第49話 母校炎上 その2

 ペスカが呪文を唱え始めるより、時は数分前に遡る。東校舎二階の教室に辿り着いた冬也が中を除くと、女生徒が教室内の至る所を爆破させていた。


「何だあの能力? あんた等は危ねぇから、下っててくれ」

「待て、君!」


 消防隊員が止める暇も無く、冬也は走り出す。教室内は無造作に破壊され、机や椅子どころか床が抜け落ちかけていた。一足飛びで冬也は女生徒に近づき、掌底で気絶をさせる。冬也は女生徒を抱え、所々抜け落ちる床を飛び越える。

 冬也が女生徒を消防隊員に引き渡した時に、三階に続く階段上から火の勢いが増し、燃え広がる光景が見えた。


「君、これ以上は無理だ! 上は火の海だ。我々もここから離脱出来なくなる」


 消防隊員が声を荒げて冬也を止めようとするが、冬也は首を縦に振る事は無かった。


「あんた等はその子を連れて、早く外に出ろ! 後は俺に任せろ」

「馬鹿な事を言うな!」

「馬鹿はあんた等だ! 救える命が有るなら直ぐ動け! あんた等はその子。俺は上で暴れてる馬鹿野郎を止める」

「無謀だ! 戻るんだ!」

「無謀じゃねぇ! 問答している時間があるのか! 早く走れ!」


 一緒に戻ろうと諭す消防隊員の腕を払いのけて、冬也は走り出す。

 何故それほど、冬也を駆り立てるのか? それは正義感か? いや、意地だろう。

 冬也は己のマナを使い、身体強化を使い続けている。そして己のマナは、冬也に問いかける。


 お前は何をしているのだ?

 無様に敗北し、のうのうと生きていられるのか? 

 悔しくはないのか?

 いま起きている出来事は、全て邪神ロメリアが原因だ。

 お前を狙っている。ペスカを狙っている。

 それでも、お前は何もせずにいられるのか?

 ペスカを守る? ふざけるな! ペスカに助けられたのはお前だ!

 友を守る? お前には無理だ! 

 シグルドを助けられない。トールを守れない。帝国を救えない。

 そんなお前に何が出来る!

 お前には、何も出来ない! お前の様な弱者は、願いを叶える事は出来ない!

 違うか敗北者よ! 答えてみろ、東郷冬也!


 冬也は帝国での敗北を、思い出していた。

 神に挑んだ挙句、無様に散った。その悔しさよりも、情けなさが勝っていた。異世界に渡ってから、ずっとペスカに助けられてきた。自分が守るべき対象に、守られてきたのだ。

 自分は何もしていない。ペスカの作った兵器を使っていただけだ。トールの命を救ったのはペスカだ。シグルドの命を救ったのもペスカだ。何より、倒れた自分が生きているなら、それはペスカが守ってくれたからだろう。


 情けない、情けない。ならどうする? 敗北したまま、膝を抱えるだけか? 

 違う! もう負けない! 次こそ勝ってみせる!

 

 邪神ロメリアが東京にいる。そして間接的に、自分達へ干渉しているのは何故だ?

 怖いからだろ? 奴は俺達が怖いんだ!


 邪神ロメリアが能力者を増やし、東京に混乱を巻き起こしているのは何故だ?

 恐怖や怒りの感情を集める為だろ? 見ろ、外の奴らを! 怖くて震えてやがる。


「だったらいつまでも、負けっぱなしじゃいられねぇよな! シグルド! 俺は、お前の様に勇敢に戦って見せる!」


 ただの意地、それの何が悪い。負けたくない、勝ちたいと思うから、再び立ち上がれる。

 一人では戦えない? 違う! 立ち向かう心は、自分の中に有る。それでいい。

 自分が誰かを守りたいと思う様に、誰かもまた自分を守りたいと思う。それが仲間なのだ。全知全能ではない、自分の出来る事は限られている。だから、仲間の力を借りるんだ。

 

 自分に出来る事を、全力で! その想いが、今の冬也を動かしていた。


「翔一、次はどこだ?」

「西校舎の三階、階段から二つ目の教室。ポンプ車の放水が間に合わない程、火の手が凄い。早く戻れ!」

「お前までそんな事言うな! 俺を信じろ!」


 消防隊員は悔し気に顔を歪ませて、女生徒を抱え階段を降りて行く。冬也が炎を切り裂きながら走る。三階へ続く階段を登り切った所で、大きな爆発が起きた。

 凄まじい爆風と、廊下を埋め尽くす炎が冬也を襲う。しかし冬也は爆風を足を踏みしめて、より意識を集中させる。爆風とそれに伴う炎の流れは、冬也の目前で二つに割れる。しかし、炎の勢いは増すばかりで、冬也はなかなか前に進めずにいた。


 冬也が炎の勢いに抗っている時、校舎全体を覆う様に激しい雨が降り注いだ。豪雨の影響で、炎の勢いが弱まっていく。その隙を逃さず、冬也は走り出す。目的の教室内には、豪雨に抗う様に激しい炎を撒き散らす、冬也のクラスメイトがいた。

 そして冬也は、零す様に呟く。


「最後は雄二、お前だったか。今助けてやる」


 雄二は既に朦朧となっている。それでも、能力を使い続けていた。爆発の影響で窓は尽く割れ、ドアも壁も崩れ落ちている。影響は教室内に止まらず、廊下中の窓が吹き飛ばされている。教室を含む周囲は、床すらも抜け落ちそうになっていた。

 

 冬也が教室に一歩踏み出した時に、限界を迎えた教室の床が抜ける。床と共に、雄二が二階に落ちていく。そして冬也は、雄二へ向かって飛んだ。

 この瞬間、冬也の集中力は最大に高まっていた。冬也の目には、崩れ落ちて行く床とクラスメイトの姿が、スローモーションの様に映っていた。高まる集中と共に、体の奥底に熱い力の奔流を感じる。冬也はその奔流に触れ、全身に巡らせる様に流れさせる。


「待ってろよ雄二。必ずお前を助けてやる!」


 落ちて行く友人を絶対助ける。それには、自分の体を浮かす必要が有る。そう、飛ぶように。冬也が強く意識をすると、思い通りに体は宙を駆ける。

 落下しながらも雄二は、炎を撒き散らす。冬也は空中で体を動かし、炎を手刀で斬り払う。そして体を回転させながら、雄二の鳩尾に踵落としを入れて気絶させる。二階の教室に着地すると、雄二をがっしりと受け止めた。


 しかし直ぐに、頭上から炎が降り注いで来る。雄二を抱えたまま、冬也は二階の教室を出る。そして廊下の窓を蹴破り、外へと飛び出した。

 外に飛び出した冬也は、雄二を抱えたまま、力尽きた様に落下する。


「おに~ちゃんを守れ~!」


 ペスカの大声が聞こえると、冬也の体を空気の塊が包み込み、ゆっくりと降下させた。下では消防隊員が、着地を待ち構える。

 着地した冬也は、消防隊員に雄二を引き渡すと、へたり込んだ。


「君も早く非難するんだ!」


 消防隊員の怒声に、冬也は重い体を動かし歩き始める。雄二が担架に乗せられ、運ばれて行くのを冬也は見送る。

 空は担架に近づくと雄二に触れる。他の生徒同様にパキリと音を立てた。そしてペスカは、冬也に駆け寄りしがみつく。続いて翔一も冬也に駆け寄った。


「おに~ちゃん。大丈夫?」

「あぁ。助かったよペスカ。お前だろ、雨降らせたり、ゆっくり降ろしてくれたの」

「うん。良かったお兄ちゃんが無事で」

「冬也、余りハラハラさせるなよ。何にせよ無事で良かった」

「案内助かったぜ翔一。最後の一人は雄二だったぞ」

「そうみたいだね。でも、全員助けられた」


 最後に空が、冬也に駆け寄りしがみ付く。


「冬也さん。気を付けてって言いましたよね。何でこんなに無理するんですか!」

「大丈夫だって、空ちゃん。それに人助けが出来たんだ」

「そう言う問題じゃ有りません。冬也さんが怪我したらどうするんですか?」


 捲し立てる空に帰す言葉が無い冬也は、黙って空を撫でる。空の様子を見ていたペスカは、上目遣いで冬也に語り掛けた。


「お兄ちゃん。私、全部思い出したよ。お兄ちゃんは?」

「俺もだペスカ。自分のマナを使った時に思い出したよ」

「今度こそ決着付けるぞ」

「そうだね。お兄ちゃん」


 空と翔一は、互いに首を傾げる。だが二人の顔には、付き物が落ちた様な、晴れやかな表情が浮かんでいた。それを見た二人は、理解をする。記憶を取り戻したのだと。


 四人は、互いの顔を見つめ合う。そして互いの健闘を称える様に、笑顔を浮かべた。

 燃え盛る校舎に飛び込んだ冬也の無事。暴れていた五人の能力者を助け出した。忘れていた人達から、記憶を呼び覚ました。要因は色々と有る。だが四人の内、誰が欠けても成し得なかった。

 それは一つの達成感なのだろう。


「モテモテだなぁ冬也。美少女二人に抱き着かれて、ハーレムか? 盛ってんじゃねぇぞ、クソガキ!」

「なんだと、糞親父! 茶化してんじゃねぇぞ!」 

 

 四人が喜びに浸り、消防隊員が駆け回る中、遼太郎はグランドをゆっくりと歩いていた。そして、四人の傍まで近寄ると、腕を組んで言い放つ。 

  

「皆ご苦労だったな。期待以上の成果だ」

「親父! 何の用だよ!」

「お前らの尻ぬぐいって言ったろ。色々思い出したんなら、敵さんの本拠地に乗り込むぞ」

「パパリン。糞ロメがどこにいるのか、わかったの?」

「当たりめぇだろが。秘密組織を舐めんなよ! 全員、ついて来い」

  

 ペスカが降らせた雨で、鎮火の傾向にある。だが依然として、校舎の火災は続いている。後の事は専門家に任せ、四人は遼太郎の後に続く。

 バリケードテープを抜けた先には、真っ黒なワゴンが止まっていた。遼太郎は、四人にワゴンへ乗る様に指示をする。


「待てよ親父! あの糞野郎がいるのは、どこなんだよ」

「高尾だ!」


 一行を乗せた黒いワゴンは、目的地へ向けて走り去る。邪神ロメリアとの再戦が、目前に迫っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る