第250話 戦乱の終焉

 山と風に水の三柱の神に見送られ、ペスカと冬也はドラグスメリア大陸を後にする。

 目指すは、亜人の大陸アンドロケイン。今尚、戦乱が治まらずに混乱を続ける大陸である。


 アンドロケイン大陸を拠点にする神々の中には、反フィアーナ派に賛同した神も少なくない。

 既に反フィアーナ派は、戦の神アルキエルによって消滅させられ、女神ラアルフィーネを中心としたアンドロケイン大陸の神々は、大陸よりも著しく数を減らしていた。


 ただでさえ、アルキエルとの戦いにより神気を減らしている神々。中でも大幅に神の数を減らしたアンドロケイン大陸は、復興の見込みが限りなく薄かった。


 戦いによる悪因の蔓延。助けの手を阻む様に、狂気は感染していく。ドラグスメリアは、どの大陸よりも死に瀕していた。


 直ぐにでもスールやミューモの所に、駆けつけたい。しかしペスカと冬也は、女神ラアルフィーネの下に転移した。

 女神ラアルフィーネはわかっていたかの様に、動揺するする事なくペスカと冬也を迎え入れる。柔らかな笑顔で微笑む女神の姿に、ペスカと冬也はややため息をついた。


「あんたさ。危機感とかねぇのか?」

「あるわよ。だから頑張って、大地の再生してるじゃない」

「まぁ確かに、呑気にしか見えないよね。残念な感じだね、ラアルフィーネ様って」

「ひどっ! これでも頑張ってるのに!」


 豊かな胸を揺らし、冬也に近寄る女神ラアルフィーネ。後退りする冬也を守る様に、ペスカが女神との間に割って入る。

 女神ラアルフィーネとペスカの視線がぶつかる。それは冬也にはわからないだろう、静かな女の戦いであった。

 とは言え、いつまでも呑気にペスカ達を眺めている訳にはいかない。冬也は溜息をつきながらも、重い口を開いた。


「ついて来てくれ、ラアルフィーネさん」

「冬也君の言う所なら、何処にでも着いて行くわよ」

「茶化すんじゃねぇよ。真面目な話だ! それとあんまり近寄んな!」

「そうですよ! 少しは真面目にして下さい! この万年発情女神!」


 冬也とペスカは、やや声を荒げる。しかし、女神ラアルフィーネは笑みを崩す事は無かった。


「わかってるわよ。流石に私も身に染みてわかったしね。責任は取るわ」


 笑顔の中にも、決意が籠った瞳。それは窮地に立った世界、その一因を作った者としての、覚悟だったのかもしれない。

 ペスカと冬也は、女神ラアルフィーネを連れて再び転移する。スールの神気を辿り辿り着いた先には、恭しく頭を垂れるスールとミューモの姿があった。


「主、お早いお着きでしたな。再びお目に書かれた事、この上もない喜び」

「堅苦しい言い方すんじゃねぇよ、スール。心配かけたな」


 仰々しく述べるスールの言葉を、冬也は片手を上げて制する。スールは、冬也の言葉に笑みを浮かべた。


 そして冬也はミューモに近づくと、手招きをする様な仕草をした。

 冬也の仕草を見て、ミューモは直ぐさま腹ばいに近い姿勢となり、ゆっくりと大きな顎を冬也の眼前に近づける。

 そして冬也は、徐にミューモの鼻先を優しく撫で始めた。


「良くやったなミューモ、ありがとう」


 冬也の言葉は、ミューモの心を震わせた。

 冬也の強さは、ミューモには憧れだった。地上最強の生物エンシェントドラゴンでさえ歯が立たない相手に対し、果敢に挑み打倒していく。

 冬也を知れば知る程、ミューモは自分が矮小な存在に感じた。だからこそ、一歩でも近づきたかった。遥か高みに、手を届かせたかった。

 冬也の言葉は、ミューモにとって最大の賛辞であった。

 

 優しく自分を撫でる冬也の姿に、ミューモは目頭が熱くなるのを感じた。しかし今、涙を流す訳にはいかない。何故なら、まだ何も終わっていないから。

 この大陸には、悪意が蔓延している。これを取り払わないと、自分は役目を成し遂げたとは言えない。

 ミューモは歯を食いしばり、零れ落ちそうな涙をじっと堪える。その姿に、冬也は笑みを深めて優しく語り始めた。


「ミューモ。お前、強くなったな。でも、ちっとばかり強くなりすぎだ」


 語られた言葉の真意を理解出来ずに、ミューモは少し目を丸くする。

 そして、冬也は言葉を続ける。


「ミューモ、よく頑張った。これからは、俺がお前を守ってやる」


 ミューモを優しく包み込む様に、冬也の神気が広がっていく。そしてミューモの体が光始める。

 それは、神秘的とも言える光景だった。


 ミューモは言葉を失い、更に目を丸くする。辺りは温かい光に溢れている。眩くも優しい光は、ミューモの体に染みていく。

 光が全身に行き渡ると、これまでに無い強い力が漲るのをミューモは感じた。

 

「これから、お前は俺の家族だ。よろしくな、ミューモ」


 ミューモは、言葉を発する事が出来なかった。

 ドラグスメリア大陸で出会ってから、冬也を主と慕っていたミューモにとって、これ以上もない喜びだった。

 感激に浸るミューモ、その姿を嬉しそうに眺めるスール。感慨を打ち切るかの様に、冬也はミューモから手を放すと、やや険しい表情となり、二体のドラゴンに対し言い放つ。


「それで、お前らはこれからどうすんだ?」


 居住まいを正したミューモは、冬也に向かい真剣な面持ちで答える。


「戦場は、主に二つです。この戦いは、俺とスールで止めて見せます」


 強い意志の籠った言葉だった。そして、ミューモは言葉を続ける。


「南東部のケンタウロスとハーピー、南西部のキャットピープルとドッグピープルに魚人を加えた三つ巴の争い。我が眷属達を向かわせておりますが、思う様に事が上手く運んでおりません。既に亜人達は、狂気に飲まれており、力を示すだけでは止める事は叶わない状況。我が眷属達では荷が勝っております。眷属達には各地に果実を運ぶ事を優先させ、俺達が戦を止めます」


 既に打ち合わせていたのだろう。ミューモは言い終えるなり、スールと視線を交わす。

 

「わかった。止めて来いミューモ! この大陸はお前に任せる!」


 短くも力強く響く冬也の言葉。その言葉に大きく頷くと、ミューモは飛び立った。そしてミューモに続き、スールが飛び立つ。

 女神ラアルフィーネは、少し呆気に取られた表情で、冬也を見つめていた。

 

 二体のドラゴンが飛び立った後、一部始終を黙って見ていた女神ラアルフィーネが、静かに口を開いた。


「冬也君たら、また眷属を増やしちゃって。いったいどれだけ子供を増やす気?」

「下らねぇ事、言ってんじゃねぇよ、ラアルフィーネさん」

「わかってるわよ。あの力は、既にエンシェントドラゴンの域を超えている。もし利用される事が有れば、地上はとんでもない事になるわね。冬也君が保護してくれるなら、安心だわ」


 女神ラアルフィーネの言葉に、声を荒げる冬也。そして、女神ラアルフィーネはやや肩を竦めた。

 だが、冬也の言葉は終わらない。


「勘違いすんなよ、ラアルフィーネさん。あいつらは家族だ。家族ってのは、間違いを力づくで止める存在だ! 俺が間違えたら、あいつらが俺をぶっ飛ばしてくれるはずだ!」


 冬也の言葉に女神ラアルフィーネは、閉口するかの様に言葉を失っていた。家族の在り方、特に人間の家族とは、そんな関係なのであろうか?

 

「騙されちゃ駄目ですよ、ラアルフィーネ様。うちの家族が特別なんです。拳で語り合う家族なんて、うち位なもんですから」


 女神ラアルフィーネの懸念を慮る様に、ペスカがため息交じりに声を掛ける。

 ペスカの言葉で、雰囲気が少し柔らかなものになる。しかし、それも一時の事。

 

「それは兎も角。ラアルフィーネ様の役目は、あの人達を断罪する事だよ!」 


 ペスカが指を差した先には、意識を失い拘束された数万のエルフがいた。

 ペスカは余りにも軽々しく言い放ったが、断罪とはとても重い意味を持つ。直ぐに、女神ラアルフィーネからは、笑みが消える。

 そして、真剣な面持ちでエルフ達に向き合った。

 

 一方、スールとミューモの二体は、圧倒的であった。

 特に新たに神龍となったミューモの活躍は目覚ましく、神々しく輝くブレスを放ち周囲に満ちる悪意を吹き飛ばしていった。

 狂気に満ち戦いを止めない亜人達は、スールとミューモのブレスを浴び、次々と意識を失っていく。

 そして、ミューモは眷属達を指揮し、各王国に果実を配らせた。

 

 強大な力、偉大なるドラゴン。その存在感を否応なしに見せつけ、ミューモは各地を飛び回った。

 そして、各地で亜人達を問いかけ続けた。

 

 力で支配しても、いずれ綻びが生まれる。その綻びは、必ず邪悪なる意思により、崩壊の糸口へと変わるだろう。

 怒り、憎しみ、悲しみ、嫉妬、どれを取っても意思を持つ生物にとって、自然な感情である。肝心なのは、飲み込まれる事なく、理性を保つ事。そして友愛の精神こそが、世界を創り守るのだ。


「小さき存在よ! 奪う者は、いずれ奪われる事を知れ! 周りを見よ! 苦しんでいるのは、己だけか? 違うだろう! 亜人達よ高潔たれ! もし、隣人に手を差し伸べるなら、俺がお前達を守ろう! 亜人達よ寛厚たれ! 他者に差し伸べた手は、やがて己を救うだろう。決して命を軽んじるな! 亜人達よ敢然たれ! 絶望に飲まれるな、悪意に染まるな! それは、己を滅ぼし、世界を滅ぼす! 亜人達よ立ち上がれ! もし抗うなら、挑み続けるなら、俺が全てを守ろう! お前達が手を取り合うなら、必ず死に瀕した世界を救える! 己を信じろ! 友を信じろ! 同胞を信じろ! 例え種族が違えども、必ず手を取り合える! 亜人達よ! この壊れた世界を今こそ救え!」


 ミューモの言葉は、救いを求める亜人達を叱咤した。絶望した亜人達に、喝を入れた。

 薄れゆく狂気、和らいでいく悪意。戦いの歴史は、長い時を経て調和に向かう。

 亜人達は、平和の一歩を踏み出し始めた。

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