第264話 新たな世界

 神と地上の生物が、対等に世界を創る為の法律作りは、優に半年以上を費やした。

 皆が、平和に暮らす為にはどうすれば良いのか。何度も議論を戦わせ、着地点を模索していく。

 

 神の不在による地上の崩壊、そしてアルドメラクの誕生と、困難に次ぐ困難が圧し掛かったロイスマリア、その痛みを知る者達は、二度と災厄を起こさない為に必死であった。


 最初に決定したのは、スールやミューモ達エンシェンドラゴンを、各大陸の守護者にする事であった。

 守護者の任に冬也が干渉しない事で、エンシェントドラゴンは各大陸の守護者として承認を得た。

 ただし、あくまでも守護者として存在し、一部の種族に肩入れする事を厳禁する等、幾つかの制限を付けられた。

 

 その法律作りと並行し、魔獣達の中にも法律が作られる。そして、正式にドラグスメリア大陸に国が誕生し、世界中が周知する事となった。

 

 法律作りには、エルフの知恵が多いに役立つ事になる。その法律と共に各国に存在していた、既存の法律が見直される。

 法の下で、世界は一つになっていく。

 

 大きいのは、各大陸の代表者と神を選出した議会の設立であろう。議会は、法律に基づいて諸問題を改善していく機関となる。

 そして、今まで中立を保っていた死と生の女神セリュシオネを巻き込み、司法機関も設立した。

 更には、法律の執行機関としての行政機関も作られ、各機関共に神と地上の者達で選ばれた者が一定期間を務める事になる。

 

 法律が成立すると共に、神々の在り方も変化した。

 これまでは、神の世界に籠り地上を見渡す事が多かった神が、地上へ顕現する事が増えた。無論、大きく力を制限されるが、神にとって地上は新鮮な驚きに満ち溢れていた。


 自分達では適わない自由な発想は、神を大いに驚かせた。

 これまで地上の者達を矮小な者と、侮蔑した感情を持っていた事は否めない。

 地上の者達が懸命に生きる姿は、神にとって微笑ましく映る。また、守るべき存在を再確認する事にも繋がった。

 

 世界が新たに生まれ変ろうとする中、ペスカは新たに遊びの要素を提案した。

 数多く提案した中でも、一気に世界中で流行したのが、サッカーであった。ボール一つで出来るスポーツは、ロイスマリアでも盛んとなり、アルドメラク消滅から一年後には、世界大会が開かれる程になった。

 

 また、ペスカは物作り研究所なる機関を立ち上げる。

 それは、技術力の高いドワーフやサイクロプス、知恵に富んだエルフに人間を加えた、種族の垣根を超えた機関であった。

 更には神も、その機関へ参加する。機関が最初に作り上げたのは、各大陸の移動を迅速に行う、空を駆ける機械である。

 魔法工学と知恵が織りなす最先端技術は、世界中を驚かせた。


 そして、国交が盛んになっていく。交わる事で、文化は発展する。

 驚く程のスピードで世界は変わっていった。


 ☆ ☆ ☆

 

 アルドメラクの消滅からちょうど一年。世界は発展を遂げ、地上の生物達は平和を喜び、盛大な祭りを行う。

 そんな中、ペスカと冬也は荒廃した地、タールカールに居た。 

 

「やっぱり、何にもねぇな」

「予想以上に何にもないね」

「見渡す限りに荒野だな」

「見渡す限りに荒野だね」

「誰だよ、こんな場所に来たがったのは」

「私だけど、お兄ちゃんも納得したじゃない」

「だってよぅ。毎日飽きもせずに、挑んでくるアルキエルが悪いんだ」

「それで面倒臭くなったから、私の誘いに乗って、冒険するつもりだったと」

「そうだ! だけど、な~んにもねぇ!」


 冬也は、大きく両手を広げて、仰向けに倒れ込む。

 ペスカは、冬也の横にちょこんと座り、笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんと二人っきりなんて、久しぶりね」

「そうだな。あれこれと、忙しかったもんな。ペスカは、あっちこっちに飛び回ってたしな」

「ここ一年、ほとんど会ってなかったもん。お兄ちゃんに忘れられちゃったかと思ったよ」

「それは、俺のせいじゃねぇ。ペスカが忙し過ぎたんだ。色んなの企画すっから」


 確かにペスカは様々な場所で、活躍していた。

 法律の相談家となり、イベントの主催者となり、世界的規模の産業を育成していた。平和記念の祭りと共に行われるサッカー大会は、ペスカ発案の大イベントであった。

 各国から頻繁に呼ばれ、行政案件のアドバイザーにもなっていた。

 

「お兄ちゃんは、アルキエルと稽古してただけだもんね。ずるいよねアルキエル。お兄ちゃんと毎日一緒でさ」 

「あいつのおかげで、剣の腕は上達した。けどなぁ~」

「けど何?」

「あいつ、しつけぇんだよ。あいつが勝つまで稽古は終わらねぇんだ。何日も続くんだぜ、休憩は無しだぜ、それに飯も食わせてもらえねぇんだ。たまには俺も休みが欲しいんだよ。戦ってりゃあ大満足のあいつとは、違うんだよ」


 世界が平和となっても、ペスカは更に忙しい日々を送っていた。冬也は脳筋らしく、ひたすらに体を動かしていた。

 休みとばかりに、羽を伸ばしに来たタールカールで、冬也は愚痴を零す。とにかく冬也の傍に居たかったペスカは、満面の笑みを浮かべる。

 しかし、二人っきりの時間は、そう長くは続かない。


「ほぅ、疲れたなんて。良く言えたな、主様よぅ」

「げっ、アルキエル! 何でここに居んだよ!」

「馬鹿か冬也! 俺はお前の眷属なんだぜ! 場所がわからねぇでどうするよ!」

「だからって、今日はやんねぇぞ! 疲れたんだ俺は、一か月ぶっ通しで戦うなんて、もう嫌だ!」

「ちっ、使えねぇ主だな。なら仕方ねぇ、奴らに修行つけてやるか」

「ちゃんと手加減しろよ。普通の人間は潰れちまうんだ」

「ったりめぇだろ。それに奴らが簡単に潰れるかよ。モーリスの野郎なんて、嬉々として挑んで来やがるぜ。エレナの奴をもうちっと鍛えれば、体術だけならお前を超えるかもしれねぇ」

「そりゃすげえな。本当に戦いの神になっちまうかもしんねぇな。可哀想に」

「可哀想にって、お兄ちゃん。お兄ちゃんが引っ張り込んだんだよ! 責任取ってあげてよね!」

「ペスカぁ、わかってねぇな。奴らは戦ってる時が、最高に楽しいんだ!」

「モーリスは兎も角、エレナは違うと思うよ!」

「ペスカよぅ、細けぇ事を気にすんじゃねぇ。またな冬也。俺は奴らを鍛えてくるぜ」


 アルキエルは、とびっきりの笑顔を浮かべて消え去った。そしてペスカは、嫌々ながらアルキエルに付き合わされるエレナを偲び、心の中で少し祈りを捧げた。

 やっと騒がしいのが居なくなり、二人っきりになったと思った矢先。ペスカの至福を邪魔する者が、再び現れる。

 

 空から呑気な声が響く。

 そして豪風と共に、二体のドラゴンと巨人が降り立った。


「お前達まで来ちまったのかよ」

「そう仰られるな主」

「そうです冬也様。お出かけになられるなら、一声お掛け下さい」

「おでも一緒に昼寝するんだな」


 口々に放たれる言葉は、どれも冬也と共に居たい、そんな思いが籠められていた。

 それがわかるからこそ、ペスカは彼らに邪魔だと言い難い。

 

「お兄ちゃんが、ポンポン子供を作るからいけないんだ」


 周囲は一気に騒がしくなり、ペスカの呟いた言葉が、冬也の耳に届く事はなかった。

 しかしそう言いつつも、ペスカに不快感は無かった。

 

 ペスカは、周囲を見渡す。

 スールとミューモは、翼を休める様にし、ブルは大の字になって寝転がる。

 なんて、幸せな光景だろう。ペスカは、しみじみと感じていた。

 

「それにしても、タールカールは何も無い場所ですな。主、ここで何か始めるのですか?」

「始めねぇよスール。仮に何かするなら、ペスカだろ」

「おでが開拓しても良いんだな。広いから、お腹いっぱい食べられるんだな」

「どんだけ、食うんだよ。お前だけじゃ、食いきれねぇだろ!」

「世界がああも変わったんです。じきにタールカールも緑で溢れる場所になるはず。その時に、大地母神となられるのは、ペスカ様でしょうな」

「やだよ。大地母神なんて面倒な事、やんないよ。変な事を言わないでよね、ミューモ。フィアーナ様あたりが聞いてたら、本当にやらされそうだよ」

「ペスカ様が大地母神になられたら、三つの大陸から移住する数が増えるでしょう」

「だから、止めてってミューモ。フィアーナ様が聞き耳立ててるからさ。最近は暇らしいからね、あのロリ」


 噂をすれば影がさす。時にことわざは、現実となる。


「あら残念ね、ペスカちゃん。それよりロリってどういう事かしら?」

「うぎゃ~! フィアーナ様!」

「うぉう、お袋?」


 ペスカは叫び声を上げ、冬也は飛び起きた。二人の態度に、女神フィアーナは頬を膨らませた。


「化け物みたいに言わないで! 失礼ね!」

「人の背後に現れるのは、幽霊って相場が決まってるんだよ!」

「もう! それより、この大陸を再生する気はないのかしら? 今なら、あなたの好きに作っても良いのよ」

「それは、冒険溢れるアドベンチャー大陸から、ビルが立ち並ぶ近代都市まで、自由自在って事?」

「近代都市は止めて頂戴、ペスカちゃん。でも、アドベンチャー大陸ならオーケーよ!」

「う~ん、お兄ちゃんどうする?」


 ペスカは、冬也を見つめ答えを待つ。


「良いぜ、ペスカが大地母神ってのは別にして。暫く飽きなそうだしな」

「うわぁ、お兄ちゃんマジで言ってる?」

「どの道、再生しなきゃなんねぇだろ。早いか遅いかの問題じゃねぇか」


 冬也は、腕を組みながら雄々しく答える。


「う~ん、お兄ちゃんがやる気なら仕方ないけど。でも、大地母神にはならないよ」

「なんでよ、ペスカちゃん」

「フィアーナ様。私は、神様になりたかったんじゃないんだよ。お兄ちゃんと一緒に居たいんだもん。お兄ちゃんと一緒に居られないなら、神様なんて止めるよ」


 そして、ギュっと冬也にしがみつくペスカ。そんなペスカの頭を、冬也は優しい手つきで撫でる。

 そのやり取りを、周囲の者達は温かく見守った。

  

 異世界を訪れて、戦いの連続だった。その長い旅路で、多くの仲間に巡り合った。そして、大切な家族が増えた。

 皆がペスカと冬也に惹かれて、共に歩む事を望んだ。

 

 旅の最中で、命を落とした者も居た。しかし、いつかまた会えると信じている。


「さて、やるか! 今度は大陸の再生だ!」


 冬也の掛け声で、周囲から歓声が上がる。


「ねぇ。お兄ちゃんなら、どんな大陸にしたい?」

「全ての種族が、混ぜこぜになって暮らす大陸かな」

「それは、おでみたいにでっかい奴の隣で、ちっこい人間が暮らすって事なんだな?」

「そうだぜブル。現にお前がやってる事だ。夢じゃねぇだろ?」

「面白いですな、主。勿論、儂らの眷属もそこに加えて下さるんでしょうな」

「当たりめぇだろスール。みんなでワイワイやろうぜ!」

「そうすると、区画整理に苦労しそうですね」

「ミューモ。そこは、この天才ペスカちゃんにお任せだよ!」


 夢を語る者の瞳は輝いている。それは、種族を超えて変わる事はない。

 大陸の再生、そんな大いなる苦難に、ペスカ達は笑顔で立ち向かう。

 兄妹は、仲間と共にきっと乗り越える。進む先には、希望が溢れているから。

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