第127話 邪悪の崩壊

 女神メイロードの神気を内包している邪神ロメリアが、自分の神域を破壊した。その力を制限なく解き放てば、ラフィスフィア大陸そのものが、既に無くなっていたはず。

 地上の影響を極小範囲に防いだのは、偏に冬也の奮闘によるものであった。


 その結果、亜空間から別宇宙に冬也とペスカは飛ばされた。爆発の影響で冬也は深く傷つき、ペスカも冬也の治療を行う為、多大なマナを消費した。


 その間、空は邪神ロメリアに立ち向かう。翔一は、別宇宙に彷徨う二人を探し出し、ロイスマリアに連れ戻した。それぞれの勇気ある行動が、未来の希望を繋げる。


 現れたペスカと冬也の姿に、邪神ロメリアは得体の知れない恐怖を感じていた。何故二人が、目の前に現れたのか、全く理解が出来なかった。確信していた勝利が、足元から崩されていくの感じていた。

 何よりそれが、邪神ロメリアには許せなかった。


「決着つけようぜ、糞野郎」


 その言葉に、邪神ロメリアの怒りは頂点へと達した。呂律が回らない程の悦楽から、冷静を通り越して極度の怒りへと変わる。


「クソガキぃ~! どこまで邪魔すれば気が済むんだぁ! 神に仇なした罰は、その身を持って知れぇ!」


 邪神ロメリアの神気は、どんどんと膨れ上がる。ビリビリと大気を震わせ、大地を揺るがす。しかし、足元から大地が汚染される事は無く、大気の澱みが広がる事も無かった。

 ペスカは、その身に宿り始めた神気をコントロールして、邪神ロメリアを拘束していた。邪悪な神気が、周囲に影響を及ぼさない様に。


「何したって無駄だよ、糞ロメ。あんたはもう、この地を侵せない」


 ペスカの言葉は、邪神ロメリアには届かない。怒りで冷静を欠いた頭には、目の前の二人を殺す事だけが、占められている。


 ペスカの体に痛みが走る。簡単な治療で済ませ、ここまで走って来た。マナもほとんど残っていない。

 本来ならば戦える状態では無い。


 だがペスカの心には、空と翔一からもらった勇気が、業火の如く燃え盛っていた。

 人見知りで、友達すら碌に作れない空が、懸命に立ち向かった勇気。争う事が出来ず、喧嘩すら碌に出来ない翔一が、友の為に立ち上がった勇気。

 それは、ペスカの中で光り輝き力に変わる。


 邪神ロメリアが、どれだけ神気を膨れ上がらせても、ペスカは微塵も恐怖を感じなかった。親友から、眩く輝く勇気を貰ったのだ、邪神など恐れるには値しない。

 それにどれほどの力を持とうと、思考を放棄した相手は敵では無い。


 邪神ロメリアは当たり散らす様に、神気を鋼球の様に変えて投げつける。だがそれは、冬也の神剣でいとも簡単に切り裂かれる。

 

 冬也の主だった傷は、ペスカによって治療された。しかし、血を流し過ぎたせいで、頭がふらつく。爆発を抑える為に、神気を高め過ぎたせいで、ほとんど神気が残されていない。


 しかし、どんな絶望的な状況でも、負ける気がしない。

 立ち向かう空の姿を見たから。自分を守り、戦いに向かおうとする翔一の姿を見たから。何よりも、大切な妹を傷つけた奴は、許しておけない。


 何度も繰り返し、邪神ロメリアの攻撃は続く。その度に、冬也は神剣で切り裂いた。


「あ゛~、あ゛~!」


 邪神ロメリアは叫びながら、力を振るう。ひたすらに暴れ続ける。だがペスカの拘束は、頑として解けない。それは意思の力、決意の証。ペスカの意思が、神の力を凌駕しつつあった。

 

 そして、冬也は神剣を振るい続ける。何度も交わる力のぶつかり合い。冬也は押される事無く、全てを弾き返す。冬也の中に僅かに残った神気は、いま完全に研ぎ澄まされていた。

 究極とも言える鋭さで、邪神ロメリアの邪気を切り裂く。

 

 二柱の力を内包する邪神ロメリアに相対するのは、人間と半神である。

 邪神ロメリアの神域では、力を制限されて苦戦させられた。悪足掻きとも言える大爆発で、傷を負い力を失った。だが、戦う力は残っていた。そして親友の勇気が、背中を押してくれる。

 

 ここは、意志が力になる世界ロイスマリア。ちっぽけな勇気が、窮地を覆した様に。ペスカと冬也の魂は、邪神ロメリアの悪意を払い退ける程に、輝きを増していく。


「あんたの攻撃は、もう通じないよ。糞ロメ!」

「手前の攻撃は、どれも薄っぺらだ。糞野郎!」

「ぎざまら゛~」

「手前の力は全部借り物だろうが。中身はチンケなままなんだよ、糞野郎」


 冬也には見えていた。

 確かに邪神ロメリアは、あらゆる手段で力を搔き集めたのだろう。だが、単に力を操っているだけで、自身の血肉になってはいない。

 強い力で有る事は、間違い無い。自分を凌駕する、圧倒的な力である。しかし、それは単なる力の集合体。一つ一つを見れば、些細な力である。

 それ故に、冬也は邪神ロメリアの攻撃を、簡単に切り裂いてみせた。


 もし、邪神ロメリアに油断が無ければ、状況は全く違っただろう。混血や人間などと、蔑んで無ければ、望んだ光景を見続ける事が出来ただろう。

 最早、思考を止めた邪神ロメリアには、気が付く事が無い愚かな過ちである。


 邪神ロメリアは全力で暴れ続ける。全てを破壊しようと、無造作に神気を放ち続ける。それでもペスカの拘束からは、逃れられない。

 冬也が神剣を振るう度に、集めた怒りや憎しみ等の淀んだ感情が、消し飛ばされていく。


 もう邪神ロメリアに、大陸を破壊する力は残されていなかった。

 追い打ちをかける様に、女神達の浄化が進む。

 怒りに身を委ねて無ければ、逃げる術が残されていたかも知れない。今の邪神ロメリアには不可能であろう。ペスカと冬也しか映さず、殺す事しか考えられないのだから。


 邪神ロメリアは、段々と追い詰められていく。

 一時は、その邪悪な力は大地母神をも凌駕した。しかし冬也の手で、そのほとんどを失った。神々の浄化により、焦がれた景色は脆くも崩れ去る。


 これまで長い時間をかけて入念な準備を重ねて来た。

 ドルクに目を付けて洗脳し、己の信者達を利用し、大陸中にモンスターを撒き散らした。面白い程に恐怖の感情が集まって来た。大地母神にも対抗出来る力を手に入れた。

 そしてクロノスを侵食し、来る戦いに備えた。帝国で皇帝を殺し、兵士達を洗脳し内戦を起こさせた。周辺の国々でも戦争を起こさせた。


 極めつけは、異世界で知った最新兵器の存在だった。それを使い、多くの人間達を抹殺した。

 そしてクロノスを完全に洗脳し、メルドマリューネを支配下に収めると、北の大地を望む世界へ変えていった。

 計算外だったのは、侮っていた混血と人間が、予想以上に抵抗した事だろう。それは邪神ロメリアの野望は、潰えさせるものだった。


 これまで振るい続けていた剣を止め、冬也は背後を見やる。その姿に、ペスカが声をかける。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「どうやら、着いたようだ」


 冬也の言葉で、ペスカは辺りを見渡す。周囲を取り囲む、神々の姿が見えた。


「お待たせ。冬也君、ペスカちゃん。よく頑張ったわね」


 女神フィアーナを始め、神々から次々と二人に声がかかる。

 既に邪神ロメリアが作った淀んだ大地は、完全に浄化されていた。この土地を神の恵みが届かぬ場とは、もう誰も言わないだろう。瓦礫の山すら姿を消し、緑が溢れる大地に変わっていた。

 

「終わりにしよう、ペスカ」

 

 冬也は一歩を踏み出す、ペスカが後に続く。そして邪悪は崩壊した。 

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