11話 恋愛生存戦略
土曜日。
それは、学校が休みの日である。
人生において幸福と思える最高のウィークエンド。束縛から解放される自由は有意義な時間を過ごせるための贅沢だ。まさにこの事を言うのであろう。
誰かにも邪魔されない至高の時間。
プライベートに費やせる一時を必要としていた新藤弥彦にとっては都合が良く、転校する際に土曜日に休みがある高校を選んでおり、お世話になる従兄貴妹の家にも近いことから水渡高校を選んだ。新天地で過ごすのだから条件が合うようにするのがコツだ。
休日こそが、心身を痛める人類の救済であると過言ではない。
苦いばかりの世界でも自分には甘えてもいい。厳しくしようが苦しくなるだけだ。
だから弥彦は肯定する。
思う存分に待ちに待った休日を過ごそうと、そう思っていた矢先に。
「何故、自分が他人の恋愛の為に努力を惜しまないといけないんだろうか……」
人混みに溢れた広場にて、気配を殺す弥彦はため息を吐く。
隣で礼儀正しくお座りをする忠犬ハチ公像は流石の貫禄を見せている中で、弥彦は渋谷に来ていた。やはり都会なだけはあって、約束で待ち合わせをする人達が数え切れない弥彦はその景色を見て気が滅入るほどの違和感を覚えてしまう。
まだ午前中というのに、喧騒が溢れている。
ほんのりと寒さを和らいだ春の季節。咲き誇る桜の隙間から差し込む晴天の空は絶景を覚えるものなのに、彼らのような群衆が景観を壊してしまっていた。
(そういえば、先週忠犬ハチ公の日だったな。ネットで話題になっていたけど)
記念日が過ぎ去っても日常は変わらないのだろう。
いつものように空気を吸って目的地へと歩んでいく。過去の願いは記憶に収めていようとも、未来を見据える人間は自分の時間を大切にするだけだ。
青春を謳歌する学生達もプライベートを満喫する人達も休日を過ごしている。
限られている時間を使って、何かの功績を残したいのかもしれない。
特に、恋する乙女は無敵だ。
「ごめんなさい。少し待たせた?」
喧騒とした空間に華やかな声は響かせる。
現代色に染められた景色の中で現れる少女。それはまるでお日さまのように、明るく照らす微笑みの表情は液晶画面に釣られる人の目線を釘付けにさせる。彩られた服装彼女本来のそのもののイメージであると想像できた。
春を乗せた暖かい風と共に現れる、薄い亜麻色でセミロングの少女、茅月理世。
きっちりと指定の時間通りにやって来た。
「いいや。それはない。俺の方が早く着いてしまったみたいだ」
「妥当な予定通りね」
時計を確認する弥彦は証拠として理世に見せる。午前10時を示す時計の針を確認する彼女は納得した様子でうんと小さく頷く。
軽く羽織うクリーム色のカーディガンは明るめな印象を寄せており、微かな動作でほのかに揺れている。水色のブラウスと白色のエプロンワンピースは清楚感を足していて黒色のハイソックスは脚のラインが細長く曲線を描いていて、ブラウン色のレースアップブーツはお洒落ながらも動きやすく見える。
そして、何よりメガネを掛けている彼女は明らかに別人だった。
制服姿の理世と外出姿の理世の違いが比べ物にならない。
確かに温度差は必定なものだが、これ程までに化けるとは考えてなかった弥彦は言葉を選ぶのに時間が掛かってしまう。
知恵を振り絞って出した言葉は結果的にボキャブラリーが尖っていた。
「とても似合っているが、他の人はどんな反応をするのか全く分からないな……」
「普通に褒めなさいよっ!」
安易に理世に怒られてしまった。これは弥彦が悪い。
だが、あくまでもこの作戦は模擬デートの考察だ。私服なら無難とは言ったが、まさか本気でお洒落してくるとは。別に悪くはないけど、かなり目立つ。
「いや、……物凄く目立って見えるけどな。それになんだこの異様な雰囲気は」
「そんなの私に聞いたって知らないわ」
呆気なく首を傾げる理世。
しかし残念なことに周辺に猟奇的な視線が彼女に集中していることを知らない。その隣にいる弥彦には彼氏だと勘違いして完全に敵対する姿勢を伺えるが、それを弥彦は氷山の如く冷酷な対応で群衆の目線を容赦なく躱す。
「まあ、この場合は勘違いする奴が悪いんだろう。だから恋愛には極限に疎い」
「偉そうに言う新藤くんの方こそ、自信が無いんじゃないの?」
「……自分の事も言えてない人に言われたくないな」
つんけんとした態度で反論する弥彦だが本気ではないと理世は気付く。
だから誰か対して彼女は遠慮しないで微笑んだ。
「うん。新藤くんのお陰で参考になると思うの」
「こちらも恋愛相談の対処が捗る。一致百慮の結論で済んだ話だろ」
弥彦はメモ帳、理世は携帯端末を取り出す。お互いの目的が叶うことに一致する二人に差異はない。両者の都合を配慮した恋愛戦略は計画通りに動いていく。
そのために作戦を捻り出した時間は無駄にはしない事を意味する。
だだし、あるトップカーストの少女を除いては。
「……そういえば貴方の服装、今思うと普通よね」
「制服姿が良かったか?」
ジッパー付きの紺色のパーカーと黒ズボンという、お洒落でもダサくもない至って普通の格好。リュックを背負ったらそこら辺にいる学生に見えてしまうような謎の安心感があった。現に高校生だから別に何と思わない。
「でも、それが貴方らしさというのなら問題ないわ。制服姿よりもまともだから」
「……その言葉、褒めているのか?」
「褒めているわよ。……私なりにだけどね」
行き先も決めずに理世は踵を返して先に歩いてしまう。
彼女が楽しそうにしていれば、それでいいとして、弥彦は静かに後を追う。どこか普通の人とは違う彼女はやはり他人の目を集めてしまう。だから彼女が困らないように、弥彦は今回だけ理世の味方をすることにした。
恋愛に迷える子羊に手を差し伸ばすボランティア活動部、恋路部の部長として。
依頼人が校外の恋愛について監視する必要が弥彦にはあった。
不純な青春には容赦なく折るつもりでいる、と。
「……勘違い、なんだろうな。この景色とやらは」
周辺の景色を改めて刮目すると、ため息を吐きながらその場から去る。
後ろを決して振り向かずにひたすら前に進んでいく。冷めた表情と冴えた目付きは他者を寄せ付けず、擦れ違っては終わってしまうだけのやり取りを繰り返す。
フードを深く被り人の目線を否定しようとする。それはまるで幽霊のように。
群衆の影に潜む少年は人前で笑わない。
出会いという奇跡が起きたとしても最後にやって来るのは別れだ。それが当たり前の世界なのだろう。孤独になるのが怖くて、誰かと共に過ごす時間はどんな感情を浮かべるのか。きっと囲まれながら生きる居場所は暖かくて笑顔になれるような、模範回答のような幸せを掴むのだろう。
そんな心に響かない現実を出してしまう孤独でも平気な人間は。
きっと誰かを幸せにすることは許されない。
だからこそ、赤の他人の未来に興味は一切無かった。
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