ゴブリンの逆襲
第140話 ドラグスメリア大陸へ
神の協議会で、ペスカと冬也は神の一員に認定された。それが幸運な事なのかは、いざ知らず。
ドラグスメリア大陸の支配地とする、豊穣の女神ミュールは、邪神ロメリアの残滓を示唆した。その処理に、ペスカと冬也を指名したのであった。
二人は、更なる混乱に巻き込まれようとしていた。
ロイスマリアに存在するあらゆる神が集まる、神々の協議。
訳もわからず連れて来られたペスカは、発言権を認められるはずも無く、ただ漠然とその場に立ち尽くし、現実逃避していた。
良かった事と言えば、冬也が暴れ出さなかった事だろう。ペスカ以上に、状況を全く理解して無い冬也は、立ちながら器用に寝ていた。
冬也が目を覚ましたのは、ペスカに激しく揺さぶられてからであった。
☆ ☆ ☆
「いや、だから。どういう事なんです? ロメリアの遺産って」
「ペスカと言ったわね。黒いドラゴンって見た事はあるかな?」
「はい。以前、エルラフィア王国に攻めてきました」
「あれのせいで、ドラグスメリアの支配構造と、生態系が変わろうとしているの」
「ミュール様、何で今更?」
ペスカが声を荒げるのも、仕方の無い事であった。
命がけで邪神ロメリアを消滅させたのに、他の大陸で残滓が有ったと言われたのだから。
邪神ロメリアを始めとした、混沌の神々に先手を取られ続け、対応に追われた神々が気が付いた頃には、ドラグスメリアで悪意の種が育っていた。
ドラゴンを頂点とした、秩序ある魔獣の世界は、音を立てて崩れようとしている。
力こそ正義のドラグスメリア大陸で、生まれようとする新たな秩序は、大陸で生きる者達の生命を脅かそうとしている。
このまま放置をすれば、ドラグスメリア大陸で、知性の有る魔獣は消えうせ、モンスターの闊歩する大陸になるだろう。だが、神々が過度の干渉をする事は許されない。
そこで女神ミュールは、ペスカと冬也に目を付けた。
神の一員に選ばれたとは言え、未だ半神と人間であり、完全な神となった訳では無い。地上に与える影響は、小規模に抑えられるだろう。
二人は邪神ロメリアと深い因縁を持ち、人間を遥かに超える力を備えている存在である。騒動の決着をつける上で、これ以上の存在はなかろう。
「ってな訳で、あなた達くらいしか、いないのよ」
「いやいや、ミュール様。私達じゃ無くて、なんで頂点のドラゴンが動かないんですか?」
「知らないわよ、そんな事。あなた達は、神の代理として地上の調査を行いなさい」
「そんな事を言われても」
「文句を言うなら、フィアーナに言いなさいよ。承諾したのは、フィアーナなんだから」
ペスカは、女神フィアーナに視線を送る。その瞬間、気まずそうに女神フィアーナは、視線を逸らした。
「フィアーナ様。流石に、ムカつくんですけど」
「ペスカちゃん、正真正銘の神になる為に試練だと思って、頑張ってね」
「あの。私は神になりたいんて、一言も言ってないですよ。フィアーナ様」
「だって仕方ないじゃない。あなた達は、もう人知を超える存在なのよ。放っておけば、何らかの影響を起こしかねないの」
「だったら、私達がドラグスメリアに行くのは、不味いんじゃないですか?」
「そんな事無いわよ。平気よ」
説得力が無い言葉とは、こういう事を言う。
地上に影響を及ぼすと言っておいて、地上で起きる問題を解決させ様と言うのだ。どうしてそんな、あっけらかんとした態度が取れるのだ。
これ以上の面倒事には、係わりたくない。それでも、邪神ロメリアと聞いて、動かない訳にはいかない。
葛藤を続けるペスカは、深い溜息をつきながら冬也を見やる。
これまで、冬也は一言も発する事は無かった。今もなお、目を閉じている。いつもなら、神から与えられる理不尽に対し、真っ先に文句を付けるはずだ。
そしてペスカは、ふと思い出す。
冬也は興味が無い授業の時は、シャットダウンする様に、意識を閉じると聞いた事が有る。それが例え、教室の後ろで立たされている時で有っても。
「お兄ちゃん? お兄ちゃんってば。まさか本当に寝てるの? 馬鹿じゃないの? ねぇ、起きてよお兄ちゃん」
ペスカは冬也の肩を掴み、何度も揺さぶり声をかける。
程なくして、冬也は目を開けた。周囲を見渡し、神々の多くが姿を消した所を確認すると、冬也は欠伸をしながらペスカに答えた。
「ふぁ~、何だペスカ。終ったのか? ならさっさと帰ろうぜ」
「そうじゃないよ、お兄ちゃん。大変なの。私達が神の一員で、ドラグスメリアに出張なんだよ」
「意味がわかんねぇよ、ペスカ。兄ちゃんは、もう少し優しく教えてくれよ」
「あ~、もう馬鹿! あのね、ロメリアの置き土産が有って、別の大陸が一大事なんだよ」
「はぁ? なら倒しに行けば良いじゃねぇか」
ペスカは、冬也の呑気な答えに、頭を押さえた。
冬也は事態の深刻さを、全く理解していない。神がわざわざ指名してまで、依頼をしてきたのだ。実力行使で排除すれば、容易に片付く問題ではない。
彼の大陸には、ドラゴンが住むのだ。ドラゴンは、単に生態系の頂点として存在している訳ではない。神の代行者として、様々な任務を行っている。
また、大地母神の一柱である女神ミュールには、眷属の神々が存在している。単なる残り滓を掃除するだけなら、戦力としては充分のはずだ。
それなのに、自分達へ依頼が来たという事は、それなりの問題になっている可能性が高い。ミュールが言った、支配構造と生態系の変化。それがどのレベルまで深刻なのかは、見当もつかない。ただ、切羽詰まった状態には、間違いは無かろう。
だが、それを冬也に理解しろと求めるのは、大きな間違いかもしれない。
「あのさ、お兄ちゃん。ドラグスメリアがどんな所かわかってる?」
「知らねえよ。無茶言うな」
「文明レベルが超低いんだよ。安全な旅なんて無理なんだよ」
「そりゃあ大変だな、ペスカ」
「食事とかお風呂とか、トイレとかどうするつもりなの?」
「そんなの、サバイバルの一種じゃねぇか。ガキの頃に親父が、密林に俺達を置き去りにしたのを、忘れたのか? それに魔法があれば、なんとでもなるだろ」
四面楚歌とは、こういう事だろう。ペスカは、更に頭が痛くなる思いに駆られた。
「話がまとまったようだね」
ペスカと冬也の様子を見ていた、女神ミュールが話しかける。
「じゃあ、頑張ってね」
女神ミュールが手を叩くと、ペスカと冬也が光に包まれた。
「いや、ちょっと。ちょっと待って、ミュール様」
焦るペスカに、他の女神から声がかかる。
「ペスカちゃん、冬也君。期待してるわよ」
「いやいや、フィアーナ様。他人事みたいに言わないで」
「ペスカちゃんとダーリン。私から助っ人送るから、待っててね」
「助っ人とか要らないから、助けて!」
そしてペスカと冬也は光と共に消えていく。
「い~や~だ~!」
ペスカの声が神の国に、悲しく響き渡っていた。
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