第97話 死にゆく国々

 ライン帝国の東側、グラスキルス王国と挟まる様に、縦に三国が並ぶ。

 北からクライアス王国、メイレア王国、ラリュレル王国。この三国は、全軍をもってライン帝国に侵攻した。そして、侵攻した軍はライン帝国と共に壊滅した。

 

 死者が生者を喰らい伝染していく奇怪現象は、ライン帝国から溢れ三国を飲み込みつつあった。

 守る兵は無く、戦う術を持たない。王は民を見捨て、城を堅く閉ざす。広がる現象に、三国の民は成す術なく、ただ逃げる事しか出来なかった。。


 親、兄弟、友人、親戚、隣人。見知った者が、次々と死者に変わっていく。

 恐怖に駆り立てられ、人々は逃げ惑う。どれだけ逃げても奇怪現象は、爆発的に広がっていく。

 足を止めれば、喰われる。息が切れても、走り続けなければ、待つのは死。

 

 先に老人や子供が喰われていった。怪我人や病人が喰われていった。弱者を犠牲にし、他者を蹴落とし、我先にと生にしがみつく者がいた。

 そこには、愛も勇気も正義も無い。貪欲な生への執着のみが有った。

 

 こいつを盾にして、俺は生きる。

 わたしの代わりに、娘を食べて。

 お前は喰われろ、その隙に俺は逃げ延びる。

 あんた犠牲になってよ、私の為に死んでよ。


 悪意は悪意を呼ぶ。溢れる死者の大軍の前に、人々は狂気した。国王に見捨てられた者達、誰も助けてはくれない。


 自らが生きる為、当然の犠牲。弱者が先に死ぬ、他人を蹴落とす、全て自然の摂理、これは正義。

 生に執着した人々は、倫理付けた。自分の命が最も尊いと、曲解した。


 国王は、王都に残るありとあらゆる食料をかき集めて、城へ立て籠もる。大臣達や数少ない兵達は、自らの命を優先し、率先して王に協力する。王都の民は決して城に入れさせない。何故なら、食料が減るから。


 国は民を守らない。民から食料を奪い、自らが生きる事のみを重要視した。

 王族が生きていれば、国は残る。

 国王もまた曲解していた。国の有り方を。国王とはどうあるべきかを。

 

 歪みは歪みを呼ぶ。

 三国を包むのは、生者を喰らう死者の軍団。そして人々の悪意と狂気が、三国に広がる。

 国としての体裁を失い、共同体の意味を無くし、命の価値は消え去った。

  

 唯一魔道大国メルドマリューネと国境を接する、クライアス王国の人々は、メルドマリューネとの国境沿いに集まりつつあった。しかし、国境門は固く閉ざされている。

 生者を求め、すぐそこまで死者の軍団は迫っている。クライアス王国の人々は、国境門をいた。


 早く門を開けろ。

 早く助けろ。


 国境門を囲み、人々の怒声が渦の様に巻き起こる。しかし、魔道大国メルドマリューネ側は、決して国境門を開けなかった。

 そして事も有ろうか、光の矢が降り注ぐ。それは死者の軍団にでは無く、受け入れを求め国境門を叩く避難民の頭上に降り注いだ。

 受け入れを求める人々は、あっと言う間に息絶える。人々が残したのは、憎悪に満ちた目であった。


 何故だ。何故殺した。何故助けてくれなかった。死にたくない。


 次々と失われて行く命、増え続けていく憎悪。一つ、また一つと叫び声が消えていく。その叫び声は、憎悪に変わっていく。そこはもう地獄。人非ざる者の世界だった。

  

 三国の中央部に有る、メイレア王国の国境沿いでも、救いは無かった。

 開け放たれた北のクライアス王国との国境門から、死者の軍団がなだれ込んで来る。南のラリュレル王国の国境門からは、死者の軍団に追われた避難民が走りこんで来る。


 最南のラリュレル王国の人々は、船に乗り海へ逃げ様と考える者が多かった。

 だが、船の数にも限りは有る。誰が船に乗るかで、殺し合いが起きる。そして殺し合いの結果、誰も生き残らず、船で逃げ出せた者はいなかった。

 

 逃げ場所の無い三国の人々は、東へ向かい逃げ始めていた。人々は、グラスキルス王国に救いを求めて、走り続ける。力尽き倒れる者を置き去りにして。


 ☆ ☆ ☆


 サムウェルは愛馬を繰り、国境沿いを巡っていた。

 グラスキルス王国は、クライアス王国、メイレア王国、ラリュレル王国の三国と境を接している。どの国境門も、受け入れを求める人々で溢れていた。

 怒声が鳴り止まない。門を壊しても、人々は入国をしようとする。国境の向こうでは、人々の目には悪意と狂気が満ちていた。


「決して、受け入れはさせんじゃねぇぞ!」

「しかし閣下。このままでは、暴動が起きます」

「奴らの目を見ただろ。このまま受け入れたら、奴らは暴徒となり我が国を蹂躙する! 門の守りを強化しやがれ!」

「はっ!」


 サムウェルの命を受けた兵達は、歯を食いしばって俯いた。

 

「お前等の気持ちは良くわかるぜ。だけど、今は自国の民を守れ! 愛する国を、愛する家族を守れ! 良いな!」

「はっ!」


 サムウェルは完全に国境を閉じさせた。サムウェルとて、苦肉の決断だった。

 

 狂える難民達を救ってやりたい。だが、奇怪現象の原因は判明してない。帝国では、避難民の中から、人を喰らう死者が生まれた。ミーアの報告でそう聞いている。

 もし今、受け入れた難民の中から、生者を喰らう者が現れたら、帝国と同様にグラスキルス王国は終る。

  

 兵力が充分なら、暴徒の鎮圧をするのは容易い。しかし、魔道大国メルドマリューネの脅威が有る中、割ける戦力は多くない。ほんの僅かな隙で、簡単に国が落ちる。今は些細な過ちも許されない。

 サムウェルは心を鬼にし、他国の民を斬り捨てた。

   

「モーリス。お前なら、こんな事は絶対に許さねぇだろうな。わりぃな、俺の力不足だ。それとペスカ殿にも怒られるな。あぁ、でも怒られてぇな! せっかく二十年ぶりに、会えるかも知れねぇのによぉ。でも、仕方ねぇよな。待ってる時間なんか、ねぇんだからよぉ」 


 国境門を回り終わったサムウェルは、愛馬を操りながら東の空を仰ぎ見た。

 

「けどな、俺はお前等の道になるぜ! 後は頼んだ! モーリス! ケーリア!」


 サムウェルは独り言ちると、魔法で国境門の遥か上空を飛ぶ。国境門を飛び越えると、迫り来る死者の軍団の前に悠然と降り立つ。そして、死者の軍団に向けて馬上で愛槍を構えた。


「かかって来いよ化け物共! ここからは、俺が相手してやるよ!」

 

 その体には、周りの空気が揺らめく程の闘気が満ちる。その槍は、マナを纏い光り輝く。そして、サムウェルの孤独な戦いが始まった。

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