第248話 大地の復興へ その2

 冬也とペスカが執務室を後にした頃、東からブルがその巨体を揺らし走っていた。

 顔には喜色を浮かべ、ひたすらに西へ向かって駆けていた。


 冬也の復活を一早く察知したのは、眷属のスールとブルである。神気で冬也と繋がる彼らは、歓喜した。

 しかし、直ぐに冬也の気配は消えてしまう。それは、ラフィスフィア大陸の東部三国を巡り、希望の果実を配っている最中であった。


「なぁスール。冬也の気配なんだな。でも直ぐに消えたのは、何故なんだな?」

「あぁ、儂にも感じた。恐らく主は、神の世界に赴かれたのだろう」

「神様達は消えたんだな。そこには、あの怖い奴も居るんだな。危ないんだな」

「主なら心配有るまい。感じただろうブル。主の神気は、以前より格段に跳ね上がっている」

「それでも、心配なんだな。冬也は頑張り過ぎなんだな」

「確かにな。だからこそ、我らが主のお力になるのだ。わかっているな、ブルよ」

「わかってるんだな。お腹空いたけど、我慢してるんだな」


 やや疲れた表情を浮かべながらも、ブルは鼻息を荒くする。そんなブルを見て、スールは少し笑みを浮かべた。


 短い付き合いでは有るが、スールはブルが怒りを露わにする所を、見た事が無かった。

 戦えばスールでさえ手を焼く力を持っていながら、好んで戦う事をしない。呑気な大食らい、それがブルの評価であった。

 スールの背に乗っている際は、ぼーっと空を眺め、時折スールの背から落ちそうになっていた。涎をたらしそうな勢いで、じっと希望の果実を凝視し、とても名残惜しそうに人間達に配っていた。 

 

 ドラグスメリア大陸に居た頃は、然程気にしなかった。人間の大陸に来ると良くわかる、世界に悪意が満ちている事を。

 ピリピリする位に感じる脅威の予感は、スールに多大な緊張を与える。だからこそ、呆れるほど呑気なブルの存在は、スールにとって安らぎになっていた。


 ややあって、予定の国を周り終わった頃、スールに冬也から連絡が入る。そして、冬也からの伝言を伝えると、ブルは少し不満そうな表情を浮かべた。


「なんで、スールにだけなんだな。ずるいんだな」

「そう言うなブル。その代わりに、主と直接お会い出来るかもしれんぞ」

「冬也に会いたいんだな」

「それなら待つと良い。いずれ主はこの地にいらっしゃる。儂はミューモを助けに行ってくる」

「気をつけるんだな。嫌な予感がするんだな」

「わかっている。お主も励めよブル」

「大丈夫なんだな。お腹減ったけど、もう少し我慢するんだな」


 変わらないブルの態度に、スールは笑みを浮かべて飛び立つ。そして、再びブルが冬也の気配を感じたのは、それほど時間が掛からなかった。


 ブルは直ぐに走りだした。

 自然と足が動いていたと言った方が、正しいかもしれない。

 

 冬也との繋がりが感じられなくなったあの日以降、常に感じ続けていた寂寥感。無残に転がった冬也とペスカの体は、忘れたくても脳裏に焼き付いて離れない。

 再び冬也と神気で繋がった時には、心の底から安堵した。

 

 スールと比べ、ブルは自分に出来る事が多くないと、自覚していた。

 戦う事は好きではない。かと言って、スールの様に飛ぶ事は出来ない。知識も知恵も無い。

 だから、せめて笑顔は絶やさないと決めた。


 だが、ブルは自覚をしていない。

 その笑顔が、仲間達の心を癒し続けていた事を。ズマを始め魔獣達は、ブルの笑顔に支えられてきた。ブルの笑顔は名脇役の様に、密かな輝きを見せていた。


 走るブルの鼓動は、どんどん高まり続けた。

 冬也に会える事を心待ちにしていたブルにとっては、自然な状態かもしれない。シュロスタイン王国からグラスキルス王国を抜け、中央の旧小国内に入ろうとした時であった。

 冬也の気配が近づいている事に、ブルはふと気が付いた。


 小国を一気に走り抜け、旧帝国に足を踏み入れるブル。かつての戦場を抜けた先には、大きな城が見えてくる。

 そして城の近くには、冬也とペスカの姿が見えた。

 

「と~やぁ~! ぺすかぁ~!」


 大声で手を振りながら、大地を揺らしながら、ブルは冬也達に走り寄る。そして左手で冬也を、右手でペスカを、ブルは巨大な手で二人を掴み上げ、頬ずりをした。

 涙は滝の様に流れ落ち、冬也とペスカを頭からずぶ濡れにしていく。ブルはまるで赤子の様に、大声で泣き喚いた。 


「おいブル、止めろ。びちょびちょだ。聞こえねぇのかブル」

「仕方ないよ、うっぷ。おにい、うひゃ」

「これじゃ滝行だぞ、うっおぅ。せめて離せブル。おい!」


 ブルは泣き続けた。暫くの間、涙は止まらなかった。その間、ペスカと冬也は離される事が無かった。

 ペスカの魔法で呼吸を確保した冬也は、諦めてブルに握り絞められていた。

 

 やがて涙が枯れたのか、空腹の限界が訪れたのか、ブルは泣き止み落ち着きを取り戻す。やっと拘束を解かれたずぶ濡れの二人は、ペスカの魔法で体を綺麗にし乾かした。

 

「ったくよぉ、ブル。ちっとは落ち着いたか?」

「冬也、良かったんだな。ペスカも無事なんだな」


 大きな一つ目を細めて、笑顔を見せるブル。溜息をつきながらも、冬也は少し顔を綻ばせた。


「相変わらずだなお前は」

「ほんとだよ。全くもう!」


 ブルは、冬也とペスカの言葉を聞き流し、戦いの傷跡が生々しく残る、所々が崩れた城壁を背にドカッと腰を下ろす。

 ブルの巨体と比べれば、大きな城壁も小さく感じる。城は、一般住宅くらいのサイズではなかろうか。

 そんな錯覚すら感じさせるブルを、冬也は見上げていた。

 

 嬉しくて堪らない。ブルの表情から窺える喜びの感情。それは、ペスカと冬也の心を温かくした。

 穏やかな時が流れる。しかし、その穏やかな時は、ブルの腹から出る轟音と共に終わりを告げた。


「お腹が減ったんだな」

「ふ、ふふ。ふふは、うひゃひゃははは。ブル、色々と台無しだよ」


 ブルの呟きに、思わずペスカは笑い出す。冬也は苦笑いをし、ブルに告げた。


「もう少しだけ我慢しろブル。その内、腹いっぱい食わしてやる」

「本当なんだな? 嘘ついたら駄目なんだな!」


 覗き込む様に、冬也へ顔を近づけるブル。興奮したブルの鼻息が、冬也とペスカの髪をなびかせた。


「本当だ。だけどしっかり働くんだぞ!」


 人差し指を立て、ブルの眼前に突き出す冬也。その言葉に、ブルは何度も頷く。

 ブルが頷く度に、地面が揺れる。それは、まるで巨大な子供が、はしゃいでいる様だった。

 

 そして冬也はブルに背を向けると、城下に広がる広大な平野を指さす。 

 

「いいかブル。お前はこれから此処を耕して、作物を育てるんだ! 育てた作物は好きなだけ食べて良い」

「おぉ~! 凄いんだな!」

「人間達が、お前の道具を持って来るはずだ。お前用の道具を使って、耕しまくれ!」

「やるんだな! 頑張るんだな!」

「お前が食って残った分は、人間に分けてやれ」

「わかったんだな。分けるんだな」

「お前の手伝いをしてくれる人間を集めておいた。仲良くやれよ」

「わかったんだな。でも・・・」


 それまで冬也の言葉に、喜んで相槌を打っていたブルが少し固まる。


「作物はそんなに早く育たないんだな。それまで、おでのお腹が可哀想なんだな」


 少しブルの表情が、しょんぼりした様に変わる。その表情を見て、冬也はニヤリと笑った。


「お前の為だから、特別だぜ!」


 そう言うと、冬也は大地に手を突く。そして、神気を流し始めた。

 冬也の神気で、旧帝都周辺の枯れ果てた大地が、見る間に蘇っていく。

 乾いた土に潤いが戻る。周辺の川には、水が流れ始める。大地には緑が生まれ、木々には芽吹く。旧帝都周辺は、元の豊かな姿を取り戻していった。


 その神秘的な光景に、ブルは見とれていた。口を半開きにし、目を大きく開き、ブルは呆然としていた。


「どうだブル。成長促進効果付きだ! どんどん作物を作って、腹いっぱい食え! 但し、独り占めはするなよ!」

「うんうん。しないんだな。大丈夫なんだな」


 冬也の言葉が伝わったのかどうか、ブルは心ここにあらずとばかりに立ち上がり、平野に飛び出した。

 芽吹いた草を少しちぎり、口へ含むブル。そして、満面の笑みを浮かべる。


「凄いんだな! 冬也の神気がいっぱいなんだな! あの果物みたいに、美味しいのが育つんだな!」

「わかったから、落ち着けブル! せっかく癒した土地で暴れんな!」


 バタバタと手足を動かし、体いっぱいでブルは喜びを表現する。

 そんな興奮が治まらないブルを、冬也は宥めた。そして、終始笑顔で様子を見ていたペスカが、農業の基礎知識をブルに教え始める。

 

 意外にもブルは、物覚えが良かった。直ぐに農業の基礎知識を吸収すると、ペスカに質問を重ねていく。

 ブル用の農機具が到着する頃には、立派な農業家になっていた。


 楽しそうに、ブルは巨大な鍬を振るい始める。またゴブリン達と行動を共にしていたせいか、人間に危害が無いように立ち回っている。

 ブルは自分の体躯が、小さい人間を傷付ける事を自覚している。ごく自然と他者を気遣う、それがブルの良さであろう。


 最初こそ、見たことも無い巨大な怪物を目の当たりにし、人々は怯えていた。

 笑顔で楽しそうに働く様子、また朗らかに人々に声をかけるブルの姿に、人々から恐れが薄れていく。集まった人々は、自然とブルをサポートする様に働き始めた。


「お兄ちゃんよりも、ブルの方が頭良いね」

「うるせぇよペスカ。元々あいつには、こういうのが向いてるんだ」

「そうだね。なんだか嬉しそうにしてるし」

「ブルに関しては心配はしてなかったが、上手くやれそうだな」

「大丈夫だよ、ブルは良い子だし。みんなブルの良さを直ぐにわかってくれるよ」


 幸せな光景とは、こんな光景を言うのだろう。人と魔獣の調和、これは最初の一歩なのだろう。

 ペスカと冬也は、顔を見合わせ笑みを浮かべた。

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