第138話 東郷遼太郎の奔走

「あぁ。そっか。わかった、わかったって。あぁ、やっとくよ。でもよフィアーナ。お前、今何時かわかってるか? 夜中の二時だよ、二時! いや、お前は神様だから、眠らねぇんだろうけどよ。俺は眠いんだよ。糞みてぇな異世界の神のせいでよ、忙しいの! 後始末が大変なんだ。そんで、久しぶりの休みなの。わかる? いや、泣くなって。強く言って悪かった。ごめん、ごめんって。今度な、今度ちゃんと相手すっから、今は寝かしてくれ。あぁ、わかった。わかったってば」


 真っ暗な部屋の中で、独り言をブツブツと言う男。

 その名は東郷遼太郎、冬也の父であり、異世界の女神フィアーナと通信が出来る唯一人の男である。


 東京にロメリアが転移し、異能力者を増やした事から、遼太郎は忙しい日々を送っていた。

 遼太郎の所属する機関は、政府でも知る人間が少ない秘密組織、宮内庁特別怨霊対策局という。遼太郎は組織の一員として、日本各地を巡る事が多く、ほとんど家に帰らない。

 今はほとんど都内を転々とし、休む間も無く異能力者の対応に追われていた。


 東京で起きた異能力者の続出、高尾山の爆発等から、事件は日本各地どころか、世界中に知れ渡る事となった。

 当然、異世界の神が暴れた等とは言えない政府は、緊急の記者会見の場で、原因不明の爆発で調査中とだけ報じた後、緊急閣議で異能力者に関する法案をまとめた。

 だが、事はそれでは終わらない。

 臨時国会では、爆発や異能力者続出の原因を、野党にしつこく詰められ、法案はなかなか可決しない。その間、自身を取り巻く環境の変化に耐えられず、暴れ出す異能力者が増え続ける。

 マスコミは煽る様に報道を重ね、人々の不安は加速する。

 

 そんな中、久しぶりの休暇を認められ自宅で寝ていた遼太郎は、女神フィアーナの念話によって、たたき起こされた。

 遼太郎は眠い目を擦り台所へ行き、冷蔵庫を開けてビール何本か取る。


「くそ、目が覚めちまった。しかも余計な仕事が増えちまった。なんだって、異世界人がまた来るんだよ。どう説明しろってんだ」


 プシュっという音と共に、遼太郎の喉が条件反射的にゴクリと鳴る。五百mℓの缶を瞬く間に飲み干すと、遼太郎は次の缶を開けた。


「なんだっけ、クラウスって言ったか。クラウスが日本で暮らす。なんてな」


 女神フィアーナは、異世界の現状を遼太郎に説明し、空と翔一の帰還を伝えた。ついでにクラウスというエルフを送るから、色々と手続きをする様に依頼した。

 ただ中には、遼太郎自身が上手く呑み込めない報告もあった。

 

「冬也はともかく、ペスカと会えなくなるのは、アレだな。娘を嫁に出した父親は、こうやってヤケ酒すんのか」

 

 独り言を零しながら、遼太郎はビールを煽る。

 ほとんど家に帰らず、たまに帰れば冬也を徹底的にしごく。しかしペスカの事は、自分の娘の様に思っている。帰らない事は、寂しいし酷く切ない。

 血を分けた肉親の冬也が戻らない事に、寂しさを感じてはいるが、それを認めたく無いひねくれた中年の男心であった。


 ビールだけでは物足りなくなってきた遼太郎は、冷蔵庫を再び開けるが、ビール以外の物は入っていない。

 勢い良く冷蔵庫を閉めると、遼太郎は悪態をついた。


「くそっ、つまみがねぇ。でも、買いに行きたくねぇ。あ~、動きたくねぇ。冬也がいれば、たたき起こして、買いに行かせるのによぉ。糞つまんねぇ。あの馬鹿、頭悪い癖に何が神だよ。せっかく俺が鍛えてやったのに、ただの糞野郎じゃねぇか」


 ビールを煽って、いつの間にか遼太郎は、テーブルに突っ伏して寝てしまう。椅子から滑り落ち、音を立てて頭を打ち目を覚ますまで、遼太郎はぐっすりと寝ていた。


「いってぇ。んだよ、くそっ」


 ボヤキながら周りを見渡すと、テーブルにはビールの空き缶が散乱している。外はもう夜が明けようとしている。

 遼太郎は僅かの間をおき、状況を把握した。


「あぁ、そっか。あのまま、寝ちまったのか。頭いてぇ。これ、二日酔いだけじゃねぇだろ」


 独り言ちる遼太郎は、頭を押さえてフラフラ立ち上がると、冷蔵庫へ向かう。何度見ても、中にはビール以外の物は、入っていない。

 遼太郎の腹の虫が、運動会をしている様に、静かな部屋に鳴り響く。

 ややあって遼太郎は、お腹を擦りつつ、スマートフォンを手に取り電話をかける。何コールか後に相手が出ると、遼太郎は気安い感じで話し始めた。


「おう、俺だ。久しぶりだな」

「オレオレ詐欺は、間に合ってるよ」

「いや、そうじゃねぇよ。スマホに表示出てんだろ!」

「それで、東郷先輩。何の用です?」

「お前さぁ、今から家に来いよ。俺、今日非番で暇なんだわ」

「でも僕は、これから仕事ですが」

「そんなの、サボっちまえ。良いから来いって。酒とか色々、用意しとくからよ」

「はぁ、仕方ないですね。あ、僕はケーキが食べたい。ホールで」

「わかった。それも用意しとく。何時ごろになる?」

「昼前には行きますよ。昼飯は寿司が良いな」

「わかった、後でな」


 電話を切ると、遼太郎は棚をゴソゴソと漁る。食料の在りかは知っているのだ。しかも、ペスカが隠していたカップ焼きそばが。

 

「甘いぜペスカ。冬也に見つからなくても、俺にはお見通しだ」


 妹思いの冬也は、ジャンクフードを許さない。だが、こっそりと冬也に隠れて、ペスカがカップ焼きそばを食べている事を、遼太郎は知っていた。

 

 東郷邸は、異世界人であるペスカやシルビア、果てや女神フィアーナが滞在していた場所である。

 なぜ皆が、東郷邸に集められたのか。

 ペスカ達に関しては、女神フィアーナからの依頼があったのは事実だ。

 しかし、遼太郎は宮内庁特別怨霊対策局の一員である。異世界人を保護するだけで無く、監視も兼ねていた。家のあちこちに隠しカメラが設置され、遼太郎は時折監視をしていた。


 遼太郎は、女神フィアーナやシルビアから、ペスカの事情を聞いていた。だからこそ危惧していたのは、何らかの形でペスカが、異世界からの干渉を受ける事だった。

 いざとなった時には遼太郎の采配で、部下が駆け付ける手筈を整えていた。


 いくら遼太郎が放任主義とは言え、幼い子供を二人だけで、生活させるはずが無い。

 ペスカは気が付いていた様だが、護衛の任務にあたっている者もいた。更には、東郷邸には厳重なセキュリティが幾重にも掛けられている。

 物理的なセキュリティだけでは無く、対陰陽方面のセキュリティも万全であった。

 

 ペスカを介するトラブルの拡散防止、何らかのトラブルにペスカが巻き込まれない様に防止する。これが、遼太郎に課せられた初期の任務であった。

 ただ、いつの頃か遼太郎は任務の枠を越え、ペスカを娘の様に感じてしまった。

 

 女神フィアーナから、再び異世界人が訪れる連絡を受けた遼太郎は、受け入れの態勢を整えなければならない。

 カップ焼きそばを一気に掻き込むと、着替えて家を出る。車に乗り込むと、近くの神社に向かった。

 神社に辿り着いた遼太郎は、車を止めて真っ直ぐに本殿に向かう。

 神主を呼び出すと、本殿の戸を開けさせた。


「お~い! 出てきてくんねぇか? 用が有んだよ」


 軽い口調で本殿に声を掛ける遼太郎。

 呼びかけに答える様に、本殿の中から光が溢れ出す。


「其方は親子して、礼を知らんのか。愚か者め」

「硬い事言うんじゃねぇよ。知らない間柄でもねぇだろうが。土地神様よぉ」

「ならん。礼を失するとは何事か! 其方は、何度言えばわかるのだ。弁えよ!」

「わかってるよ。でもよ、ここの神社を保護してるのは、俺だぞ! そっちも忘れねぇでくれよな」


 霊能力が低い遼太郎には、土地神の姿は見えない。だが、怒る様な声は聞こえる。

 

「して、今日は何用だ」

「いや、まぁ事前報告だよ。近日中に異世界の門が開く」

「まさか、また異界の邪な神か?」

「あれは、消滅したみたいだ。今回は巻き込まれた日本人が帰って来るついでに、向こうの住人が来るだけだ」

「そうか。他の神々には、我から伝えておこう」

「助かるぜ。それと、見守ってやってくれ」

「仕方ない、それも引き受けよう。その代わりに。わかるな」

「わかってるって。供え物は、後でたっぷり用意するよ。じゃあな、土地神様」


 土地神に報告を終えた遼太郎は、車を走らせ色々な店を巡った。

 寿司、ケーキ、酒各種。様々な物を買い揃えて、自宅に戻る。時を同じくして、玄関には客人の姿が有った。

 やや小太りの男が立ち尽くし、遼太郎は声をかける。


「おう。早かったじゃねぇか」

「東郷先輩。呼んでおいて、留守って良い度胸してますね」

「わりぃな深山。その代わりに、色々買って来たからよ。一先ず上がって、飯にしようぜ」


 リビングに入り荷物を置く遼太郎。二人で買って来た寿司を摘まんでいると、小太りの男が徐に話しを切り出した。


「それで先輩。わざわざ呼びつけて、今回は何の用ですか?」

「あぁ。悪いんだけど、一人分のビザとパスポートを発行してくれ」

「はぁ? また先輩の仕事関係ですか?」

「そうだ。詳細は改めてだが、容姿は白人風だ。適当な国を見繕ってくれ」

「すっげ~丸投げじゃないですか?」

「仕方ねぇだろ。俺はその辺、素人だし。頼むよ」

「わかりましたけど、寿司とケーキじゃ安すぎですね」

「時間が出来たら、どこでも連れてってやる」

「約束ですよ。先輩は何時も忙しいって、逃げるんだから」

「わかってるって。それとこの件、うちの局長からも、依頼が行くはずだ」

「うわ~。僕あの人、苦手なんですよね、怖いから」

「なら、寝回しだけでも、直ぐに始めてくれ」

「わかりましたよ先輩。折角だからケーキや酒は、お土産に頂いて帰ります」


 食事を終えると直ぐに席を立ち、男は遼太郎に別れを告げる。

 男が帰った後、遼太郎は再び車を走らせ、都内に有る事務所へ向かった。事の次第を、上司である宮内庁特別怨霊対策局の局長に報告する為だ。

 

 異界の邪神達が逃げた後の顛末を始め、ペスカと冬也が日本に帰還しない事、空と翔一が日本に戻る事、クラウスという異世界人が暫く勉強の為に日本を訪れる事、クラウスのビザ等について外務省の友人に打診した事。

 一通りの報告を局長にした後、遼太郎は局員を数名集めて、クラウスの対策を行った。

 

 クラウスは、東郷宅で生活をさせる。

 恐らくこの異世界人は、日本文化を知らないと思われる。そうすると、世話をする事と監視の両側面でのサポートが必要になるだろう。


 クラウスの対策を、一通り決める遼太郎であったが、一つだけ大きな誤算があった。それは、クラウスが実際にゲートを潜り、日本に到着した後に気が付く事になる。

 

「お前、耳がなげぇじゃねぇか! それじゃあ、どの国出身でもおかしいだろうが!」


 エルフという種族を知らない遼太郎の誤算により、様々な関係者が頭を抱える事になるが、それはまた別のお話。

 これは、異世界人が日本で暮らす為に、影で尽力した男の一幕である。

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