第4話 力には代償が伴う

「お前のその目……」

「ああ、これですか。力の代償です。もう見えていません。体もこの通り、段々と歩くこともままならなくなっている状況です」


 『千里眼』……ある一説では、遠く離れた場所にいる人間を探し出すことが出来るとか。特定の人物の情報を得ることが出来るとか。限定された空間内のモノを漏れなく探し出すことが出来るとか。

 眉唾な話にも聞こえるが、魔眼というモノを知っている俺からすれば何らおかしくない話だが……


「その力で俺達を《見た》のか?」

「相応の代償を払う事になりましたが、それだけの価値はありました」

「……どこまで《見た》?」

「ジャック様とミルティナ様の幼少の過去に関しては厳重な封印がされていたので《見れ》ませんでしたが、ジャック様が魔王になった頃からは《見れ》ました」

「お前の目にも《見え》ないモノがあるんだな」

「この力は万能ではありませんから」

「どこまで知ったんだ?」

「どこまで、と言われましても、私が《見る》のは人の過去を神の如き視点から観測するだけです。心情や情勢などは自分で見ながら確認していくしかありません」


 つまり、得られる情報は自分で見たモノに限ると。で、その情報も自分の知識と結びつかない限り無駄だということか。今話したことで全てだったら、だが。


「一つ確認してもいいですか?」

「なんでしょう?」

「ひと一人の過去を《見る》ために払っている代償はどれほどですか?」


 ミルティナが訊いた時、一瞬だが眉が上がった。果たしてその反応は不快だったからなのか、訊かれると思っていなかったからなのか。


「……代償は見た時間、見るモノによって変わります。御二人を合わせて腎臓一つに味覚と視覚が代償でした」

「俺達二人でそれほどか。じゃあ、フレイを見てどうだったんだ?」

「――左足一本です」


 ……まさか、そこまでの差があったとは。それほどまでに重い情報だったということか。しかし、俺達の情報だけでそれ程となると、俺達のパーティを見たらそれこそ合計で臓器三個じゃ足りなかったのでは…?


「魔神に関しては何も分らなかったのか?」

「大変申し上げにくいのですが……魔神に関しては一切の情報がありません。ただ、黒の大陸にいることだけは確実です」

「なぜそう言い切れる?」

「観測することは可能でしたから。いる、という事実だけは確実です」


 いることはいる。だが、誰も情報は持っていない……か。戦ってみなければ分からないという事か。女神の言葉通りなら、俺達が戦うハメになるのだろうが。


「さて、こちらの用件を伝えてもいいか?」

「ええ、どうぞ。ですが、大体のことは察せられますが」

「そうか。だが、一応伝えておこう。聖国は第三国が介入する前にヤマト神皇国と友誼を結び、魔神との戦いに備えたいとのことだ」

「御返事はあちらに直接した方がよろしいですね。ですが、今ここで伝えておきます。我々皇国はそちらの申し出を快く受け入れます」

「確かに聞き届けた。ただ、先程自分で言ったように聖国へ書簡を送ってくれ。俺達は数日後にはここを離れて別の国へと移動する」

「一つ御聞きしたいのですが……」

「なんだ?」


 少し不満気な気配を感じるが、何か不味い事でも言ったか?


「どうして先程から頑なに私の名を呼んで下さらないのですか?」

「………………そんなことを気にするのか?」

「はい。自慢ではありませんが、私には話し相手がおりません。他の巫女の皆も事務的な話以外は一切してくれません。ですから、私は話し相手が欲しいのです」

「まさか……俺に、話し相手になれと?」

「はい。……駄目ですか?」


 ミルティナに目を向けると、なんとも複雑そうな目をしていた。弟子に目を向けると、明後日の方向を見ていた。関わりたくないという意志の表明か。裏切り者め……


「分った。今日一日くらいなら話し相手になろう」

「まぁ……ありがとうございます!」

「勿論二人も……」

「私はフレイを連れて城下町に行って参りますね、兄様」

「――私も見に行く」

「……置いて行くのか?」

「大巫女様が御所望なのは兄様ですから。私達はその間ゆっくりさせて頂きます」

「――この国の魔法に興味ある」


 それだけ言うと、ミルティナは舟を漕いでいるフレイを抱えて、弟子も追うようにして社から出て行った。……残されたのは俺と大巫女のサクラだけ。沈黙が空間を支配していた。

 言い出した当の本人はなぜか黙りこくっている。うぐっ……こういう空気は慣れていないんだよなぁ。


「何が聞きたいんだ?」

「あっ……はい、そうですね。えっと……好きな物はなんですか?」

「…………は?」

「えっと、その……男の人と会話するのは初めてと言いますか、なかなか機会が無いので何を聞けばいいのか……」

「ん?魔神とか、そうことに関連した話を聞きたかったんじゃないのか?俺やミルティナの過去を知ろうと――」

「あっ、違います。今はジャック様の個人的な事を知りたいと思って……」


 知りたいのが俺の個人的なこと?俺の、個人的なこと………あっ、俺の能力とか使える魔法とかってことか。そうだよな。いきなり人となりを聞いてくるなんてありえないよな。付き合うわけでもあるまいし。


「俺にも『魔眼』がある。魔法に関して高い解析能力を誇っている。得意魔法はそうだな……火属性かな。上位魔法までなら詠唱破棄や短文詠唱で扱える。それから――」

「ま、待ってください!」

「なんだ?」

「私が知りたいのは個人的なことで……」

「ん?だから俺の能力を――」

「ではなくてですね! 好きな食べ物とか、風景とか! そういった日常的な事を聞いていたんです!」

「いや、そう言われてもだな。俺達は初めて会ったんだぞ?」

「だからこそです!」

「いや、そのだな……俺達は別に好き合っているわけではないだろう?」

「…………はい?」

「だから、好き合っているわけでもないのに、相手の好みを聞く理由がないだろう?違うか?」

「………………」


 指摘すると黙ってしまった。思考の海に沈んでしまったのか、一切身動きをすることもなく、唸ることもなく静かに考えていた。待つこと五分ほどだったか。それとももっと短かったか。そんなことはさておき、閉じていた目を開け、こちらを焦点のない真っ白な目で見詰めてきた。見詰めていると断定していいのかは分らんが、そんな気がするからそういう事にしておこう。


「た、確かにそうかもしれませんね。では、このような場合何を聞けばよろしいですかね?」


 たっぷり時間を使ったわりに何も考えていなかったのか、こいつは?だが、あいにく俺も世間話を咲かせた経験がないものだから、どうしたらいいのか、なんて聞かれても困る。


「……………」

「……………」

「……そうだな。とりあえず外に出てみないか?」

「えっと、先程申し上げた通り、足は不自由なので支えてもらわないと歩くこともままならないのですが……」

「そ、そうだったな。では、どうしようか?」

「それが分からないから私も困っているのです……」


 この人選は明らかに間違いだったことが証明されてしまった。今からでも遅くない。ミルティナ、ラルカよ、帰って来てくれ。





 一方その頃。のんびりと町中の散策を開始した三人。フレイはすでに起きてミルティナに抱っこされている。ミルティナとラルカは並んで歩いていた。付き人はいない。ミルティナが追い払ったのだ。



「――何か師匠の邪念みたいものが来たような」

「気のせいですよ。今頃は彼女と仲良く御話しているのではないですか?」

「パパ、よかったの?」

「ええ、大丈夫ですよ。パパは一対一で話したいことがあってようですから。出来る女は男を立てるものです。フレイも、将来はそうあれるように頑張りなさい」

「はいっ!」


 いい子ですね~。これで本当に私と兄様の子供だったら問題なかったのですが。運命とはどうも上手くは行かないように出来ているみたいです。


「――少しずつ洗脳してる」

「何か言いました?」

「――何でもない」


 ボソッと言いましたが勿論聞こえています。洗脳とはヒドい謂れようです。これは立派な教育です。兄様の大事な御弟子さんだから何もしませんが、これがアノ女だったら……たぶん問答無用で斬ってましたね。

 しかし、兄様は特に何かを教えているわけではないのに弟子として扱っている。対して彼女は兄様のことを少なからず好いている。これは少し警戒しておくべきですかね……っと、向こうが騒がしいですね。


『盗人が出たぞ~! 誰かー!!』


 捕まえろ、ではなく、殺せ、ですか。随分と無法地帯の国に来てしまったものです。イリナさんが言っていたのはこのことですかね。とりあえず、フレイとラルカさんを守ることにだけ気を配っておくことにしましょうか。

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