終わりと再生

第228話 終焉の序曲

 静かに、だが確実に、世界は変化を起こしていった。

 いつしか風が止んでいた。いつしか水は清らかさを失い、いつしか雨は止んだ。そして大地は枯れ、新たな芽吹きは行われなくなった。

 ドラグスメリア大陸の悪夢から数か月、世界は緩やかに死へと向かっていた。


 山からは鉱石が採れなくなった。海からは魚が居なくなった。畑では作物が育たなくなった。家畜はやせ細っていった。森からは緑が失われ、実りが失われていった。

 何よりも、世界からマナが失われつつある。


 誰も気が付かない間に、世界からは色々な物が失われていった。それは、地上で暮らす生き物に、多大なる影響を与えた。


 飢える者が増えていった。病める者が増えていった。医療を魔法に頼っていた世界では、誰も救う事が出来なくなった。


 あらゆる者が知恵を使い、あらゆる者が生きるために抗った。しかし気が付いた時には、全てが終わりに向かい進んでいた。

 誰にもその流れは止められなかった。 


 やがて、多くの者が神殿に訪れる様になった。しかし各地にあるどの神殿でも、神との交信が一切出来なくなっていた。

 どれだけ祈りを捧げても、願いに応える事は無かった。


 ある者は諦めた様に、ただ祈りを捧げた。

 ある者は荒んで、苛立ちをぶつける様に他者を嬲る。ある者は幼い子供を守る為に、ある者は年老いた両親を守る為に、他者を殺し奪う事さえ厭わない様になっていた。


 悲しみが蔓延していた。憎しみが蔓延し始めていた。病気が蔓延し、死が蔓延していた。


 神に祈りを捧げても、救いは無い。助けを求めても、英雄は現れない。

 世界が壊れ、生きる者が壊れる。


 それでも英雄の意思を継いだ者達は、諦める事は無かった。



 ~エルラフィア王国、王立魔法研究所~


「所長! ようやく旧メルドマルリューネから発掘された、技術資料の解析が終わりました」

「良くやった! 早く東の三国に情報を送れ! ペスカの残した他の世界の技術と合わせれば、我々はまだ戦える! ここが踏ん張りどころだぞ!」

「マルス殿。陛下への報告と各領への伝達は、私がやりましょう」

「メイザー卿。よろしく頼む」

「いえ、何よりも姉上が残された研究です。私が出来る事は広める事だけ」

「いや、それが今はそれが大事なのだ。今は世界が何かおかしい」

「生き残る為には、何が何でもですね。では、所長」

「おぅ。疫病対策もせんとな。また頼むぞメイザー卿」

「えぇ。お任せを」



 ~エルラフィア王国、ルクスフィア領~


「備蓄は全て分配しなさい!」

「しかし、奥様。それでは!」

「黙りなさい! 今はペスカ様が残された、研究資料が有るのです。新たな生産体制が整うまで繋げれば良いのです!」

「はっ。出過ぎた言葉、お許しください」

「良いのよ。これからメイザー領に向かいます、馬車の準備は?」

「整っております」

「留守を頼みます。あちらでの、生産体制も確認しないと。それと東からの反応が来たら、直ぐに教えて頂戴。まだ改良する事は沢山あるんだし」

「畏まりました奥様。お戻りになるまで、資料は全て揃えておきます」

「頼むわね」

「いってらしゃいませ。奥様」

「ペスカちゃん。冬也君。どこに居るの? 私達は絶対にあなた達が帰る場所を守るからね」



 ~グラスキルス王国、郊外~


「何も閣下が、お出でにならなくても」

「馬鹿か、ミーア。俺が指揮しなくちゃ始まんねぇだろ」

「ですが閣下は何日も、お休みになってらっしゃらないんですよ。たまには体をお休め下さい」

「その言葉は、モーリスとケーリアに言ってやれ! 俺は牢の中で暫くさぼってたからな。ここで働かなきゃ、ペスカ殿に怒られちまうよ。ところで、エルラフィアからは連絡が来たか?」

「シルビア殿からは、新たな農業技術の経過報告が届いてます。マルス殿からは、旧メルドマリューネの技術解析が終わったと連絡が有りました」

「よし。暴れてる馬鹿どもを捕まえたら、強制労働だ。こっちは土地が有り余ってるんだからよ」

「病気の対策は、如何いたしましょう」

「俺が治療してやる」

「またですか? 倒れても知りませんよ!」

「倒れねぇよ。俺を誰だと思ってんだ、ミーア」



 ~シュロスタイン王国、王都~


「陛下、民が飢えているのです」

「しかしな、モーリス」

「しかし何だと言うのです! 彼らは我らが守らなければいけない民。生きる術を無くし、止むを得ず犯罪を犯したのです! それを咎めると仰るか! そこまで民を追い込んだのは、我らの失策ではありませんか? どうなのです陛下!」

「今はほとんどの兵を開墾や、新しい医療の研究にまわしているのだぞ。お前は一人しかおらんのだぞ! これ以上、犯罪が増えたらどうする? この国を、お前が一人で守れるとでも言うのか!」

「やるしかないでしょう! 私の力はこの為に有るのです。グラスキルスでは、犯罪を犯した者に更生の場を与えています。私が責任を持って彼らに道を示します。師匠が私を救ってくれた。ペスカ殿が私に道を示してくれた。今度は私の番です」

「そこまで言うならやってみよ、モーリス」



 ~アーグニール王国、王都~


「閣下、エルラフィアから追加情報が届きました」

「見せてみろ。・・・そうか、こちらでの成果は返しておけよ。農業、医療の両方だ」

「畏まりました」

「ところで犯罪件数はどうなっている?」

「日々、増加中です。飢えが深刻となっている今、止むを得ないのかもしれません。それと疫病が蔓延しつつあります」

「止むを得ないで終わらせる訳には、いかんだろう。配給にも限界がある。城の備蓄も少ない。早く成果を出さねばならんぞ。疫病の情報は、隣国にも伝えとけよ」

「はっ。それと、グラスキルスのサムウェル将軍から、連絡が来ております」

「なんだ?」

「たまには休め。だそうです」

「馬鹿な事ばかり言いおって! お前こそ休めとでも送ってやれ!」



 ~ドラグスメリア大陸、西部~


「貴重な食糧は、全て管理しろ! 今は取り合ってる場合じゃないぞ! 狩りも手分けをして行え!」

「しかし族長。我ら南の魔獣はともかく、巨人達やあのでかい魔獣を賄えるほどの食糧はもうないぞ」

「今は他の手段を検討中だ。今は知恵を出し合わなければ、生きていけん」

「族長。食料が無くなると、皆が不安がる。今はまだしもこれからは不味い。教官も旅立たれたし」

「我らは我らだけの力で生き残るしかない! 我々は、あの戦いで生き延びる事が出来た。その後の結果は、お前らも聞いただろう? 我らは英雄を失ったのだ。神も居ない。必ず皆で生き残るのだ!」

「ズマ、お前の言う通りだ。それに他の大陸よりも、ここはまだましだ。何せ冬也様の置き土産が残っている」

「ノーヴェ殿。ところで植物の育成とやらは、どうなっているのです?」

「巨人達を中心に、南部で展開中だ」

「ノーヴェ殿、引き続き管理をお任せしてもよろしいですか? 南部で成功すれば、北部での展開も考えても良いかもしれない」

「あぁ、任せろ。お前は魔獣達をしっかりとまとめろ」

「えぇ。お任せ下さい」

 

 各地で英雄の意思を継いだ者達が、足掻いていた。

 例えそれが、微々たる力であったとしても。例えそれが、世界を大きく変えるものではなくても。救いを求める声が有る限り、抗わなければならない。

 それが残された者に、力を持つ者に、与えられた義務なのだから。

 

 そして大空にも、英雄の意思を継いだ者がいた。

 それは生物の頂点にして、最古の生物。最強の生物とその眷属達が、大群を成して大空を飛翔する。

 彼らの背には、大きな籠が乗っている。その背には、巨人と猫の亜人の姿もあった。

 

「スール、急ぐんだな」

「そうだニャ。私は故郷の奴らが心配ニャ」

「お主らうるさいぞ! それとエレナ! 大変なのはアンドロケインだけではないのだ!」

「うるさいのは、ブルのお腹ニャ!」

「うるさくないんだな。おでは、もう食べないんだな。これはみんなの物なんだな」

「なら、我らはアンドロケインに向かうか。手分けをした方が良いだろう」

「賛成ニャ! ミューモもたまには良い事言うニャ」


 スールは眷属達を連れて、空を駆けていた。主の意思を継ぎ、世界を守る為に。

 ブルはスールの背に跨っていた。大好きな友人が守りたかった世界を守る為に。

 エレナはミューモの背に跨っていた。もう悲しい思いはしたくないし、誰にもさせたくなかった。

 ミューモは、己の使命を果たそうと懸命だった。冬也からかけられた言葉が、頭から離れなかった。


 誰もが悲しい思いを抱え、乗り越えようとしていた。辛い経験を乗り越えて、亡き友の為に戦おうとしていた。

 

 今この瞬間にも、世界が少しずつ壊れていく。今この瞬間にも、生き物が死んでいく。

 確実に世界は終焉へ向かっている。

 しかし、抗う者達は確実に存在した。 最後まで諦めないと誓った者達は、過酷な運命に立ち向かっていた。


 ただ、世界は残酷に時を刻む。崩壊まであと少し。

 これはただの序章に過ぎなかった。

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