第61話 猫の国へ

 ミノータルの首都を出発したペスカ一行。しかし空と翔一の表情は、強張っていた。東京での戦闘は、命を落としてもおかしくはなかった。今、生きている事が不思議な位なのだ。

 その東京で大惨事を起こした、嫉妬の女神メイロードが、自分達を狙っている。そう聞かされれば、身震いするのも無理は無かろう。


 ラフィスフィア大陸で戦争が活発化している。そんな事は、空と翔一に関わり合いが無い。ましてや、戦争などと言われても、非現実的としか思えない。それよりも、自分の身を案じる。それは当然の事であろう。


「気にしてもしょうがねぇよ。やって来たらぶっ飛ばせば良いんだし」

「冬也、お前くらいだよ。神様に命を狙われて、平然としてられるのは」

「そうです、冬也さん。呑気すぎます」


 翔一、空に立て続けに言われ、冬也はムッとして言い返した。


「そんなに不安なら、特訓だ!」

「やだよ。みんなは、お兄ちゃんとは違うんだよ! 特訓して気が晴れるほど、単純じゃ無いんだよ!」

「うっせぇ、ペスカ! 怖いなら、強くなるしかねぇだろ! ビビッたまま死ぬよりましじゃねぇか! お前には、特に念入りに稽古つけてやる」

「言ったなお兄ちゃん。いつから私に勝てると思ったの?」


 首都近郊の農園を過ぎた平野部に馬車を止めると、冬也はペスカ達三人を降ろす。冬也は集中し神気を体内で循環させると、一気に解き放った。冬也から解き放たれた神気は、周囲百メートルをドーム状に包む。


「空間結界を張った。この中でマナを使おうと、誰かに感知される事は無い」

「お兄ちゃん! 何時そんな芸当が出来る様になったの?」

「さっきの女神を見てて、何と無くだ!」

「何と無くって、高等技術だよ。どんどんお兄ちゃんが、神がかってく!」


 驚くペスカを尻目に、冬也は先ず空に視線を向ける。


「空ちゃんは、空間結界を張れる様になるんだ! 見て覚えろ!」

「無理ですよ!」

「無理じゃ無い!」


 空の叫びを聞き流し、次は翔一に視線を向ける。


「翔一は、俺とバトルだ! かかって来い!」


 冬也は翔一を数分でぼろ雑巾の様にすると、ペスカに視線を送る。


「次は、ペスカだな。行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待って、キャー!」


 冬也はペスカとの距離を一瞬で詰めると、ペスカに掌底を放つ。ペスカはギリギリで避けて、距離を取りながら魔法を放った。ペスカの魔法は、全て冬也にかき消される。再び冬也は距離を詰めて、上段蹴りを放つ。ペスカは飛翔し、冬也の蹴りを避けて魔法を放った。

 冬也が攻めて、ペスカが躱しながら魔法を放つ。そんな攻防が数十分過ぎた所で、ペスカが苛立ち始めた。


「くっそ~。お兄ちゃんの癖に調子に乗って。空ちゃん、オートキャンセルで結界よろしく。翔一君は結界内に早く入って!」


 ペスカが大声で叫ぶと、空は素早く自分の周囲に防御結界を張り、翔一がその結界内に素早く転がり込む。ペスカは空達を見やると、冬也の作った空間結界を、覆い隠すほど大量の炎球を作りだした。


「調子に乗ったお兄ちゃんに、愛のムチだ~!」


 炎球は、一斉に冬也を襲う。しかし冬也は微動だにせず、神剣を作り出して炎球に向けて振るう。大量の炎球は、神剣の一振りで一瞬にして消えうせる。

 次の瞬間には、元の場所にペスカはいない。冬也の背後から、大きなハンマーを振りかざして、ペスカが迫る。冬也はハンマーを神剣で受け止めるが、威力に圧される。ハンマーを受け止めるのを諦めて、受け流そうとする。しかし完全に受け流しきれず、ハンマーは冬也の肩口を僅かに掠める。


 ハンマーの衝撃で少し眩んだ冬也を狙い、ペスカはハンマーを横薙ぎに振るう。ペスカのハンマーが、冬也を捉える。しかし同時に、冬也の蹴りがペスカの鳩尾に入る。二人は共に吹き飛ばされて、暫く立ち上がらなかった。

 倒れながらも、体内に流れるマナで治癒を行っているのだろう。暫くして立ち上がった両者は、何事も無かった様な表情を浮かべていた。


「うぁ~、もう! 痛いよ、お兄ちゃん!」

「ペスカは合格! 次は空ちゃん行くか?」

「嫌、嫌です。絶対嫌!」


 空は涙を浮かべて顔を横に振り、怯える様に後ずさりした。ペスカは庇う様に、空の前に立つ。


「パパリンみたいなスパルタ特訓は、お兄ちゃんだから耐えられるんだよ! 普通の人と一緒だなんて、思っちゃ駄目! 空ちゃんと翔一君の特訓は私がやるよ!」

「そうして貰えると、僕も助かるな」


 翔一が呟くと、空は大きく何度も頷いた。特訓が必要なのは、翔一と空も充分に理解している。神と一戦交えるなら、今のままでは力不足なのだ。

 怖いなら、それを乗り越えられる位に鍛えればいい。そんな冬也の理屈も、理解はしよう。しかし、現実はそれほど簡単にはいかない。その理屈は幼い頃から過酷な訓練を行ってきた、冬也だから言える台詞だと思える。


 しかしペスカの特訓が温い筈もない。結局この日は、日暮れまで特訓に費やされた。空と翔一は疲労で一歩も動けず、その場で野営を行った。

 空と翔一は、まだ気がついていない。冬也とペスカ、この二人と自分達の違いに。必要なのは、腕力や戦いの技術、ましてや魔法の威力、そんな見掛け倒しの力ではない事に。

 

 通常、首都から馬車で国境まで一日で到着する。しかし、特訓に時間を割いたペスカ達は、二日かけて国境沿いに到着した。

 通行許可書を提示し、簡単に関門を抜ける。


「首都で何人か見かけたから知ってるけどさ、おっさんの猫耳は不気味だな。語尾がニャンじゃ無くて良かったぞ」

「お兄ちゃん、可愛い猫耳少女は、街に着くまで我慢だね」

「冬也。キャットピープル達は、商売で生計を立てているそうだ」

「冬也さん、可愛い猫耳少女ばかり見るのは、駄目だと思います」

「なんだよみんな、興味有るだろ? 猫耳少女」

「特に無いよ。いつからお兄ちゃんは、二次オタになったの?」

「僕は特に興味ないよ、冬也」

「がっかりです、冬也さん!」

 

 ここぞとばかりに冬也は弄られる。そして馬車内に笑いが起きた。しかし、呑気な旅は長く続かない。行き交う馬車からは、ミノータルでは無かった視線を感じる。街道沿いで休憩しているキャットピープルからは、異物を見る様な目線を向けられ、冬也達の馬車が近づくと、慌てる様に逃げてしまう。


「なぁ、随分警戒されてねぇか?」

「縄張りに入って来た、侵入者に対する猫の本能だね」

「呑気に解説してんな、翔一! 商売人の国なんだろ? 警戒心丸出しじゃあ駄目だろ!」

「多分違うよ、お兄ちゃん。私達が亜人じゃなくて、人間だからじゃない?」


 更に馬車を走らせると、武器を携えたキャットピープルの集団が、街道を塞ぐ様子が見える。流石に冬也は、馬車を停止させた。


「なぁ、あれって?」

「この国の兵士じゃない?」


 冬也とペスカが話をしていると、集団が大声を上げながら近づいて来る。


「貴様らだな不審者は! 大人しくしろ!」


 集団は武器を構えて、馬車を取り囲む様に展開する。


「俺達、何もしてねぇぞ。通行許可証も持ってる!」

「言い訳するな! 通報が有った。不審者は即逮捕だ!」


 冬也の説明を聞こうともせずに、集団は問答無用とばかりに襲いかかって来た。


「お兄ちゃん。攻撃しちゃ駄目! 翔一君!」

「眠れ、眠れ、永久に。夢の彼方に落ちて行け」


 反撃しようとする冬也を、ペスカが止める。すぐさま翔一が、集団に催眠の魔法をかける。翔一の魔法を受けた集団は、崩れ落ち眠り始めた。

 

「それでペスカちゃん、この人達どうするんだい?」

「翔一君、魔法で拘束してから、睡眠を解いて。この人達には、話しを聞かないとね」


 翔一はペスカの指示通りに、魔法で集団を拘束をする。睡眠を解いた途端に、拘束を解こうと集団が暴れ始めた。


「貴様ら何をする! これを解け! 反逆罪だ! いや、この場で死刑にしてやる!」


 ペスカは、集団の様子に違和感を感じた。キャットピープルとは、ミノータルの首都でもすれ違ったのだ。他の亜人達からも、異物を見る様な視線は感じていた。しかし、ここまで敵愾心を露わにされる事はなかった。

 ペスカは集団の様子を一瞥した後、冬也と翔一に視線を送る。


「お兄ちゃん、翔一君、この人達に何か感じない?」


 ペスカの意図を読み取った冬也は、神気を目に集め集団を眺める。そして翔一は能力感知を展開させて、集団のマナをつぶさに調べた。

 

「ペスカ! こいつ等全員、マナに何か混じってやがる。何かされたんじゃねぇか?」

「あぁ、冬也の言う通りだ! 彼らの中に違和感が有る!」

「混沌の神って、どいつも狡い手で来るね! 空ちゃん、新必殺技だよ!」


 ペスカの指示で、空は異能力のオートキャンセルを自身の周りで無く、集団に向かって展開させる。次々とパキリと音がし、集団は昏倒して行った。ペスカは直ぐに兵士の一人を叩いて、目覚めさせる。

 キャットピープルの兵士は、目を覚ましても拘束されたままである。体の自由が利かない状況に慌て、周囲を見回し喚きたてた。


「何故だ。何故、拘束されている? 貴様らは何者だ? 我々をどうするつもりだ?」


 落ち着ける様に姿勢を低くし、ペスカは話しかける。


「あのさ、あんた達は何をしに来たの?」

「我々は、不審者の通報を受けて、逮捕しに来た」

「不審者って?」

「人間だ! 人間は捕らえなければならん」

「それは、国の法律?」

「そんな法律は、この国に無い! 我が国は誰でも受け入れる、開かれた国だ!」

「じゃあ、誰の命令?」

「誰の命令とは何だ? ん、誰に命令された? 何故、人間を捕まえなければならんのだ?」


 段々と目を泳がせ始めるキャットピープルを見て、ペスカ達は顔を見合わせた。一先ずペスカは通行許可証を提示し、不審者で無い事を説明する。合わせて、不当な暴力を受けそうになった為、仕方なく拘束した事を付け加えた。

 キャットピープルは理解した様で、神妙な顔つきでペスカ達に謝罪をした。


「申し訳なかった。何故この様な事になったのだろう? 領主には報告しておく。安心して滞在して欲しい」


 キャットピープル達の拘束を解くと、集団は一様にペスカ達に頭を下げて帰って行った。


「随分と先行き不安な展開だな!」

「そうだね、お兄ちゃん。この状況だと、不用意に町へ近づくのは危険かもね」

「ペスカ、そう言っても、どうするんだよ?」

「翔一君、ちょっと地図出して」


 地図を見てペスカは唸る。暫く考える様に、地図を見つめると徐に口を開いた。


「ちょっと町に入らず、迂回しながら西へ向かおう」

「それは住人達も、彼らと同じ可能性が有るって事かい? さっきの様に解除はしないのかい?」

「翔一君。そんな事したら、汚染をした神に居場所を教えてる様なもんだよ」

「なるべく、住民達との交流は避けるって事だね」

「そう言う事。街道を進むのも避けよう。理解したら皆馬車に乗って。出発するよ」


 ペスカ達は馬車に乗り込み出発する。目指すは西に有る魚人の国。不安を抱えてキャットピープルの国を進む四人に、更なる困難が訪れ様としていた。

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