第63話 いざ、採掘場へ

 ラーメンを食べ終わったペスカが、声を張り上げる。


「そもそも、居住空間が無い、この馬車がいけないんだよ!」


 腕を組み鼻息を荒げて叫ぶペスカを、冬也は溜息をついて見やった。


「何する気かは大体わかるけど、材料はどうするんだよ」

「鉄がいるね」

「魔石はどうすんだ?」

「魔石はどんな鉱物からでも作れるよ。出来たら魔鉱石が良いけど」

「だから、それを何処で手に入れるんだよ」


 ペスカと冬也が言い合っている所に、翔一が口を挟む。


「採掘場が近くに有るみたいだよ。と言っても何が採れるかは、知らないけど」

「でかした、翔一君。早速行こう!」


 拳を掲げるペスカの後ろから、空の声が聞こえる。


「あのね、ペスカちゃん。行くのは良いけど、何するか教えてよ」

「戦うキャンピングカーを作るの!」

「はい?」

「へっ?」

 

 空と翔一は揃って首を傾げる。二人の様子を見た冬也が、苦笑いしながら答えた。


「二人共信じらんねぇだろうが、キャンピングカーだよ。しかも大砲付きのな」

「だから、何を言ってるんですか冬也さん?」

「そうだよ冬也。キャンピングカーなんて、作れるはずないだろ」


 空と翔一は、怪訝そうな表情を浮かべた。

 幾らなんでも、それは無い。だって、ファンタジーな世界なんだし。

 そう考えるのが普通なのだ。冬也でさえも、驚いたのだから。


 口で説明しても理解しないと判断した冬也は、地面に絵を描く。どんな馬鹿でも才能の一つや二つは持っているのだろう。冬也の描いたのは、以前ペスカが作った戦車と軍用トラックである。しかも忠実に描かれている。

 しかし、どれだけ忠実に再現された絵を見ても、空と翔一はそんな馬鹿なと信じなかった。


「ペスカちゃんは、何時も突拍子も無い事を言うからな」

「そうそう。小さい頃から夢見る少女だもんね」


 翔一と空が立て続けに言うと、ペスカは剝れて立ち上がった。


「そんな事言うなら、実物を見せてあげるよ! ははぁ~って、土下座させてあげるよ!」


 野営で一晩を明かしたペスカ達は、馬車に乗り出発をする。採掘場は野営をした場所から近く、数時間程で到着した。

 放棄されてから、かなりの年月が経過しているのだろう。採掘場には誰がいる訳でもない。渦を巻く様に地下へ向かって掘られた後。そして、崩れた建物の跡だけが残っている。

 馬車を停めて、四人は降りる。冬也と翔一は、露天掘りの周辺まで歩みを進める。


「うぉ~! でっけぇな~!」

「そうだね、露天掘りは規模が大きくなるからね」

「そこの男二人、何してんの早く来なよ!」


 二人が感慨深く採掘場を眺めていると、かつて建物が有った周辺から、ペスカの声が聞こえる。二人が歩み寄ると、ペスカの指示が飛んできた。


「お兄ちゃんは神様にお祈りして」

「何の?」

「採掘の神様だよ」


 ペスカは、打ち捨てられた祠を指さした。参拝者が消え、どれ位の時が経ったのだろう。崩れ果てた祠を見て、物悲し気な気分になりながら、冬也は神気を籠めて採掘の神に祈りを捧げる。


「採掘の神様、我らに恩恵をお与えください」


 冬也の神気に応えるかの様に、祠が淡い光を放つ。そして、冬也の神気を吸い込んでいく。冬也の神気を吸い込み終わると、祠が放つ淡い光は僅かばかりに輝きを増す。そして崩れ果てた祠は、見る間に往年の姿を蘇らせていった。


 空と翔一は驚きの余り、ポカンと口を開いて呆然としている。そんな翔一に、ペスカは指示を飛ばした。


「翔一君、マナ探知よろしく。ほら、ボケっとしてないで、早く!」


 翔一は慌てて頷くと、採掘場全体を探るイメージをし、神経を集中させる。マナを少しずつ広げていくと、地中から何かの気配を感じた。


「この真下、二百メートル位の辺りに何か有りそうだよ」

「早速お祈りの効果が出たね。ナイスお兄ちゃん! それと翔一君」

「おう!」

「どういたしまして、って僕はおまけっぽい言い方は、気のせいだよね」

「取り敢えず、見に行って来るから、空ちゃんと翔一君は待っててね~!」


 ペスカは翔一の言葉を無視して、笑顔で答える。そして冬也の手を引いて、採掘場を下り始めた。冬也について行こうとした空であったが、採掘場を見下ろすと、足がすくんで動けなくなる

 

「空ちゃんは、高所恐怖症なんだから無理しないの! お兄ちゃんは、私が独り占め!」


 ペスカは勝ち誇ったように、満面の笑みを浮かべ、空はガックリと項垂れた。

 目的は採掘場の探索である。翔一の探知に引っかかったとはいえ、何が採れるかわからない。しかし、ペスカは嬉しそうに、冬也と手を繋ぎながらスキップする。


「お前、手を繋いでスキップすんなよ。鬱陶しい」

「良いじゃない、私の心のケアもしてよ、お兄ちゃん」

「ったくよぉ。ところで神様にお願いしたろ? 探知に反応したのは、そのおかげなのか?」

「多分ね!」

「採掘の神様ってどんな感じだろうな。筋肉モリモリな気がするな」

「確かに! でも意外と美形の女神様だったりして」


 ペスカと冬也が、笑いながら神様について語っていた時に、後ろから声が聞こえた。


「呼んだかの?」


 しゃがれた老人の様な声。人ならざる者の気配。決して悪霊の類ではなく、神聖な気配である。ペスカと冬也が期待を籠めて振り向く。

 

「なんじゃ。儂を呼んだのじゃろ? 祈ってもおったし」


 そこに立っていたのは、幼稚園児と見間違う様な、少年の姿をした神様であった。

 ペスカと冬也は、共に少し呆気に取られて佇む。しかし直ぐに我に返り、反応を示した。


「キャ~! 可愛い~! 何この子!」

「おい! こんな所に子供が来たらあぶねぇだろ!」

「喧しいの。儂は採掘の神じゃぞ!」 


 ペスカは採掘の神の言葉を聞かずに、はしゃぎ立てる。


「キャ~! ほら~、高い高い~!」

「こら、持ち上げるで無い。止めんか」

「良い子でちゅね~! 高い高い~!」

「おい、聞いておるのか。坊主、止めよ。おい、撫でるな坊主、儂は子供では無い。神じゃ」


 ペスカが採掘の神を持ち上げて、冬也が頭を撫でる。それは、二人が飽きるまで続けられた。

 

 採掘の神は、元々この辺りにいた氏神で有った。かつて住んでいた土着の種族が、この地域で採掘を活発に行い、大きな信仰を集めていた。

 しかし、ラフィスフィア大陸から攻め込んで来た人間達によって、土着の種族は滅ぼされた。その後、採掘場周辺は支配者の存在しない地域になった。


 暫くして採掘場周辺は、キャットピープルの領土に併合された。しかし、採掘に興味を示さないキャットピープ達は、採掘場を放置し続けた。当然キャットピープル達は、氏神である採掘の神を信仰する筈も無い。土着種族の信仰を失った採掘の神は力を失い、だんだんと小さくなって行った。


「成程な。それで俺が祈ったのが、嬉しくなって出て来たと」

「そうじゃ」

「ねぇ。私達、欲しいのが有るんだけど」

「言うてみ」

「鉄と魔鉱石!」

「お安い御用じゃ。そうじゃな、その辺を掘ってみよ」

 

 採掘の神に言われた場所を、横穴を掘る要領で、魔法を使って掘り進める。直ぐに、鉄鉱石と魔鉱石を掘り当てる事が出来た。

 ペスカと冬也は、両手いっぱいに鉄鉱石の塊を抱えて、横穴から出て来る。

 

「あんたすげぇな」  

「翔一君の探知だと、もっと下まで降りる必要があったのに。こんな近くで、採掘出来るなんてね」

「うむ。じゃが、坊主の神気を少し貰ったせいでも有るな」  

「そっか。お兄ちゃんのおかげって訳だね!」

「間違えるで無い。儂の功績じゃ!」

「ねぇ採掘の神様、珪砂とソーダ灰って採れない?」

「うむ。暫く待ってるが良い」

「それじゃあ、私達はこれ運んでるから。よろしくね!」


 採掘の神が、ふわふわ浮きながら採掘場の下へ降りて行く。ペスカと冬也は、数分ほど歩いて地上に出る。抱えた鉱石を降ろし、荷馬車の中にある荷物を外へ出す。そして空と翔一に、荷物を降ろした周辺の片付けを任せる。


 ペスカと冬也は荷馬車を動かして、元の道を下っていた。横穴まで辿り着くと、再び採掘を始める。大量の鉄鉱石や魔鉱石を抱えて、荷馬車まで戻って来る。手分けをして、鉱石の仕分けをしながら、馬車に積み込んでいると、採掘の神が戻って来た気配を感じた。

 下を除き込むと、大人の三倍は有る砂の塊が、採掘場の下からふわふわと浮き上がって来る。


「うぉ、でか! 砂の塊が飛んできた!」

「いや、あれ神様だよ」

「そうじゃ、持ってきたんじゃ。しかし、その荷運び車は、満杯のようじゃな。ついでじゃ、このまま上まで運んでやろう」

「ありがとう。神様! 私達も戻ろっか、お兄ちゃん」


 荷馬車を冬也が操り、砂の塊を引き連れて地上へと戻る。冬也達の戻って来る様を見た空と翔一は、叫び声を上げた。まぁそれも、当然の反応なのだが。


「キャー! 冬也さん、後ろ後ろ!」

「冬也、後ろ! 何か浮いてる!」


 冬也は二人を鎮めて、採掘の神様を紹介した。砂の塊を降ろし、姿を現せる採掘の神を見て、空と翔一は目を疑う。しかし直ぐに二人は、丁寧に頭を下げた。


「うむ。そっちの子らは、素直で良いな。坊主共とは大違いじゃ」

「あの、ペスカちゃん達は、神様に何したんですか?」

「子をあやす様に扱いよった」

「何やってんのよ! ペスカちゃん、冬也さん!」

「そうだよ、神様にする態度じゃないぞ!」


 空と翔一は、顔を青ざめさせて注意する。元々咎めるつもりもない採掘の神は、慌てた様子の空と翔一を見て、声を出して笑った。

 

 荷物の片付けをペスカと翔一に任せて、冬也と空は昼ご飯の支度を始める。昼ご飯は、昨晩の残ったスープを利用した、野菜たっぷりの塩トンコツ鍋である。空を助手に使い、手早く作業を済ませて、冬也は料理を仕上げる。


「お~い。出来たぞ! 神様も食ってけよ」

「うむ。旨そうな香りじゃ」

「確かに美味しそう! 流石お兄ちゃん」


 スープを一口啜り、採掘の神様は唸る。


「うむ。なかなかの味じゃ。やるのう、坊主」

「そっか。喜んでもらって良かったぜ」

 

 食べ始めたペスカ達からも、次々と感想が上がる。


「労働の後は、美味しいさが増すね! 美味しいよ、お兄ちゃん」

「ラーメンとは、違った味わいが有るね」

「流石です。冬也さんの味、最高!」


 冬也は満面の笑みを浮かべた。


「沢山有るからな。お代わりしろよ! 神様も遠慮しないでいっぱい食えよ!」

「うむ。儂の神力も少し戻って来た様だ。供物のおかげかの」

 

 神様を加え、より賑やかになった食事。楽しい雰囲気が、ペスカ達の疲れを癒していった。

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