第136話 クラウスの誤算

「馬鹿じゃないの、クラウス! 翔一君は、この世界の人間じゃないんだよ。勝手に巻き込んで良いと思ってんの?」

「ですが、ペスカ様」

「あんたが兄貴を追って、アンドロケインから来たのとは、訳が違うんだよ。わかる? 日本に、両親がいるんだよ」

「あの年齢なら、この世界では一人前です」

「そういう問題じゃないって言ってんの! 強制させるな! 自分で選択させなよ! あんたは、選んでこの大陸に来たんでしょ! それと同じだよ!」


 これは翔一が、王立魔法研究所に連れて行かれる、前日の事である。

 兵の訓練施設で、翔一の姿を見せられたクラウスは、トールを連れてペスカの下を訪れていた。クラウスからすれば、近衛隊の隊長となるのは大出世であり、ペスカは賛成すると思いこんでいた。

 だが、それが間違いの始まりだった。賛成して貰えるどころか、滾々とペスカに説教されていた。


 大の大人が、滾々と説教される事は、滅多にあるまい。クラウスとトールは、床に正座をさせられて、逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。


「自分達の都合で、巻き込むな! 私が訓練をさせたのは、近衛に入れる為じゃないんだよ。選択は、翔一君にさせるからね。翔一君が断っても、ちゃんと陛下に言うんだよ。それとこの話は、お兄ちゃんには内緒にしときな。命が惜しかったらね」

「冬也様に、内緒とは何故ですか?」

「空ちゃんと翔一君を、日本に帰すって言ってるのは、お兄ちゃんなんだよ。二人の事をちゃんと考えて、お兄ちゃんはそう言ってるの。親友に面倒が降りかかる様なら、あんたボコボコにされるよ」


 初めて冬也と手合わせをした時の事を、クラウスは思い出した。魔法の使用を自ら禁じたとはいえ、完全な敗北だった。今は、更に強くなっている。

 神と渡り合える冬也が自分に怒りを向けたら、全力を尽くしても勝てる気がしない。クラウスは思わず、身震いをした。


「あのね。そもそも、近衛を再編する事自体が間違ってるんだよ。先にすべき事がいっぱいあるでしょ!」

「ペスカ殿。お言葉ですが、王都を守る警備兵は必要です」

「それは、あんたがやる事でしょ、トール! 近衛が必要なら、あんたがやりなよ!」

「それは充分承知しております」

「それなら何で、翔一君の名前が出てくんのよ。端から諦めてるのと一緒じゃない! 馬鹿じゃ無いの! 翔一君は、訓練で弱音吐いたの? あんたみたいに投げ出したの? 頭を張ってるあんたが、その調子じゃこの国の防衛もお終いだよ」


 ペスカの言葉に、ぐうの音も出ないトールは、肩を落とす。更にペスカはトールに向かい、説教を続けた。


「自信が無いなら、モーリスを呼んであげるよ。あいつが軍事顧問になれば、少しは変わるでしょ。それでも良いの? 帝国を失って、新たな居場所も失うんだよ! それがあんたの目指す所なの? どうなのよ、トール!」

「良いわけがありません。もう、私はこの国に命を預けた身。この国の為に、身を尽くす所存です」

「だったらトール、あんたが近衛隊の隊長をやりな。人に任せるな!」

「はい」


 トールは、少し俯きながら頷いた。続いて、ペスカはクラウスに視線を向ける。

 生まれ変わったとて、目の前の少女は己の師である。時に叱咤されながらも、多くの事を学んだ。

 いつもは明るく振舞う師の説教が、どれだけ恐ろしいかを知っているだけに、クラウスは怯えた。


「あんたは、優先順位を理解してるの? 国民の半分を失って、難民を大量に抱えて、未だに大量の被害者が療養所で、治療を待ってるんだよ。空ちゃんが何をしてるか知ってるよね。領地の再編どころか、国を安定させなきゃ、国民は不安になるだけなんだよ。人員不足の今、国を将来を背負って立つあんたが、フラフラしてたら、エルラフィアは終わるよ。あんたは、兄貴の二の舞になりたいの?」

「いえ、その様な事は」

「だったら、近衛の再編なんて、無駄な事を認めちゃ駄目でしょ。あんたは、陛下を諫める立場なんだよ。ちゃんと、役目を果たさないなら、伯爵なんて返上しちゃいな!」


 クラウスとて、それは十二分に理解をしていた。領地の確認や、王都での雑務に追われ、近衛隊再編の話しを聞いた時には、既に決定事項になっていた。


 ペスカの言葉は、クラウスの胸を深く突き刺す。

 ペスカの諫めろは、間違った決定なら、例え国王の厳命であっても覆せと言っているのだ。それは、国王のみならず、大臣や貴族連中すらにも、好き勝手はさせるなと言っているのだ。


 理路整然と間違いを指摘し、正しい筋道を示す。それが臣下の役割である。双方の意見も正しいならば、議論の場に戻さなければならない。議論をした上で、より良い選択をすればいい。

 もし仮に、一切聞き届けられないならば、そこには恣意的要素が含まれるはずだ。それは私利私欲に走るのと同義であり論外である。


 言い訳も出来ない程に、クラウスは己の未熟を改めて感じていた。

 

 辛辣な言葉が、次々とペスカの口から放たれる。反論すれば、倍になって返って来る。クラウスとトールは、ペスカの説教が永遠と続くと思える程に、長く感じていた。

 久しぶりのペスカの説教に、トールと共にクラウスは意気消沈していた。


 ペスカは、次第にヒートアップしていった。

 研究所の職員に使いを出し、シリウスとシルビアが呼びつけられる。彼らもまた、ペスカの研究室内で正座をさせられ、一緒に説教を受ける事になる。


 危険予測が出来て無い。領地経営が甘い。国民の為に、何が必要なのかちゃんと考えろ。帝国で敗北した原因は何だ。メルドマリューネの警戒が、不足し過ぎだ。


 様々な事を取り上げて、ペスカの説教は続く。このままでは、国王まで連れて来いと言われかねない。それだけペスカの勢いは、止まらなかった。

 

 ペスカの説教は、深夜にも及んだ。

 どれも耳を塞ぎたくなる言葉であった。だからこそ、皆の心を深く抉る。

 

 戦争が終わり復興を始めた今だからこそ、しっかりと省みる事が必要だと、ペスカは語りたかった。そして皆も、その意図は理解していた。

 

 叱るのと、怒るのは全く意味が違う。間違いは叱るべきである。そして叱咤とは、その中に有る励ましにこそ、大きな意味を持つ。

 ペスカは長い時間をかけて、彼らを叱り、また励ました。そして最初こそ意気消沈していた目に、炎が宿り始める。

 

 各人の表情を見渡して、ペスカは締めくくる様に、言葉を続けた。


「トール。あんたは軍を仕切れる位になりなさい」

「はい」

 

 トールは、力強い声を出して頷いた。


「シルビア、あんたは領都に戻りなさい。数年間、あんたが領主代行ね。メイザー領の代理統治も出来るよね」

「はい、お任せください」


 シルビアの瞳は、爛々と輝き、燃え盛る火が見えるようだった。


「シリウス。あんたは、残った領主達を集めなさい。現状の問題確認と、優先事項を王都と各領で、摺合せするの。それと、クラウスの仕事は、あんたが引き継ぎなさい」

「わかりました、姉上」


 シリウスは、既に様々な業務を抱えている。

 領主としての業務を軽くする代わりに、各領主と王の意思を繋ぐ役割を、ペスカに命じられた。さらには、クラウスが行っている様々な雑務も、シリウスが行う事となった。

 圧し掛かる業務は、一領主が抱える容量を遥かに超えている。しかし、シリウスは首を横には振らなかった。何故なら、育てて来た優秀な部下がいるから。


 最後にペスカは、クラウスに視線を向ける。


「クラウス。あんたは、日本に留学する事。大学に入って、色々学んできなさい」

「へっ?」

「何、素っ頓狂な声だしてんのよ! 返事は?」

「はい。ですが、ペスカ様」

「フィアーナ様には、お兄ちゃん経由でお願いしとく。空ちゃん達が日本に帰る時に、一緒に日本に行きなさい」


 予想外の言葉に、クラウスは言葉に詰まる。


「あんたは、もっと色々な事を知った方が良い。それが、この国や世界の未来に役立つ。何年かかるかわからないけど、しっかり学んで戻って来なさい。良いわね」

「・・・・・わかりました」


 クラウスは、混乱していたが、やや時間を置いて頷いた。こうして、クラウスは日本に行く事となる。

 ペスカが下した命令は、翌朝には国王に伝わる。国王は、英雄ペスカの指示との事で、反対をしなかった。

 

 ただでさえ忙しいクラウスは、翌朝から更に忙しくなった。シリウスやシルビアに引き継ぎをする一方で、シルビアから日本語を教わった。

 

 元々エルフという種族で、人間よりも知能の高いクラウスは、日本へ渡る事で様々な事を知る。

 文化、思想、歴史、技術、そして戦争。

 学ぶ毎に、疑問が生じる。クラウスは、最適解を求めて学び続ける。それが将来、このロイスマリアという世界を変える。


 これは実の兄をその手で断罪した一人のエルフが、兄の想いを継ぐ為に平和を求めて戦いつづけた、始まりの物語である。

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