第86話 錯綜する情報とライン帝国の壊滅

 神の住む天空の地、現在は様々な神が右往左往している。

 ラフィスフィア大陸に戦乱が広がり混迷を極める中、邪神二柱の居場所は依然として見つからない。痺れを切らした女神フィアーナは、単身で地上に降りた。司令塔不在の天空の地では、情報は錯綜し正確な判断力を失くしつつある。そんな中、ラフィスフィア大陸にペスカ達を送った、女神セリュシオネが帰還を果たす。


「フィアーナ、フィアーナは何処です」

「セリュシオネ。フィアーナは地上に行かれましたぞ」


 女神セリュシオネは、深い溜息をついて呟いた。


「あぁ、何て身勝手な行動をするのでしょうか。仕方ない貴方、フィアーナに伝えなさい。アルキエル、グレイラス、二柱の神格を確保しました。これから消滅作業に取り掛かります」

「捕らえたのですね、素晴らしいですな」

「私が捕らえたのでは有りませんよ。半神と人間が、神二柱を倒したのです。それも付け加えて、フィアーナに伝えると良いでしょう。では私は作業に取り掛かるので、連絡は任せましたよ」


 女神セリュシオネは男神に言伝を命じると、その場から立ち去る。天空の地に戻って以来、右往左往と慌てふためく神々の姿を見て、女神セリュシオネは再び大きな溜息を吐く。


「全く、フィアーナが出払った位で情けない。他に統率する原初の神くらい他にもいるでしょうに。だから、ロメリア如きに良い様にやられるんですよ。馬鹿馬鹿しい」


 女神セリュシオネは懐から虹色に輝く魂魄を取り出して見やると、再び独り言ちる。


「本当にね、私は忙しいんですよ。こんな事なら、この魂魄を転生させてやるなんて、約束しなければ良かったですね。そう言えばもう一つ、これに近い輝きを持つ魂魄が有りましたね。賢帝でしたっけ。あの魂魄に、私の神格を少し与えて眷属化しましょう。少しは能率も上がるでしょう。皆好き勝手にやってるんです。私も好きにやらせてもらいますよ」


 ☆ ☆ ☆

 

 その一方で女神フィアーナは、エルラフィア王国の教会内で、シルビアと話をしていた。


「何てこと・・・。我々は神四柱を相手にしなければ、ならないのですか」

「そうよ。急いで南部四国を中心に、土地の活力を上げて来たわ。少しは、兵糧の足しになるでしょう」

「有難いのですが、この戦乱は邪神達のせいですよね? その相手は我々人間には、荷が重すぎます」

「大丈夫よ。ペスカちゃんと冬也君を探させてるから。東京でロメリアと一戦やった後に、こっちに送っといたのよ。ロイマスリアの何処かにはいるはずよ」

「漠然としてますね。ペスカ様達が健在なら、少しは光明が見えるのですが。何処にいるかわからないのでは・・・」

「その内見つかるわよ。あなた達はその間、頑張って絶えなさい。私は少しずつ大陸に神気を満たしていくわ。その為にも、国中上げて私に祈りを捧げなさいね」

「承知致しました。陛下にもその旨お伝え致します」

「じゃあね、これ以上死人を増やすんじゃないわよ。後、子作りに励む様にね」


 女神フィアーナは姿を消す。しかしシルビアは、困り顔になっていた。死者を増やすな、子作りに励め、この混乱中に何を言っている。しかも、神四柱を相手に世界を守るなんて無茶が過ぎる。

 だが、女神からの神託を全て陛下に伝えねばと、シルビアは王城へ急いだ。


 そして、女神セリュシオネは言伝を命じられた男神は、女神フィアーナを探して大陸を駆け回る事になる。

 既にアルキエル、グレイラスの二柱はペスカ達によって倒されているにも係わらず、フィアーナはその事実を知らずに神託を与えた。

 現代社会を知っているペスカなら、指を指して笑うだろう。情報の遅れや誤った情報は、誤った行動へとつながる。情報は敏速かつ正確に。誰もが知っている当たり前の事が、神すらも出来ていない。それは常に自分の領分のみを考える神だからこそ、混乱時に情報ネットワークが取れないのかも知れない。


 神が出来ない事が、人間に出来ようか?

 エルラフィア王国では、情報の入手に難儀していた。間諜達からは、なかなか情報が齎されず、帝国の情報やメルドマリューネの思惑は、未だ詳細が分からずにいた。その為、エルラフィア王は正確な判断が下せずにいる。

 もしあの時、出陣させてなければ。もしあの時、撤退させていれば。そんなIFは現実で通用するはずが無い。神も人も、全てが後手後手に回っていた。

 

 謁見室に到着したシルビアは、国王に女神の神託を全て報告する。国王は頭を掻きながら、ひじ掛けに頬杖をついた。

 

「神四柱がこの混乱の原因か。予想以上に酷い有様だな。ペスカ殿の行方もわからんとはな」

「陛下、女神フィアーナは、大陸を神気で満たしていくと仰いました。国中で祈りを捧げるのは、迅速に行った方が良いかと」

「そうだな。直ぐに触れを出そう。だが、死人を増やすな、子作りを励めは難しいだろうな。せめて、子作りを推奨する様に触れを出すか」


 国王は少し考える様に目を閉じる。

 確かに神託にある事は、大地の力を取り戻す為に必要なのだろう。マナの循環を滞らせない為に、新たな命は必要だ。しかし、今やらなければならない事は、それではない。そもそも、新たな命は一日やそこらで誕生しない。そんな簡単なものではないのだ。

 しかし神託を無視する訳にはいくまい。国王は、女神フィアーナを国中で大々的に祭る事と、子作り政策を検討する事を大臣達に命じる。その後、暫く逡巡する様にシルビアを見た国王は、重い口を開く。


「シルビアよ。帝国がどうなっているのか、全くわからんのだ。ルクスフィア卿、メイザー卿から連絡が無いどころか、シグルドからの連絡も途絶えておる。其方、様子を見て来てくれんか?」

「承知致しました陛下。直ぐに出立致します」

「どの国に送った間諜からも、情報が届かない現状だ。くれぐれも用心せよ」

「有難きお言葉、肝に銘じます」


 国王の命を受け、シルビアはその日の内に、帝国へ向けて出発した。夕暮れにはカルーア領を抜け、夜半に国境門へ到着する。国境門で馬を変え、夜の道をひた走る。

 帝国を馬で駆けるシルビアは、異変を感じていた。淀んだ空気、枯れ果てる木々、辺境領都に辿り着いた時にその異変は明確な形となって現れる。


 そして馬を変える為に、領都に立ち寄る。そこでシルビアが見たのは、地獄そのものだった。

 それは確か日本に滞在していた頃に、TVで見た事が有る光景である。人が人を喰らう。喰われて息絶えた死者は立ち上がり、他の生者を喰らう。死者が喰らうのは、人だけでは無い。家畜も食料も草も木も、何もかも喰らいつくす。死者はひたすら獲物を求めて徘徊を続ける。

 

「な、何これ! まるでゾンビじゃない・・・」


 呟いた瞬間、シルビアは死者達に気付かれる。そして死者達は、シルビアを喰らおうと迫って来た。


「清浄の光よ来たれ、エラーリア」


 浄化の魔法が死者達に降り注がれる。死者達は一瞬たじろぐものの、歩みを止める事は無い。


「効いて無いの! くそ!」


 シルビアには日本で蓄えた知識が有った。ゾンビなら浄化の魔法で倒せるはず。しかし、浄化の魔法が通じない。


「薙ぎはらえ、エアーカッター!」


 シルビアは、風の魔法で巨大なかまいたちを起こす。死者達の首や胴を次々と刎ね飛ばしていく。首を無くしても、胴から上が無くなっても、使者達の歩みは止まらない。

 現実は残酷である。映画やゲームの様に、頭を潰せば倒せる訳では無い。持てる知識は通用しない。


 シルビアは恐怖した。

 日本でゾンビ映画を見た時、この作品を作った者は、何て残酷な人間なんだろうと感じた。人間の悍ましい一面、科学の恐ろしい一面を垣間見た気がした。

 それが現実に起こり得るとは思っていなかった。


「何? 何これ! どういう事なの?」


 帝国で死兵の様に戦う兵士達を見た。しかし、あれはロメリアに操られていただけで、生きている兵士だった。死人が動くなど、この世界で見た事が無い。有ってはならない、生への冒涜である。

 そしてこの現象は、起こり得る可能性を想起させた。


 女神に聞かされた、地上に災いを起こしている四柱の神。そう、神であればこんな現象を引き起こす事は容易であろう。そうなれば、危惧していた帝国はどうなっている。最早、想像する余地もないかもしれない。


 帝国にはシグルドがいた。エルラフィア王国を含む大陸の南部四国。そして帝国、ミケルディアにショールケールを含めても、シグルドに敵う者はいない。

 そしてクラウスとシリウスが軍を率いて、帝国に向かっていた。エルラフィア最強の軍と、最高の指揮官が向かった。

 この状況で連絡が取れないなど、有り得ない。もし有り得るとすれば、既に全滅している可能性だろう。


 敵は神、そして倒しても蘇り増え続ける、死者の軍勢。敵うはずがない。

 

 シルビアは発狂寸前であった。

 そんなシルビアを支えていたのは、ペスカに誓った約束だった。

 守るのだ。人を、世界を、必ず守るのだ!

 

「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」


 領都を焼き尽くさんとする巨大な炎が巻き上がる。死者を片っ端から焼き尽くしていく。領都中の使者を焼き尽くして、炎は消え去る。


「これで駄目なら、逃げるしかないわね」


 焼き尽くされて死者は灰になる。灰は周囲のマナを吸収しながら固まり始め、人型を作っていく。


「嘘でしょ! マナを吸収してるの? なら、そのマナを利用させてもらうわよ」


 それはペスカと共に、数多の戦場を経験したシルビアだからこそ、辿り着いた発想であろう。シルビアは意識を集中させると呪文を唱えた。


「地を司どる神に変わり命じる! マナよ、清浄なる地に還れ! 灰は大地に還り、新たな生を!」


 シルビアの魔法で人型が崩れ去り、灰は土と一つになっていった。シルビアは片付いた事を確認すると、領都を確認して回る。炎の魔法は生きる者を対象にしていない。だが、生きている者は一人もいなかった。


 シルビアは携帯していた通信機で、王都に連絡を入れる。死者が生者を喰らう前代未聞の状況であるが、理解してもらうしか無い。有りのままを国王に報告し、シルビアは帝都へ向かう。

 急を要する事態である。辺境領で、これだけの異常事態が起きている。帝都ではどうなっているのか。そんな事は想像したくもない。


 シルビアは焦り、馬を駆ける。前回の来訪では、境界門まで三日間を要した。しかしシルビアは、昼夜を問わず、睡眠も取らずに馬を走らせる。馬に治療魔法をかけて走り、一日足らずで境界門に到着する。


 到着した境界門は固く閉じられていた。そしてシルビアが境界門の前に立った時、ゆっくりと門が開いた。

 門から出てきたのは、クラウス、シリウス、メルフィー、セムス、トールの五名だけであった。五人は、肩を貸し合いながらフラフラと歩き、門から出て来る。それぞれが深い傷を負っている。目はくぼみ、頬がこけ、一見しただけで酷くやつれているのがわかった。


 だがそれは、一つの事実の証明でもあった。

 門から出て来たのは五人だけ。帝国の民、兵士、エルラフィアの兵士達。無論、攻め込んだと思われる隣国の兵達も、ここにはいない。

 特にエルラフィア軍は、ペスカの考案した最新鋭の兵器を装備していた。にも関わらず、五人の手には折れた剣があるのみ。

 どれだけの戦場がこの先にあったのか。それは想像に難くない。領都の戦いでさえ、シルビアの心は容易く折れかけたのだから。


 門を出たクラウスがシルビアに気が付く。駆け寄るシルビアにクラウスが問いかける。


「シルビア! 何故ここに!」

「陛下のご命令で、帝国の様子を見に来ました。何が有ったのですか?」

「帝国は終りだ。門の先は死者が生者を喰らう地獄だ。生きている者は誰もおらん。我等は兵も民も全て失った」

「近衛はどうしたのです?」

「全て神の策略と、一方的な通信が有ってから、連絡が途絶えた」

「なんて事・・・」

「近衛は講和調停に向かったのだ。そして莫大なマナの使用を感じた後、隣国が攻めて来た。シグルド程の使い手がやられるとは考えたくないが、絶望的だろう」

「あのシグルド殿が・・・」

「我等は内部から崩されたのだ」


 三国が連合して攻め入った。内乱で兵力が激減していた帝国は、籠城を余儀なくされる。しかしそこに、エルラフィア軍が到着した。エルラフィア軍は、ミケルディアにとショールケールの連合と同様に、最新鋭の兵器で瞬く間に洗脳を解いていった。


 だが、帝国内の被害は甚大である。内乱に次いで、他国からの侵略。その犠牲になったのは、周辺領の民である。連合軍を治めた後、直ぐに周辺領の民を帝都で受け入れた。

 

 しかし、悲劇はそこから始まる。

 受け入れた難民の死体から、人を喰らう死体が現れた。そして喰われて死んだはずの者が立ち上がり、生者を求めて徘徊する。それは伝染する様に、加速度的に広がっていった。

 帝都中が動く死体で埋め尽くされるのは、そう時間が掛からなかった。三国の兵達も同様に喰らいつくされ、動く死体となった。燃やしても灰となって蘇る。周囲のマナを喰らい尽くし、大地は枯れ果てた。

 剣が通じる相手では無い。ましてやマナが尽きれば、ペスカの兵器は使用が出来ない。五人は何とかこの状況をエルラフィア王に伝える為、ここまで歩いてきた

  

 クラウスから聞かされた予想以上の状況に、シルビアは崩れる様に膝を折った。 

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