5月21日

「あいつら一体、なんの話をしてたんでしょう」


「私と入れ違いにLは帰っちゃったから、実際に喋ってるところは見てないんだけどね。Kはなんだか、ものすごく思いつめた顔をしてた」

「どうしてだろう」

「分からない……それでKは今、ノートにものすごく執着しているでしょ? だから、やっぱりあの日に何かあったんじゃないかって思ってたんだよね」


 ピンク色の表紙を眺めたまま、Mはため息をつく。


「そもそも、二人の関係は私に作ったものだから。あの日何かあったのなら、私にも責任があるのかもしれない」

「考えすぎだし、Mさんにはなんの責任もないですよ」


 俺は即座に否定したが、Mの表情は晴れなかった。彼女は左目を閉じて、もう一度ノートの表紙をめくる。その「中身」を一文字だって見たくなかった俺は、反射的に顔を背けてしまった。食卓が一気に静まり返る。


 目の前でMが、Lのノートを読んでいる。することがなくて、俺はホットミルクに何度も口を運ぶ。液体の温度が少しずつ下がっていくのが感じられて、先ほどまでの安心感もだんだんと薄れていった。


 エイプリルフールから一ヶ月余。時が経つにつれて、俺はノートへの忌避感が強まっているのを感じていた。最初はKに目の前で音読されても大丈夫だったのに、ふと気がつけば視界に入れることさえ拒むようになっている。このままエスカレートしたらどうなるんだろう、と一瞬想像してみたが、さっぱり見当がつかなかった。


 俺が露骨に嫌悪感を示していても、Mはノートの黙読をやめない。普段の彼女なら、気を使ってすぐに取り下げそうなのに。文句が言いたいわけではなくて、単純に不思議だった。


「……あの」カップの中身が八割ほど空になって、俺はたまらず声をあげる。

「何か収穫はありましたか」

「していいの? ノートの話」


 Mは俺を正面から見据え、ぱちぱちと瞬きをした。同時に、俺はなんとなく察する。Mは俺とノートの話がしたいのだ。


「……してください」

「そう?」


 言質とったり。Mは分かりやすい笑顔を浮かべて、ぱらぱらとノートをめくり始める。しばらく何やら考え込んだ後、その「中身」の解説を始めた。


「Kの言うとおり、Lは現実とテレビゲームの世界を混同してるみたい……というかこれ、KとLが一緒にいた時に遊んでたゲームだと思うんだけど」

「どんななんゲームですか」

「高校生が主人公のRPGで、勉強したりバイトしたり、友達と仲良くなったりするんだって」

「……そんなの、普通に高校通えばできるのに」

「もちろんゲームっぽいファンタジー要素とか、魔物との対戦とかもあるらしいの。正直、私もあんまり詳しくないけど……現実に当てはめるには、都合のいい設定かもね」


 確かに、と俺は頷く。いくら病気だからといって、現実とかけ離れたファンタジーに俺たちを充てがうのは難しいだろう。Lが現実だと思い込んでいるゲームの世界は、どうやら俺たちと近いところから始まっているらしい。もちろん、中には「世界が滅ぶ」などの飛躍が含まれているそうだが。


「で、そのノートには俺たちも出てくるんですよね」

「うん。キミと私とLとKと、それからミサって人。みんな高校生で、同じ学校に通ってるんだ」


「高校生?」俺は眉をひそめる。「『ミサ』は母親だって、Lは言ってましたけど」


「それなんだけど。そのミサって人には複雑な設定があってね……彼女はLの母親なんだけど、ある事件の影響で体が若返って、一緒に高校に通ってるんだって」

「なんじゃそりゃ」


 意味不明すぎて、俺は天を仰いだ。フィクションなら許せたかもしれない設定でも、自分の妹が本気で書いていると想像すると頭痛がしてくる。事件で若返るって、一体どこの少年探偵だよ。まるで自分が恥ずかしいことをしているかのような気分にさせられ、頬に熱を感じる。


 俺はマグカップに手を伸ばす。苛立ちをかき消すように、わずかに残った中身を一気に喉に流し込んだ。


「……そのミサって女は、Lの想像上の友達ですね。間違いなく」

「そうかもね。私もLからこの人の名前は聞いたことがないし、設定的にも一番突飛だし……まあ、それは私たちの方も大概なんだけど」

「盛られてるんですか。Mさんや俺の『設定』」

「まず、みんな同じ学校って時点で現実とは違うよね。Lの世界観だと、私たちは全員で生徒会に入ってるらしいの……で、私が会長」

「Mさんが?」

「生徒会はいつも最前線で怪物と戦ってて、私はその指揮をとっているんだって……なんか恥ずかしいな」


 Mは目を泳がせながら、気まずい照れ笑いを浮かべていた。俺の方ももう、一緒に苦笑することしかできない。

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