第16章 進むべき道 2


「現在、セウェルス帝は、ダヌビウス川沿いの軍団基地を視察しながら、首都へと旅しているという噂です。贋金をパンノニアへ運ぶのなら、やはり狙いは、セウェルス帝ではないでしょうか?」


 アマリアが兄の顔を見上げて、考えを口にする。俺は、アマリアに言い返した。


「だが、セウェルス帝の下に贋金を運んで、どうする? 恐れながら、と贋金を献上したところで、セウェルス帝がアルビヌス帝に寛大になるとは思えないぜ」


 アルビヌス帝の狙いがセウェルス帝の打倒であるのは、間違いない。だが、その方法が皆目かいもくわからない。


「セウェルス帝の周囲の者を抱き込んで、暗殺させるつもりかも……。いいえ、違うわね。暗殺者を買収する気なら、贋金を運ぶ必要なんてないもの」

 アマリアが意見を言いかけて、かぶりを振る。


 権力者を葬る一番簡単な手段は、暗殺だ。

 ローマ暦九四四年末(紀元一九二年)に、暴君であったコモドゥス帝が暗殺されて以来、僅か三年の間に、ペルティナクス帝、ディディウス・ユリアヌス帝の二人の皇帝が既に暗殺されている。セウェルス帝が葬送行列の末尾に加わっても、おかしくはない。


 だが、皇帝暗殺などという大それた犯罪を依頼するのなら、アマリアが言う通り、実行者に贋金を払う事態は変だ。一生、遊んで暮らせるほどの大金を積まれなくては、皇帝暗殺などという重罪を引き受ける者は、皆無だろう。


「ルグドゥヌムで会った男以外にも、元近衛軍団兵が、アルビヌス帝に加担しているのでしょうか?」


 俺は心の中の疑問を口に出した。三年前、セウェルス帝によって、屈辱とともにローマを追放された近衛軍団兵は、九千人に昇る。他にもアルビヌス帝に取り入って、セウェルス帝に復讐しようという輩が、いないとは限らない。


「元近衛軍団兵が他にも、加担している可能性は高いだろうな」

 ウィリウスが渋い顔で答える。


「だが、何人がアルビヌス帝についているかは、わからない。今は、アルビヌス帝が、贋金で何を企んでいるかを考えよう」


「セウェルス帝が狙いなら、やはり、荷馬車の行き先は、軍団基地でしょうか?」


 アマリアが地図を東西に長く貫くダヌビウス川を指差しながら兄に尋ねる。

 近パンノニア属州には、ダヌビウス川の南岸に三つの軍団基地が造られている。三つとも、第二代皇帝ティベリウスによって創設された、歴史ある軍団基地だ。


 軍団基地の間は、当然ながら、よく整備されたローマ街道で繋がれ、軍団基地同士の間には、補助兵の基地や騎兵隊の基地、対岸監視用の砦などが、首飾りの宝石のように連なっている。

 ここルグドゥヌムからだと、最も西側に位置するウィンドボナ(後のウィーン)が、一番近い。


「そうだな。軍団基地を目指している可能性が、最も高いだろう」

 ウィリウスが開いたまま座席に置いていた文字で書かれた地図を手に取る。文字で書かれた行政用の地図には、旅行者用の地図にはない情報が、多く書かれている。

 しばらく、地図に目を走らせていたウィリウスは、顔を上げると、決然と判断を下した。


「まずは、ここから最も近いウィンドボナの軍団基地を目指そう。もし、ウィンドボナまでに荷馬車に追いつけなかったら、次の目的地は、近パンノニア属州の州都カルヌントゥムだ」

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