第157話 暗闇の戦い その1

 集落の広場に集まるゴブリン達は、雄叫びを上げる。それは迫り来る脅威に対し、震える心を奮い立たせている様にも見えた。

 その中で、ズマが発言の許可を求める様に手を挙げると、集団より一歩前に出る。エレナは、周囲の興奮を鎮める様に手を叩き、ズマの発言を促した。

 

「我々は、夜目が利きません。密林の中では、まともにうごく事もままなりません」


 エレナは動じる事なく、ズマに答えた。


「お前達は、マナのコントロールが出来る様になっただろ」

「はい。教官」

「マナを目に集めて見ろ」


 ズマはエレナの言う通りに、マナを目に集中させる。エレナはズマの様子を見ながら、言葉を続ける。


「ズマ、そのまま。見える事を意識しろ」


 ズマは、暗闇でも見通せる事を強く意識する。不思議な事に、月明りしか射さない広場が、昼間の様に明るく見える。ズマは驚きの声を上げ、すぐさま他のゴブリン達に同じ事をさせた。


「ズマ。これは身体強化の一種だ。同じ様に、嗅覚と聴覚も強化する事が可能だ。極めれば、大きな武器になる。覚えておけ」

「承知しました、教官。しかし、トロール共も同じ事をしたのでしょうか? 奴らも夜目は利かないはず」


 エレナは、ズマの言葉に違和感を感じた。確かに、闇夜でトロールが密林を進めるのはなぜか。

 以前エレナは、訓練中にズマに尋ねた事が有る。トロールとはどんな種族かと。

 元々温厚な種族が、なぜ嗜虐性を有する事になったのか。そして、自分が見た巨大な化物は何なのか。何もかもが、繋がらない。


 混乱し始めたエレナは、助けを求める様にペスカに視線を送る。

 エレナの視線を感じたペスカは、広場の外を見やる。離れた場所で話そうとしているのだろう。

 ペスカの意図を汲んだエレナは、ゴブリン達に待機する様に声をかけて、広場の外に歩き出した。そしてエレナの後に続き、ペスカも歩き出す。

 広場から離れると、極力抑えた声でエレナが問いただした。

 

「ペスカ。どういう事ニャ? 色々詳しく教えるニャ!」


 ペスカは木々達からの情報と冬也との通信で、ほぼ何が起きているか想定していた。

 何も知らされず、ドラグスメリアに連れて来られたエレナに、どこから話せば良いかペスカが少し逡巡していると、エレナから催促の声がかかる。


「やっぱり変ニャ。トロールの巨大化は、なんでニャ」

「エレナ。あれは、邪神の悪意にやられたんだよ」

「さっぱり意味がわからないニャ」

「キャトロールで見た様な、邪悪な神だよ。まぁ、残り滓なんだけどね」

「まだ意味がわからないニャ。邪悪な神様が何かやらかしたのかニャ?」

「奴らを変えたのは、悪意の残滓だよ。今のトロール達は、以前の数十倍の力が有るだろうね」


 エレナの顔が一瞬で青ざめる。


「そういうのは、早く言って欲しいニャ。あいつらを逃がすニャ!」


 慌てて広場に戻ろうとするエレナ。しかしペスカは、エレナの手を掴んで引き留める。


「待ちなさいエレナ。ここで、ゴブリン達が逃げてどうするの!」

「まだ訓練途中のあいつらが、神の力を借りたトロールに、勝てる訳ないニャ!」

「勝てないなら、それで良いの。最悪、私が全部トロールを潰してあげる。でも良いの? ゴブリン達が抗う機会なんて、もう二度と来ないかも知れないよ」

「駄目ニャ。でも無駄死にはさせたく無いニャ」


 エレナの言う通り、ゴブリン達に勝てる要素は何も無い。

 ただの魔獣が相手なら、エレナの訓練を受けたゴブリン達は、充分な戦いになっただろう。しかし、今回の相手は力が違い過ぎる。

 マナを使った身体強化も、大した効力を発揮しないだろう。

 

「エレナ。不自然だと思わない? トロール達は、なんで急激な変化をしたと思う? ここだけじゃないの、お兄ちゃんが向かった鉱山地帯でも異変が起きてたみたい」

「何が変ニャ?」

「作為的なもの感じないかって言ってるの! もし、これが仕組まれたものだとしたら、相手の想定を超えないと、尻尾を見せないよ」

「陰で何か企む奴がいるから、そいつを引き摺り出したいって事かニャ?」

「そう! 大陸最弱のゴブリンが、巨大な敵を一蹴する事実を見せつけてやるんだよ! せっかく向こうから盤面を動かしてくれたんだもん。それに乗っかって、相手の意図を超えなきゃ。もしかしたら、何かの片鱗が見えるかもね」

「そんな事を言っても、どう戦うニャ?」

「密林の中では、ゲリラ戦法が一番だよ」


 ペスカは、エレナに具体的な作戦の詳細を説明する。所々でエレナは質問を交え、理解を深めていく。

 

「どう、エレナ? やれそうかな?」

「やるニャ! 任せるニャ! あいつらは死なせない! そして必ず勝つニャ」

「うん。秘密兵器が届くまで、出来るだけ時間を稼いでね。お兄ちゃんには連絡したからさ」

「最後は、あいつ次第かニャ。心配だニャ」


 ☆ ☆ ☆


 一方、数時間前の事。

 女神ミュールとの会談を終えた冬也は、ブルの待つ鉱山に戻っていた。隣には、山の神が添うように歩く。逡巡しながら歩みを進める冬也は、決断したのか徐に山の神へ話しかけた。


「山さん。あんたの厚意に、甘えさせてもらっていいか?」

「なんじゃ冬也。出来る範囲で、手伝うぞ。とは言え儂が出来る事は、余り無いがな」

「大丈夫だ、山さん。寧ろあんたとブルに頼るしかねぇ」

「いつに無く回りくどいのぅ。言うてみぃ冬也」

「上手く伝えられるかわからねぇから、直接イメージで伝えるよ」


 冬也は、立ち止まり山の神の手を握る。そして、神気を通じ自分のイメージを伝えた。

 冬也が伝えようとしていたもの、それはラフィスフィア大陸で、邪神の思惑を尽く潰してきた異界の兵器である。


「な、なんじゃこれは? そう言えばロメリアとの決戦で、お主等が変な武器を使っておったな」

「ライフルって言うんだ。急いでこれを十丁作りたい」


 冬也のイメージを受けた山の神は、慌てて冬也の手を離す。そして、叱りつける様に声を荒げた。


「お主、こんな武器を量産したら、この大陸の支配構造は、完全に破壊されるぞ」

「そうはならねぇよ。それにこんな武器を作れる奴は、俺達以外にいやしねぇ」

「そうは言ってもの、冬也」

「俺達は、この大陸に起こる異変を解決する為に、呼ばれたのかも知れねぇ。だけどよ、本当に戦わなきゃいけねぇのは、俺達でも神々でもねぇ。この大陸に住む奴らだ」


 冬也は山の神を見据える。


「自然淘汰される種族は、どの世界にだっているさ。それが、世界の摂理なら仕方ねぇよ。でも、今回は違うだろ。糞野郎の犠牲者を、これ以上増やしたくねぇ。自分の身すら、碌に守れねぇ奴だっているんだ」


 冬也はラフィスフィア大陸で、理不尽な死を目の当たりにしてきた。だからこそ思う。生物の生きる意味を、神が勝手に取り上げるなと。

 全ての生物に、生まれた意味が有る。例え捕食される為だけに生まれたとしても、それにすら意味が有る。決して、神が好き勝手にして良いものでは無い。

 冬也は、そう告げたかった。


 そして、山の神は逡巡していた。

 冬也が情報の少ない手探りの中で、懸命に足掻こうとしているのを理解している。それ故、冬也を応援してやりたいと思っていた。

 だが、過度の干渉をすれば、それこそ世界の摂理を揺るがしかねない。それは、冬也の本意では無いだろう。

 この大陸の構造を揺るがしかねない事に、容易く頷く事は出来なかった。


「山さん。俺を信じてくれるなら、応えてくれ!」


 この馬鹿で真っすぐな半神は、決して間違いを侵すまい。だが、その善意を利用する者は、必ず現れる。だからこそ危うい、だからこそ野放しには出来ない。

 そもそも、この兄妹を利用する事に決めたのは、三柱の大地母神なのだ。この兄妹を見守るだけではない、背中を押してやる事が、自分の使命なのだろう。

 山の神は逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。

 

「わかった。ただし制限は、付けさせてもらうぞ」

「どんなだ?」

「複数の者が使用する事は認めん。その武器を使用できるのは、本人限りとさせてもらおう」

「山さん。簡単に言うけど、どうするんだよ」

「儂が直々に、設定してやろう」

「ありがとう、山さん」


 冬也は山の神に、軽く頭を下げた。そして再び、歩みを進める。鉱山に到着した頃には、日が沈もうとしていた。

 冬也と山の神の帰りを、ブルが笑顔で迎える。

 

 到着早々に冬也は、ブルに夕食代わりの果物を勧められる。しかし、冬也を迎えたのは、ブルだけでは無かった。


「お兄ちゃん、聞こえる? こっちは不味い事が起こりそう。大至急、魔鉱石にマナキャンセラー込めて、五百個送って」

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