第299話 ロイスマリア武闘会 ~力と技~

「今回は、お前の流儀に合わせてやるニャ! 私がここから一歩でも後ろに下がったら、お前の勝ちにしてやるニャ!」


 エレナはそう言い放つと、右手で自分の踵辺りを指さした。不敵な笑みを浮かべるエレナ。そのエレナに対し、負けじとケーリアは言い返す。


「それでは、不足だろう?」


 ケーリアは大剣を抜くと、試合会場の中心から半径三メートル辺りに丸く線を描く。


「互いにここから、出たら負けとしよう!」


 ☆ ☆ ☆


 クロノスの治療で傷が塞がったベヒモスが試合会場を後にする。ドワーフ達による試合会場の点検、神々による結界の調整が行われ、試合の準備が整う。ケーリアとエレナを呼ぶアナウンスが流れ、観客席は盛り上がりを見せる。

 中でも一際大きい声援は、エレナに送られたものだろう。一回戦と同様に、エレナを応援する横断幕が設置され、ファンがこぞって詰めかけていた。


 二人が中央に進むと、更に歓声が大きくなる。期待の現われなのだろう、これまで白熱した試合が続き、更には一試合目と同様にアルキエルの弟子が対決するのだから。


 その二人が向かい合うと直ぐに、これまでの熱い戦いに触発されたのか、独自の勝敗条件を付け始めた。

 恐らくエレナは、短期決戦を望んだのであろう。

 大剣を相手にした場合、如何に懐へ飛び込むかが勝利の鍵となる。ズマとは異なり、遠距離の攻撃手段をエレナは持たない。技と速度は相手に勝るが、腕力と持久力については劣る。長い得物を持つ相手に対して、相手を動きで翻弄し懐に入る事は、非常に困難を極め体力を削る戦いとなる。

 そしてケーリアは、エレナの狙いを理解した上で、自分の間合いを基準にして勝負する事を指定した。


 そもそも大剣は、実用的な武器ではない。重量が有り扱い辛く取り回しも利かない上に、容易く間合いに入られ攻撃を食らい易い。大剣の利点は相手より遠間から、強烈な一撃を叩き込める所にある。既に間合いに入られた近間で戦うのは、その利点を消す行為になりかねない。

 言い換えれば、ケーリアの指定した範囲内で、大剣を避けきればエレナの勝ちは、ほぼ確定的だろう。ただしそれは、ケーリアが並の大剣使いであればだ。ケーリアとて、伊達にモーリスやサムウェルと並び三将と呼ばれてはいない。


 ケーリアがつけた条件に、エレナは納得した表情を浮かべて冬也を見やる。そして、冬也は眉をひそめて言い放つ。


「勝手にしろ。但し、勝ち負けは自己申告だ。俺はルールに則ってしか判定しねぇぞ! にしたって、この馬鹿猫に付き合う必要はないんだぜ、ケーリアさん」

「馬鹿は余計ニャ! 馬鹿って言うお前が馬鹿ニャ冬也!」

「うっせぇ! グダグダ言ってねぇで、試合に集中しろ馬鹿猫!」

「まあまあ、冬也殿。この展開は願ってもない展開だ、俺にとってもな」

「なら良いけどよ。まぁ俺としては、あんたがここで負けてくれた方が楽だぜ」

「その心は?」

「ケーリアさん、それを言わせる気かよ! あんたが一番やりづれぇって言ってんだ!」


 一瞬フッと笑顔を見せると、真剣な表情に戻り剣を構えるケーリア。両手で大剣を握り、剣先をやや右上にし左足を引き体を開く。平正眼に似た構えがケーリアの独特の構え。そしてゆっくりと息を吐き、マナを体内に満たす。

 対するエレナも、それ以上冬也には反論せずに、右手を突き出すように構えると、全身の力を抜き体内にマナを循環させる。

 互いの体に満ちるのは、モーリス達と同様の濃密なマナ。それだけでも、相当の実力者なのが伺い知れるだろう。


 試合開始の合図が告げられ、両者が動く。大振りが命取りになるケーリアは、剣先を肩口まで軽く振り上げ大剣を振るう。エレナはケーリアの先手を読んでいたのか、しゃがむ様にして大剣を躱すと、ケーリアの右側に回り込んで正拳突きを放った。


 攻撃を避けられたケーリアは、振るった大剣を力で押し止め、強引に体を右回りに回転させる。そして、広い刀身を右手で押さえて、エレナの正拳突きをガードする。

 通常であれば不利となる近間であっても勝負が出来るのは、ケーリアが大剣の広い刀身を盾にも使うからである。攻防一体の動きは、単なる防御には収まらない。

 ケーリアはエレナの拳を受け止めたまま、大剣と共に体を勢いよく反転させる。力の反動はエレナに返り、やや後方へ飛ばされる。少し間が開いた瞬間に、ケーリアは大剣を初めて大きく振りかぶり、エレナの頭上に降り下ろした。


 凄まじい勢いで、鉄の塊がエレナの頭上に落ちてくる。エレナは冷静に態勢を立て直しながら、素早く体を沈めて間合いを詰めた。力では勝負にならない。エレナの判断は正解である。

 ただ、その後に放ったエレナの拳は、強引に軌道を変えた大剣の束で叩き落される。

 懐に入り込まれる事を察したケーリアは、振り下ろす途中で右手を束から離し刀身に添える。左手で大剣を体に素早く引き寄せ、エレナの攻撃をガードした。

 直後にケーリアは、束を支点にして右手で刀身を押す。叩きつける様に大剣がエレナに迫る。エレナは、辛うじて避けケーリアの背後に周った。


 激しい戦いに、観客達は息を呑んで見つめる。自身の体を軸に回転し、防御と攻撃を瞬時に切り替えるケーリア。一回戦で見せた腕力にものを言わせた戦い方とは真逆の、巧みな戦術に観客達は感嘆の声を漏らす。

 試合開始前はエレナが有利に思えた独自の勝敗条件は、試合が始まるとケーリアが有利にも思えた。そして、この時点でエレナは大きなハンデを負った。右手を大剣の束で強打されて痺れ、全く力が入らなくなっている。利き手を封じられ、攻撃手段の一つをエレナは失っていた。

 

 ペスカと冬也に出会う前のエレナであれば、間違いなくこの時点で負けを認めていた。だが今ここに立つエレナは違う。ドラグスメリアの動乱を乗り越え、アンドロケイン大陸で亜人達を先導し戦った英雄なのだから。


 エレナの強さは、キャットピープル特有の柔軟な身体と瞬発力だろうか。それとも、比類ないスピードであろうか。確かに、それはエレナの強さの一端である。エレナを支える真の力は、何万何億と反復した型にこそある。


 多くの武術に型が有る。型が多くの武術で基本の動きとされる理由は、余計なものをそぎ落とし一番必要な要素だけを残しているからだろう。とは言え、型を漠然と模倣しても決して強くはなれない。足さばき、腕の振る速度、筋肉の使い方等、ありとあらゆる所に神経を集中させて鍛錬をしなければ、身に着く事は無い。

 そして型を極めれば奥義にもなり得る。仮にどんな応用技を用いても、斬る、突く、蹴る等の基本動作の上に成り立つ、故に基本的な動作をこそが究極の奥義となる。


 エレナは全身を武器にし、殴る、蹴る、躱す。動く事を止めなければ、勝機は必ず訪れる。それが、死を隣にした戦場で学んだ事である。

 右手が痺れて動かなくても、左が有る、足が有る。ケーリアの背後に周り込んだエレナは、両足を踏みしめて左拳にマナを集中させて突き出す。対するケーリアは、自身の全面に大剣を掲げ、体を回転させる。エレナの左拳とケーリアの大剣がぶつかり合い、マナが火花の様に激しく飛び散る。


 体格が違う、だが利き腕と逆の手で放たれたエレナの正拳は、ケーリアの防御を凌駕した。一回戦でヒュドラを一撃で倒した様に。

 究極の一撃が、ケーリアを後方に飛ばす。ケーリアは足を踏みしめるも、勢いを殺せずに、指定した範囲ギリギリで踏みとどまる。

 

 これまで隙らしい隙を見せなかったケーリアは、枠から出まいと意識を向け、この時初めて無防備になっていた。

 最大の好機にエレナは足を狙い、蹴りを繰り出す。膝関節に命中し、ケーリアは態勢を崩す。続けざまに束を目掛けて手刀を振り下ろす。尋常でない痛みがケーリアの両腕に走り、大剣を落とす。最後にエレナは、ケーリアの顎に左拳を突きつけた。

 

 エレナ勝利の宣言が告げられて、観客席は沸き立つ。大歓声が響く会場内で、エレナはケーリアに語った。


「あの条件が、命取りになったニャ。お前は自分の出した条件に縛られて負けたニャ」

「確かにな。言い訳のしようがない」

「頭脳戦ニャ! 戦略勝ちニャ! サムウェルも真っ青ニャ!」

「そういう事にしておこう。だが、次は負けない」

「フフン。次も私が勝つニャ!」


 勝利に気を良くして、観客席に手を振りながらエレナは控室に戻っていく。

 枠から出まいと意識をエレナから意識を逸らし、隙を作ったのは確かである。しかし、真に勝負を決定づけたのは、エレナの正拳がケーリアを弾き飛ばした時だろう。両足を踏みしめて放ったエレナの正拳に対し、ケーリアは回転しながらガードした為、足元が不安定であった。


「利き腕とは逆で、あそこまでの力が出せるとはな。まだまだ俺は、修行が足りないようだ」


 ケーリアは空を見上げて呟き、敗北を噛みしめた。しかしその瞳に宿る闘志は消える事無く、明日を見据えていた。

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