第29話 動き出す世界

 教会を出たペスカ達は、重い足取りで憲兵に通行許可を得て、戦車で橋を通る。戦車を止め、城内に入ると入り口を抜けた先には、クラウスが待っていた。


「久しぶりクラウス」

「お久しぶりですペスカ様、冬也様。お元気そうで何よりです。南通りが祭りの騒ぎになっておりましたので、ここに居ればお会いできるかと」

「クラウスも元気そうだね。シルビアは無事?」

「えぇ。こちらは問題ありません。ところでメイザー領の話は」

「王様の前でも、ちゃんと説明するよ」


 クラウスとの軽い挨拶を終えると、ペスカは冬也に向き合う。そして、下から覗き込む様にすると、上目遣いで冬也に話しかけた。よくある、女性がおねだりをする構図である。しかしこの時のペスカは、どちらかと言えば冬也への忠告であろう。

 ペスカの親族として、連れてきているのだから、滅多な事では叱責を受ける事は無いだろう。だが、宮廷内の作法を知らない冬也の態度が、いつ王や大臣の逆鱗に触れるかわからない。


「お兄ちゃん。ここからは、あんまり目立たない方がいいよ。後、くれぐれも王様には、喧嘩を売らないでね」

「当たり前だ、ペスカ。兄ちゃんだって、知ってるぞ。王様の前に行ったら、片膝突いて頭を下げれば良いんだろ? それで許可されるまで、静かにしてりゃ良いんだ!」

「偉い偉い。取り合えず、王様への対応は私に任せてね」


 クラウスに案内され、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には、エルラフィア王族を始め大臣等、国の重鎮達が顔を揃えていた。とても歓迎されている様な雰囲気ではない。誰もが暗い表情を浮かべており、謁見室には緊張感さえ漂っていた。

 エルラフィア王の鎮座する壇上前まで来ると、クラウスとペスカは片膝を突いて頭を垂れる。冬也はペスカ達に倣い、同じく片膝を突く。緊迫した空気の中、重々しくエルラフィア王が口を開いた。

 

「皆、面を上げよ。ルクスフィア卿、よくぞ参った。そちらがペスカ・メイザー殿でよいか?」

「陛下、恐れ入りますが少し訂正を。今はペスカ・トウゴウと名乗られております」

「トウゴウ? まあ良い。ペスカ殿で間違い無いのだな。トウゴウ殿、良く参られた」

「陛下。東郷は二人おりますので、私はペスカで構いません」

「そうか、ペスカ殿。そこの者は?」

「冬也・東郷。私の兄でございます」

「フム。早速メイザー領の詳細を報告して頂けないか」


 ペスカは、メイザー領で起きた出来事を詳細に説明した。クラウスが補足する様に、メイザー領境界の状況を説明する。説明を聞き終わる頃、王族を始め一同が眉をひそめた。

 再びゆっくりと王が口を開く。

 

「そうか。ロメリア教残党達の騒ぎが各地で相次いで起きている。各地の領主達は鎮圧に追われている」


 エルラフィア王がそれだけ言うと、少し言い淀む様に口を閉ざす。その表情は明るくない。

 確かに、望ましい状況でない。今のロメリア教残党であれば、小規模のテロ行為では収まらない。メイザー領での出来事が、他領でも起こりかねないのだから。だが、ここまでならば、ペスカの想定した範囲内である。

 しかし、大臣が王に告げた事により、事態は一変する。


「陛下。例の話しを」

「わかっておる。実はな、東の帝国が我が国へ侵略を開始した」


 それを聞いたペスカ達は、深い息を吐いた。予想以上に早く、邪神ロメリアが手を打ってきた。今回は、モンスターをけしかけるのではなく、人間同士の争いを起こさせようとしているのだ。

 だが、王の言葉はペスカの想定を遥かに超えるものであった。


「それだけでは無い。北では小国同士の戦争が始まったそうだ。全て二十年前の戦時に参加した国々だ」


 ペスカ達は驚きの余り、言葉が出てこない。

 二十年前と同様に各国で手を取り合い、邪神ロメリアに対抗する。その目論見が、事前に潰されたのだ。邪神ロメリアは、大陸各地で戦争状態を引き起こし、大陸中を混乱の渦に巻き込もうとしている。

 しかも東の帝国は、同盟の中でも最重要国であり、最大の戦力を誇る国である。その帝国に責められれば、エルラフィア王国とて無事では済まない。

 そこに、以前と同様にモンスターの侵攻があれば、世界が終わる。


 ペスカは隣で膝を突くクラウスを見やる。すると、クラウスも顔を真っ青に染めていた。

 クラウスの傍には、シルビアという諜報員がいる。そして、至る所にアンテナを張っている。そのクラウスが知らないならば、ここ数日に起きた出来事か、信憑性が低く混乱させない様に黙っていたかの、いずれしかないだろう。

 

 この時、ペスカは完全に理解した。

 この話が、領主達には告げられず、国の重鎮にしか伝わっていなかったと。周知しなかった理由は、混乱を避ける為でも有ったのだろう。しかし、大陸中が戦争へと動き出そうとしているなら、取らなければならない行動が有ったはずなのだ。


 詳細な情報の入手、国同士での話し合いは、先立って行わなければならない。話し合いで解決出来るか否かの判断も当然である。エルラフィア王国が介入し、問題が解決するなら、それに越したことはないのだから。

 同時に、自国の防衛手段も検討する必要があるだろう。領内では、ロメリア教残党達の騒ぎ、国外では戦争となれば、戦力が足りる訳がない。

 少なくとも、手足となる人材には詳細を通知し、対処させるべきであったのだ。特に近衛隊のシグルドの様な存在、懐刀と呼ばれるシリウスやクラウスに周知が有っても良かったはず。

 呑気にペスカ達を呼んでいる暇など無いはずである。敵は二重三重の策で、ペスカが来るのを待ち受けていたのだから。

 

 数秒の後、クラウスがエルラフィア王に質問を投げかける。


「陛下。私は、帝国や北の小国の怪しい噂は、耳にしておりません。いったい何が起きたのでしょう?」

「それが全くわからんのだ。開戦も数日前の事だ。突然の連絡に我らも困惑しておる」

「東の帝国の侵略はどの様な状況でしょうか?」

「軽い小競り合いが続いており、今の所大きな被害は出ていない。攻めて引いてを繰り返しておるそうだ」


 エルラフィア王とクラウスのやり取りを、冬也が黙って見守る横で、ペスカは怒りに打ち震えていた。


「ペスカ殿のご意見は如何かな?」

「メイザー領でのモンスター大量発生、各地で残党が起こす騒動、帝国の侵攻、これ等一連が全く関係無いとは思えません」

「すると、全てロメリア神が関係していると申されるのか」

「可能性は高いかと」


 ペスカは煮えくり返る様な思いを抑えつけ、エルラフィア王に答える。


「取り巻く状況が良くわからなければ、対処も出来ぬ。現在、緊急で各領の代表を呼んでおる。三日と立たずに揃うだろう。そなた等には、これから行う会議に参加して貰いたい」


 ペスカ達は了承し、謁見室の退室を許される。ペスカは謁見室から出ると、いきり立ち壁を蹴飛ばした。


「あの糞神、やりたい放題しやがって」

「落ち着けペスカ。今は対策を考える方が先だろ」

「だって、お兄ちゃん」


 ペスカが苛立ちを隠せずにいると、兵士の一人が急き込む様に謁見室の扉を開け放った。


「緊急事態です。黒いドラゴンが五体。王都南方の上空に現れました」


 俄かに謁見室内が騒然とする中、ペスカは凄みのある笑みを浮かべた。そしてペスカは、謁見室に響き渡る様な大声で叫んだ。


「そいつら、私達に任せて貰おうか~!」


 ペスカは冬也の手を引き、駆け足で城内を出る。黒いドラゴンが、商業区域に五体飛んでいるのが見える。急ぎ戦車に乗り込むと、堀に掛かる橋の前に陣取った。


「よし。お兄ちゃん、魔攻砲発射準備だよ」

「そう言われてもどうやるんだ?」

「そこにスコープがあるでしょ? それで標準を定めて。マナを充填したら、発射! 大丈夫。お兄ちゃんが絶対当たると思って発射すれば、多少ずれても追尾して命中するから」

「よし。任せろペスカ」


 冬也は、ドラゴンの一体に狙いを定めて、魔攻砲の発射準備をする。


「お兄ちゃん、準備良い? 魔攻砲発射、てー」


 ペスカの掛け声と共に、冬也は魔攻砲を撃つ。魔攻砲は、すこし狙いがずれて飛ぶが、誘導された様に命中すると、ドラゴンを消し飛ばした。


「第二射、よ~い。て~」


 二射目も見事に命中し、ドラゴンを消し飛ばす。続けて連射し、残りの三体も見事に消滅させた。


「よっしゃ~!」

「ナイスお兄ちゃん! ちょっと、すっきり~!」


 突然現れたドラゴン、それは直ぐに爆音と共に消し飛ばされる。それを目の当たりにした民衆を始め、王族達も驚きの余り腰を抜かして座りこんでいた。

 鬱憤を晴らしたペスカと冬也は、迫りつつある危機を忘れるかの様に、両手を上げて喜んでいた。

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