第19話金魚すくいにはコツがいるんですか?(技)
「何こそこそ二人で話してるの?」
兄さんにあらぬ誤解をされ小声で抗議していると、彩奈が話に混ざってきた。
「いやー、なんでもないぞ彩奈。なにせ俺様は寛大な心の持ち主だからな。この先いばらの道を突き進むんだろうが、兄ちゃんだけは二人のことを応援してやるからな」
「だから何言ってんのさ、兄さん。なあ、彩奈?」
「・・・・・・そ、そうだね。ほんと何言ってるのよ、タク兄ってば」
今、会話に時差があったのはなぜだろうと、彩奈の顔を伺っていると、彩奈は足元にある水槽を見ながら話しかけてきた。
「この金魚たちかわいいね」
「おっ、わかってくれるのか彩奈。よし、これはサービスだ。みんなには内緒だぞ」
と、言って兄さんは目に見えて上機嫌になり、口の前に人差し指を立てながら、彩奈にポイと小さな桶を手渡した。
「うん。ありがとう、タク兄」
ポイを水に浸し、金魚の下に潜りこましてから一気に持ち上げると、ポイは重さに耐えきれずに破けてしまった。
「あー、残念賞。もう一回するか?」
「えー、でもお金取るんでしょ?」
「まっ、今はこっちも商売人だからな。ほーれ、一回二百円だぞ」
彩奈が悔しそうに金魚を見つめる中、兄さんはポイを見せびらかした。
そんな二人のやり取りを見てボクはと言うと。
「ふっ、ここは任せておけ彩奈。ほい、兄さん二百円」
祭りの雰囲気の仕業か、厨二全開でここぞとばかりに格好をつける。
「おっ、毎度あり。さーて晴人は何匹金魚をすくえるかな?」
やたら煽ってくる兄さんを尻目に、ボクは彩奈に余裕の笑みを浮かべ問いかけた。
「彩奈はどれが欲しいんだ?」
「えっ?取ってくれるの?」
「ああ、なんだって取ってやろうとも」
「じゃあ、これがいいかな」
彩奈が指差す先には、水槽の中を泳ぎ回る生きのいい大きな金魚がいる。
「よし、任せとけ」
彩奈の視線を背中にビンビン感じながら、ボクは腕まくりをして金魚に狙いを定める。
この時のボクはまた過ちを起こしてしまっていたと、今となってわかった。
だが、このまま逃げ帰ると言う選択肢は、ボクの頭の中にはもう一欠片も無く・・・。
「もういいよハル兄。他の屋台に行こうよ?」
彩奈の目は数分前の期待の眼差しから、呆れてものも言えないといった目にチェンジしている。
だが、ボクはそんなこと気にもとめず、水槽の中に視線を落としていた。
「いや、まだだ。さっきは桶の上まで行ったんだ。あそこでこいつが跳ねなければ確実に捕らえられていたのに!」
と、言いながらまたポイを水の中に入れ、狙いを定めてからすくい上げる。
だが、あと少しといったところで、またポイが破けてしまう。
もう何度も見た光景に、彩奈はため息をこぼす。
「あっ、くっそー。今度こそ、兄さんもう一回」
最初は煽ってきた兄さんだが、ボクの挑戦回数が十回を過ぎた頃にはお客の呼び込みに専念している。
「あーはいはい、そこにポイ置いてあるからお金払ったら勝手にとって。はーい、いらっしゃいお姉さん一回百円だよ」
ちゃっかりぼったくられていることなどつゆ知らず、ボクは狙っている金魚を睨みつけながら呟く。
「まずは上下を確認する。紙が貼ってある方を上に向ける逆だと水が溜まって破れやすい」
ボクの呟きを隣にいるお姉さんは片手間に聞いていたのだろう、ポイの上下を確認している。
「そしてまず慣れさせて、ターゲットを決めポイを斜めに入れる」
ボクが言うと、お姉さんも真似してポイを水中に入れる。
「ターゲットの下にポイを潜りこませる。ここで大切なのは下手に動かさないこと」
自分に言い聞かせるように、手に全神経を集中させる。
「問題はここからだ。金魚と一緒にすくう水の調節、金魚の重みでポイが破けないよう金魚を端に乗せる」
ボクが言い終わったところで、隣にいるお姉さんはポイをすくい上げた。
「やった、取れた!お兄さんのおかげです。ありがとうございます」
「あぁっ・・・」
横から歓喜の声を聞く中、ボクのポイは綺麗に真っ二つに破けた。
「あれっ?もしかして・・・ハル君?」
お姉さんがボクの名前を呼び、驚いて首を九十度回転させるとそこには。
「へっ?瑞希さん?なんでここに?」
水色に花びらの模様をした浴衣を着た瑞希さんがいた。
「私は和乃ちゃんと来てたんだけど途中ではぐれちゃって、ハル君も一人?」
「いや、ボクは彩奈と・・・って、あれっ?」
振り返ると、さっきまでいたはずの彩奈の姿はなかった。
「彩奈なら晴人のことを見るに見かねてどっか違う屋台に歩いてったぞ」
店番をしながらぼくたちの会話を聞いていたのか、兄さんが答えた。
そんな兄さんとボクの会話を聞いて、瑞希さんは数ヶ月前のことを思い出したのか礼儀正しく挨拶をした。
「お兄さん。この前は雨宿りさせていただきありがとうございました」
「おお、そういえば君はあの時の。ちゃんと晴人とご休憩はできましたかな?」
「はい。ゆっくりさせていただいきました」
純真無垢にそう答える瑞希さんに、兄さんは驚嘆し慌ててボクに耳打ちをした。
「おいおいおいおい。俺様は冗談のつもりだったんだがどう言うこった?あんな屈託のない笑み見たことないぞ」
「だから、その日は駅弁食べてもらってから何事もなく帰ってもらったってば」
「な、なに。初手から駅弁だと?なんとアグレッシブな」
おとぼけている兄さんに対応するのがだるくなり、ボクと瑞希さんは金魚すくい屋から離れることにした。
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