第22話 領都奪還戦 その2

 領都シュメールは、未だ安全には程遠かった。一時の緩和状態が嘘の様に、モンスターは続々と溢れて来る。

 何か意図が有ったのか、漆黒のドラゴンの影響で別の場所へと追いやられていたのか、理由は定かではない。ただ、漆黒のドラゴンが消滅した直後に、モンスターは湧き出て来た。

 そしてペスカは、モンスターを自分に引き付ける様に、立ち回っていた。それは休む冬也に対し、向かってくるモンスターがいない事からも、明らかであろう。


 ペスカが戦い慣れている事は、充分に理解させられた。間違いなく冬也より、戦力になっているのだ。しかし、どれだけ強かろうと、多勢に無勢である。ペスカのマナにも限界はあるだろう。

 ペスカの行動は、傷ついた冬也を休ませる為に他なるまい。冬也の傷は魔法で塞がっている。しかし流れた血は戻らない。


 戦場においても、兄の体を優先する妹。体を張って妹を守ろうとした兄。だが戦闘は続いている。まだ救われていない命が有る。


 何の為に、この戦場へ足を踏み入れた。何の為に厳しい修行を重ねて来た。痛みは、戦わない理由にならない。

 兵士であれば、自分の身を第一に考える場面も有るだろう。しかし自分は違う。こんな時に、ペスカを守れなくて何になる。


「全部、俺が守ってやる。ペスカ、今いくからな!」


 冬也は動かない体を、無理やりにでも動かし立ち上がる。そして、遠くに見えるモンスターの群れへと突っ込んでいった。


 思う様に体は動かない。多くの血を失っているのだ、当然の事だろう。しかし、冬也の体は記憶している。日々繰り返して来た型、相手の呼吸に対応する技。異世界に来てから魔法を覚え、豆が何度も潰れる程に剣を振って来た。そしてドラゴン戦では、新たなマナの利用方法を模索し、体現してみせた。


 追い詰められた時に真価を発揮するならば、冬也にとってそれが今なのだろう。流れ出すアドレナリンが痛みを消していく。そして、冬也の体にマナが漲っていく。拳、足、そして剣にまでもマナが行き渡る。

 

 冬也の正拳はモンスターの胴を繰り抜いた。そして蹴りは、モンスターの頭部を破壊した。剣は易々とモンスターを両断する。魔法とは、物理的現象を起こす事だけには収まらない。

 冬也はマナを利用して、身体を強化する戦い方を身につけ始めていた。


「お兄ちゃん、まだ休んでなきゃ」

「お前にばかり、危ない目に会わせらんね~だろ」

「ん~。お兄ちゃん。後でぎゅっしてあげる」

「いいから、前見ろ!」


 ペスカも冬也に応える様に、強大な魔法を放ち、モンスターの数を減らしていく。どれだけ数を集めても、モンスター程度では二人を倒す事は出来ない。そう思わせる程に、二人は次々とモンスターを駆逐していった。


 ☆ ☆ ☆


 ペスカ組がモンスターと対峙している一方、シリウス組は街に潜入し、工場へ向かっていた。


「ペスカ様のおかげで、順調に街に入れましたが」

「油断するな。恐らく奴らは工場に集中している筈だ。姉上には申し訳ないが、少しでも釣られてくれれば」


 シリウス組の前に現れたモンスターは数体程であり、工場まで難なく進む事が出来た。それだけ上手く、ペスカ達がモンスターを誘導出来たのだろう。

 そして問題の工場の周囲にはモンスターの影は無く、薄っすらと光に包まれた工場が有るだけだった。


「シリウス様、モンスターが全て、ペスカ様に引き寄せられたのでしょうか? 流石に変では?」

「確かにな。だが、事態は一刻を争う。私は扉の解錠を行う。貴様らは、周囲の警戒を密にせよ」


 シリウスが呪文を唱えると、工場を包み込むような光が消える。シリウスが扉を開け、住民達の安否を確認しようとした瞬間、横薙ぎの突風が吹き荒れた。


「お待ちしておりましタよ。今代のメイザー卿は、随分と愚か者の様だネ」

「何者だ。出て来い!」

「イヤハヤ。忌々しいペスカの結解を、壊す事は出来なかったガ。そちらから開けてくれるとは。予想以上の出来ダ。住民どもを逃がしてやったかいが有ると言う物だネ」


 現れたのは、真っ黒身体に真っ黒な翼をを持った、人間とドラゴンを掛け合わせた様な怪物だった。宙に浮かぶ異様な姿に、シリウス達は息を呑む。


「私を忘れたかネ? 会った事は有るんだが。名乗らないと解らない程、愚かなのかネ」

「貴様らは、早く工場の中へ入り、兵器の用意をしろ! こいつの相手は私がする」


 シリウスは、怪物を横目に部下たちに指示を出すと、怪物に向かい合った。


「随分と、生意気な事を言うようになったネ。姉の影に隠れて怯えていた小僧が」


 怪物が翼をはためかせると、突風が吹き荒れる。吹き飛ばされそうになりながらも、シリウスは魔法で、入り口を塞ぐ様に壁を作り出した。尚も怪物は翼をはためかせる。しかし、シリウスは工場を守る様に、魔法障壁を張り突風を防いだ。

 障壁を張りながらもシリウスは、怪物の話し方に既視感を覚えていた。


「その話し方、ドルクか? 死んだはずだ!」

「ようやく解ったのカネ。昔も今も頭の悪い小僧だネ」

「何故ここに居る? 何が目的だ?」

「オヤ。今度は時間稼ぎかネ。無駄だヨ。アァそうだ、これに耐えられたら、少し話してあげても良いヨ」


 ドルクが大きく口を開けると、大人の男程の大きさの火の玉が数個、吐き出されシリウスへ向かった。シリウスはマナを注いで魔法障壁の強度を増し、火の玉に耐え様とする。しかし、威力に耐えきれず魔法障壁はひび割れていく。


 一見、劣勢に見える勝負である。しかし、シリウスは冷静であった。寧ろ、窮地に立たされた時に冷静になれない者が、国王の懐刀と呼ばれるはずがない。

 シリウスが選択したのは、自らが盾になる事である。時間さえ稼げれば、攻撃手段は有る。それがわかっているからこその、判断であった。


 続けざまにドルクは火の玉を吐きだす。シリウスは咄嗟に、二重の魔法障壁を張る。火の玉の勢いを相殺する様に、魔法障壁は砕けていく。だが、それで良い。ドルクの絶え間なく続く攻撃を、シリウスは冷静に、幾つも魔法障壁を張り直しながら耐え続けた。


「少しはやる様になったのかネ。仕方ない、私が死んだかって? あれが私だと誰が言ったのカネ」

「姉上と確認した。確かにお前の死体だった!」

「そうか、案外上手く行った様だネ。あの糞メスを騙すのは苦労したんだヨ」

「モンスターはお前の仕業だな」

「そうだ。それが何かネ」

「目的は何だ? 工場か?」

「工場? 馬鹿カネ、そんな物はついでだヨ。目的? 決まっているヨ。あの忌々しい糞メスが生きていると聞いたんでネ。私の手で殺してやるのだヨ。こうも見事に餌に食いつくとはネ」


 興奮した様に、ドルクは早口で捲し立てる。そして大きく口を開け、工場よりも大きい炎を吐き出す。シリウスは咄嗟に、工場を包み込める程に大きい魔法障壁を、幾重にも張って対抗した。

 しかし、威力はドルクの炎が勝っていた。巨大な炎は渦を巻き、熱風を作り出す。単純な炎の魔法ではない。周囲は、異常な高温に晒される。

 そして、バリ、バリっと音を立てて、魔法障壁にひびが入る。それでも、シリウスは魔法障壁にマナを注ぎ込んで耐える。

 それでも限界は訪れる。幾重にも張った魔法障壁が一枚一枚、砕けていく。そして、最後の一枚となった時、対消滅の様に炎のは消え去った。

 

 ただ消滅時の勢いは凄まじく、周囲に暴風をまき散らす。流石のシリウスもそれには耐えきれずに、工場内へ吹き飛ばされた。


「講義の時間はお終いだヨ。受講料は、命で支払って貰うヨ。小僧の死体を晒したら、あの糞メスはどんな反応をしてくれるのか。楽しみだネ」


 空高く浮かび、熱波と暴風を避けたドルクは、平然とした表情で汚らしい笑みを浮かべる。そして、工場と共に全てを破壊しようと、ドルクは先程より更に大きな炎を吐き出した。

 吐き出された炎は大きく広がり、工場を飲み込もうとする。シリウスも対抗しようとするが、魔法障壁が間に合わない。だがその時、工場内から一条の光が放たれ炎を吹き飛ばし、そのままドルクへ命中した。

 ドルクは、大きく飛ばされ、後方の建物を破壊しそのまま瓦礫に埋もれた。


「姉上特製の魔工兵器はどうだ。効いただろ」


 瓦礫を押しのけ這い出るドルクは、半身が失われた状態になっていた。


「ペスカ。ペスカ。ペスカ。ペスカ。ペスカぁ~! 何故いつもいつも邪魔をする!」


 苛立つドルクは、失われた半身で体当たりをしようと、勢いをつけ飛翔する。既に体勢を立て直していたシリウスは、飛び上がった瞬間を逃さずに攻撃命令を下す。そして、光の矢がドルクに向けて放たれる。光の矢はドルクに突き刺さり、力尽きる様に倒れ落ちた。

 

「さて、色々話して貰おうか」


 シリウスがドルクに近寄ろうとした時、ドルクの身体が輝き破裂した。


「くそ。自爆したか」

「シリウス様、ご無事で?」

「問題無い。それより中の状態は?」

「重傷者は治療により、今のところ無事です。他の者達も無事な様です」

「そうか。貴様らは周囲の安全確認を行え。まだモンスター達が潜んでいる可能性が有る。安全確認終了次第、重傷者を療養所へ移送。急げ!」

「ペスカ様の方は如何致しましょう?」

「姉上があのレベルにやられるはずが無い。我らは我らの役目を果たすぞ。急げ!」


 兵達に指示を出したシリウスは工場内に入り、場内に残る守備隊を集めた。


「状況を報告せよ。工場は襲われていたのでは無かったのか?」

「引っ切り無しに、モンスターの攻勢を受けておりました。しかしシリウス様が、封印を解除する少し前から、モンスターの体当たりする音が消えうせました」


 シリウスは、考えをまとめようとするかの様に、動かずじっとしていた。シリウスが腕を組み頭を働かせていると、けたたましい声と共に、ペスカが場内に入って来た。


「皆無事? シリウスは? 大丈夫なの?」

「姉上、ご無事何よりです」

「外、凄い事になってるけど、何があったの?」


 ペスカに問われ、シリウスは領都潜入時からの出来事を備に語った。ペスカは、驚きを隠せない様子で答える。


「あいつ、こっちにも表れたの?」

「それでは、姉上の方にも!」

「途中から、モンスターの数が急に減ったんだよ。シリウスが倒したって訳じゃないんだね」

「なぁ、シリウスさん。ドルクの狙いはペスカだったんだろ? これでお終いなのか?」

「余り良い予感はしませんな」


 ペスカ達は、良くない事が起こりそうな、酷い胸騒ぎを感じていた。まだ、後続部隊は到着していない。次の行動を決めかねていると、慌てた様子の兵が駆け寄って来る。


「緊急連絡です。避難している民達の前に、モンスターの大群が現れました。現在守備隊が交戦中との事です」

「緊急連絡です。後続部隊の前に、黒い化け物が現れました。現在交戦中との事です」


 慌ただしく入る連絡に困惑するペスカ達。戦いは、未だ終わりの合図を告げようとはしなかった。

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