保は、優先事項であろう。


「あぁ。こいつか? 例のインビジブルサイトは?」

「間違いありません先輩。ショックで気を失ってるだけですから、直ぐに目を覚ますと思います」

「なら、仕方ねぇな」


 遼太郎は、少年に近づくと頭に手を添える。


「眠れ、眠れ。苦痛を忘れ、夢の世界へ」


 遼太郎の手が光り出すと、光は少年の頭を少しの間包み込み消えていく。


「これで、半日は起きないはずだ。佐藤、念の為にワッパかけとけ。ホシの護送には安西が付き合え。それとパトカーの一台は五分経ったら、俺の所に回せ!」


 佐藤は遼太郎の行動には反応を見せず、指示通り少年に手錠をかけて拘束する。そして安西と共に、パトカーの後部座席へと運ぶ。渋谷署の警察官達は、パトカーの一台に乗り込み待機する班と、少年を乗せた車両を監視する班の二班に分かれた。

 少年の確保が完了すると、佐藤は所轄の警察官を指揮する為に走り出す。同時に遼太郎も、翔一を追って走り出した。

 遼太郎達が動き出すと、ペスカは周りを見渡し説明を始めた。


「先ずはこの結界を放棄して、新しく結界を張り直す。クラウス、力を貸してあげるから頑張ってね」


 クラウスは結界を維持しながら、ペスカの言葉に頷く。集中を切らす訳にいかないクラウスの、精一杯の反応であった。


「結界は二重にする。一つは亀裂を封じる結界。これは、亀裂の広がりを抑える為に行う。もう一つは、建物に被害が及ばない様にする為の結界。路地全体に広域結界を張るけど、内部に圧力がかからない様にするから、中は暴風が吹き荒れる状態になると思ってね」


 冬也を始め、空とアルキエルがペスカの言葉に集中している。ペスカは、仲間達を見渡すと説明を続ける。


「結界内に突入して、消滅させるのは空ちゃんに任せるよ。その代わり、お兄ちゃんが盾になるからね。アルキエルは、空ちゃんに神気を渡して、能力を強化させてね」

「あ~、ちょっと待てペスカ。小娘と俺じゃ親和性が低いみてぇだ。冬也と交換だ。俺が露払いをしてやるよ」

「まぁ良いけど。空ちゃんは、それでいい?」

「ペスカちゃん・・・。大丈夫、ありがとう。確かに今の私じゃ、あの亀裂を消滅しきれないもんね」


 ペスカは、空を心配そうに見つめる。空はペスカに笑顔を返す。空の強さに安堵する一方で、ペスカは冬也への怒りが強まった。


「ペスカ。空ちゃんに神気を渡したら、俺もガードで中に入る。それで良いな?」

「まぁ、良いけど。お兄ちゃん。私、怒ってるんだよ。意味はわかるよね!」

「後で全部聞く。お前は結界を張り直せ!」


 ペスカはむくれながら、結界の辺りに歩いて行く。そして、冬也は空に視線を向けた。


「悪いな、空ちゃん」


 そう言うと、冬也は空の肩に手を伸ばす。そして、ゆっくりと神気を流していった。この世界では制限された、ほんの僅かな力。だが、それでもマナの薄い世界では、とても貴重な力である。

 冬也の神気が空の体に流れ込んでいく。いつだって守ってくれた力強さと、温かく包み込む様な冬也の優しさを感じる。


「ずるいよ、嫌いになんてなれる訳ないもん」


 それは、直ぐ傍にいる冬也にさえも届かない程に、小さく呟かれた空の言葉。そんな空の想いを知ってから知らずか、冬也は口を開く。


「今の内、神気に馴染んでおけよ。俺は君に防御結界を張らない。君の能力の邪魔になるから。君の体は、君自身が守るんだ」


 静かに語られる言葉には、相変わらずの優しさが籠る。しかし、端々に使われた君という単語に、空は距離を感じた。矢庭に空の表情は曇る。それでも空は集中した。この場に静寂を齎すのは、自分なのだと言い聞かせて。


 ペスカはクラウスの横に立つと、直ぐに結界を調整へ取り掛かる。そして、クラウスにこれから張る結界の術式を細かく説明した。そして、クラウスに自分の神気を注ぎ込む。

 ペスカの神気を受け取ったクラウスには、直前と違い多少の余裕ができる。クラウスは直ぐに亀裂を封じる、新たな結界を張る。そして、元々張っていた結界を、空気が通る様に術式を変更した。


 これにより広域の結界内には、空気が循環し圧縮が止まる。亀裂の拡張と周囲の建物の損壊は防がれる。なにより内部圧力上昇による、爆発の危険性を避けられた事は大きい。ただし、亀裂が周囲を吸い込む勢いは収まっておらず、広域結界の内部では竜巻の様な暴風が吹き荒れていた。

 

 この作戦自体、ペスカにしては、回りくどい方法である。だが、神の他世界への影響に関する取り決めが有る以上、直接的な干渉は控えざるを得なかった。

 どこまでが干渉にあたるのか判然としていない、手探りの状態である。だからこそ生物の枠を超えない、地球の人間である空と、ロイスマリアの亜人であるクラウス。この二人を主体とした作戦を取った。


 準備が整うと、冬也とアルキエルを従える様にし、空が結界に近づいていく。空とクラウスは視線を交わし、結界内に突入するタイミングを計る。そして、一呼吸の間に、空達は結界内へと突入した。


 息する事もままならない、暴風の吹き荒れる結界内。だが、言葉足らずのアドバイスだろう冬也の意図を、空はちゃんと理解をしていた。空は宇宙服をイメージして、自身の体にバリアーの様な薄い膜を張る。

 冬也は吹き荒れる暴風を遮る様に、空の前を歩く。アルキエルは、暴風をものともせずに奔り回り、飛び交う瓦礫を破壊していく。


 冬也の背中に隠れる様にし、空はゆっくりと亀裂へ近づいていく。亀裂の正面まで近づいた時、冬也は空の背後に回り胴をしっかりと抱きしめる。そして、空は亀裂へと手を伸ばした。


 冬也の神気を受け取り威力を増した空の能力は、亀裂を封じた一つ目の結界を破壊する。そのまま空の手は亀裂に触れる。やがて亀裂は静かに消えて行き、結界内に吹き荒れた暴風は収まって行った。

 亀裂が完全に消滅したのを見届けると、クラウスは二つ目の結界を解いた。

 

 周囲から安堵の声が漏れる。特に、ペスカの作戦を見届けるしかなかった安西は、全身から力が抜けたのだろう。少しふらつく様子が見て取れた。

 一つの街を壊滅しかねない、甚大な災害を防ぐ事は出来た。しかし、事件はこれで解決した訳ではない。この事件に関与したと思われる、第三者を探すための奔走は、既に始まっていた。

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