第195話 魔獣軍団の進軍

 南部の魔獣達をまとめ上げたゴブリン達、付き従う魔獣達は、急激な行軍に疲れ果てていた。そして、大陸南部のドラゴンの谷では、ゴブリンを筆頭にした軍団が休息を取っていた。

 

 ズマとエレナは、大陸北部の状況を、スールの眷属から伝えられていない。谷で留守を守っていたスールの眷属とて、詳しい状況は理解していない。精々、大陸北部や西部から魔獣達が避難している位である。

 スールの眷属は、ゴブリン軍団の要求に応え、食料を分け与えると同時に、暫しの休養を認めた。

 

 しかし、ゆっくりと休養が出来るはずも無かった。大陸北部から流れてくるマナの異様な変化、それを感じ取ったエレナとズマは顔を見合わせた。


「教官。北から何か嫌な気配を感じます」

「ズマ、お前も感じたかニャ。全軍を動かせ。直ぐに北へ向かう」

「冬也殿の指示は、この谷に辿り着く事。宜しいのですか?」

「当たり前ニャ。この為に、南部の魔獣を制圧したニャ。急がないと役立たずで終わるニャ」

「畏まりました教官。全軍を北部へ向かわせます」

「作戦は、今まで通りニャ。トロール、バジリスク隊を前面に、ウルガルム、ケルベロス隊を左右に展開させて警戒にあたらせるニャ!」

「スライムは如何致しましょう?」

「あいつらは、ゴブリン隊の後方に配置しておくニャ! 北がどんな状況かわからないニャ。いつでも前線に出せるようにはしておくニャ!」


 ズマは素早く部隊長に命じ、出撃の準備を行わせる。そしてエレナは、谷の上方で見下ろしていたスールの眷属に声をかける。


「休憩は終了ニャ! 直ぐに出発するニャ!」

「そうか。お前たちも気が付いたのか?」

「やばそうな雰囲気ニャ。何が起きてるニャ?」

「わからん。だが、北部から非難した魔獣達と、直ぐに合流する必要はあるだろうな」

「なら、合流場所だけ教えるニャ。お前は私達の合流を、そいつ等に教えてくるニャ」

「そっちには我が同胞が居る。我の役目はお前達を、合流させる事だ」

「馬鹿なのかニャ? こんな大軍団がいきなり行っても混乱しない様に、先に連絡しろって言ってるニャ! 連絡出来たら、戻ってくれば良いニャ」

「生意気な猫め!」

「良いから行くニャ! 行かなければ、お前はただの役立たずニャ!」


 スールの眷属は眉をひそめて飛び上がる。それを見送るエレナは、これから起こるだろう本当の戦いを思い浮かべて溜息をついた。


 巨大な力を持つドラゴンの声色からも、緊張が伝わる。何が始まってもおかしくない。そしてエレナは気を引き締めなおす。

 ここで出会った仲間達を守り抜くと、心に強く誓った。

 

「教官、準備が整いました。出発しましょう」

「わかったニャ。ここからは、私も前線に出るニャ。ズマ、お前は指揮に専念するニャ」

「畏まりました。お力、お借り致します」

「全員が無事で、またここに戻るニャ」

「はい!」


 ゴブリン軍団は、進軍を開始する。

 待ち受けるのは、悪意に染まった地獄。

 大陸を救うなど、大仰な事は考えまい。ただ仲間を守る。その為に力を尽くす。

 エレナ、ズマを筆頭に、ゴブリン軍団の面々が気を吐いた。


 ☆ ☆ ☆


 ブルを乗せたスールの眷属は、全力を超え加速していた。

 マナが尽きても構わない。大陸が救えるのなら、それでも構わない。それだけの覚悟で、飛び続けていた。


 ただ、背に乗るブルが、それを許すはずがない。

 ブルは荷物の中にある果物を手に取り、スールの眷属の口の中に放り込む。果物の影響で、スールの眷属に力が漲っていく。

 マナが尽きては、果物で回復をする。過酷な試練の様な状況下で、二体の魔獣には心が通い始めていた。


「くそっ。これ以上は早くならん!」

「焦らなくて良いんだな」

「な、急がせたのは貴様ではないか! 散々動揺していたくせに!」

「あの時は、冬也の気配が消えていたんだな。今は有るんだな」

「そうか、冬也様はご無事か。しかし、それが急がぬ理由にはなるまい」

「倒れない様に、おでがお前の回復をしてやるんだな」

「馬鹿者! それは元々冬也様のお力だろうが!」

「お前の口に入れてるのは、おでなんだな。感謝するんだな」


 軽口を叩きながら、急く心を堪えて懸命に急ぐ。

 頼まれた武器を運ぶため、大陸の窮地を救うため、二体の魔獣は大空を駆けた。そして先を急ぐ彼らの前方に、高速で近づく影が見える。

 それは凄まじい勢いで二体に近づくと、空中で急制動をした。


「まだこんな場所に居たか、スールの眷属。ペスカ様の命で迎えに来た。荷物を渡せ」


 ブル達の前に現れたのは、ミューモの眷属が二体。かけられた言葉通りに、スールの眷属は抱えていた荷物を、ミューモの眷属達に空中で渡す。


「先に行くぞ、スールの眷属。そのデカいのを乗せては、速度が上がるまい。焦らずに来い」


 高速で飛び去るミューモの眷属達。荷物が減り、少し軽くなったスールの眷属は、追いかける様に速度を上げる。

 目指す大地は、混沌が溢れる異形の地。明日への想いを繋ぎ、大空を飛翔する。

  

「大丈夫なんだな。おでが何とかするんだな」


 呑気に響く声の主は、大陸を救う切り札となり得る。大切な友の為に、ブルは魔攻砲を握りしめた。


 ☆ ☆ ☆


 ミューモの眷属がブル達と接触した頃、ペスカの元に眷属を引き連れたミューモが到着していた。


「ペスカ様!」

「わかってる。ブル達の迎えは?」

「向かわせました。今少しで合流出来るかと」

「よし。じゃあ、あんたの眷属を一体、直ぐに南に向かわせて! 境界沿い辺りに、非難した連中とまとめてるスールとノーヴェの眷属が待機しているはずだから。そいつ等を直ぐに、スールの援護に向かわせて」

「畏まりました」


 ミューモは頷くと、直ぐに眷属を南部の境界沿いに向かわせる。


「あんたの眷属は、一体残していくよ。まだノーヴェとベヒモス達が、目を覚ましてないしね。あんたは、巨人達を連れて直ぐに出撃だよ」

「畏まりました。ペスカ様はどうされるので?」

「私も行くよ。お兄ちゃんの力にならないとね」


 ミューモは、頷くと巨人達の待機場所へ向かう。そしてペスカは、風の女神に視線を向けた。


「姐さん。ちょっと行ってくるよ」

「あぁ。気を付けるんだよ」

「わかってる。これ以上の想定外は、起こさせないよ」

「頼むよ。倒れてる連中は、あたしが見といてやるよ。安心して行ってきな」

「ありがとう姐さん。山さんとの連絡も忘れないでね」

「あぁ。ついでに、ここいらに眠ってる土地神達を目覚めさせとく」


 最悪の事態が起きている事に、ペスカと風の女神は気が付いていた。

 邪神が自身の存在をかけて起こした最大の罠。大陸北部を埋め尽くしていた黒いスライムが、全て黒いモンスターに姿を変えている。

 黒いドラゴンは空を埋め尽くし、数種の黒いモンスターの大群は、ノーヴェが作った高い山脈を壊そうと暴れている。ゾンビの大群は、今も数を増やしている。

 

 魔獣軍団の進軍が南部と西部で開始されたとは言え、直ぐに戦場に到着しない。

 大陸北部に残されたのは、冬也とスール。孤独な戦いは続く。

 終わらない戦いに、終止符を打つために。

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