第2話 パパの奮闘記

「パパ、あっち!!」

「あっちか?」

「あっ、こっちも!!」

「こっち??」

「――パパ、大変」

「大変ですね。兄様があんなに振り回されている姿は初めて見ます。正直、ちょっと面白いです」

「――だね」

「お前ら、俺にばかり任せてないで、少しは――」

「むぅー!! パパ! フレイを無視しないでっ!!」

「か、髪を毟らないでくれーー!!」


 今、ジャックたちがいるのは聖都の商業区。復興の真っ只中ではあるが、すでに商売を再開させている商店がちらほら見掛けられる。

 フレイの要望もあって、今日は四人で歩いている。明日には皇国に向かうのだが、元々荷物をそこまで持っていなかったため、移動の準備に充てて余った時間が、今の遊行の時間になっている。

 ジャックはフレイの駄――お願いを聞き入れて今は肩車中。そんな姿を、ミルティナとラルカは一歩下がった位置から微笑まし気に眺めながら歩いている。


「あら、お嬢ちゃん。楽しそうね。この果物食べてみる?」

「うん!!」

「お父さんも大変ねー。ほらっ、これもどう?」

「あむっ」

「あ、あんまりこの子に食べ物を与えないでくれ。夕飯が食べられなくなると怒られるのは俺なんだ」

「そう?でも、よく食べてよく眠る子は育つって言うじゃない?」

「だとしてもだな……」

「パパっ、もっと食べたい!!」

「あらあら、うちの果物を気に入ってくれたのね」

「フレイ……あんまり食べ過ぎるとだな、夕飯が食べられなくなるぞ?」

「うぅー……でも食べるっ!!」


 一方少し離れた場所から見ていたミルティナとラルカ。フレイに振り回されているジャックを穏やかな目で見守っていた。

 ミルティナに関しては、頬に手を当てながら、兄様最高ですわー、などと言いながら恍惚の表情をして見ていたため、道行く人々から奇異の目を向けられることもしばしば。


「――いいの?お兄ちゃんが困ってるけど」

「あれはあれで微笑ましい光景ではありますが……そうですね。さすがに手助けしましょう」

「――師匠も子供にはかたなし」


 二人はそう言って、フレイを泣かせまいと必死に説得を試みているジャックに歩み寄った。ラルカはくすくすと笑っている。


「兄様、よいのではありませんか?夕飯の事はその時になってから考えても。今はフレイの好奇心を満たしてあげる方を優先してあげてください」

「――師匠、好奇心に人は抗えない。諦めて」

「お前らな……」

「おばさま、その果物はいくらですか?」

「おいおい……」

「――いいんじゃない?自腹みたいだし」

「お前からも何か言ってやってくれよ」

「――フレイ、今度はどこに行きたい?」

「んー……あっち!!……パーパッ!!」

「いででっ、分かったから! 髪を引っ張らないでくれっ!!」

「――パパ、大変」

「ですね。私達も行きましょう」


 それからジャックたちはたっぷり三時間以上をかけて街を散策した。

 途中ラルカが魔道具屋の魔導書を立ち読みしたり、フレイがおもちゃをジャックにおねだりしたり、ミルティナが服屋で服をジャックにおねだりするなどがあったが、おおむね問題なく時間が過ぎていった。

 日が暮れて帰り道を歩く頃には、フレイはジャックの背中で可愛い寝顔をしながら眠っていた。ラルカは気に入った魔導書を片手に、ミルティナはおねだりして買って貰ったワンピースとある物が入った鞄を肩にかけて、三人並んで聖宮目指して歩いていた。


「――すっかりパパが板についた」

「ママとして誇らしく思います」

「疲れているんだからツッコませないでくれ」

「――でも、楽しかったでしょ?」

「いい時間つぶしにはなったが、俺には何も得することはなかったぞ」

「それでも、私達にとっては有意義な時間でしたよ。ふふっ♪下着も選んでもらえたことですし♪」

「もう二度とお前とは外出しない」

「兄様のイケズ~」

「――なら、今度は私の下着を選んでもらおうかな?」

「勘弁してくれ……」


 そんなやりとりをしつつ、聖宮に着いた四人だったが、そこにはイリナの付き人が待っていた。


「皆様、御帰りなさいませ。イリナ様が御待ちですので、御部屋に戻り次第イリナ様の私室に御向かい下さい」


 大体予想がついていたジャックは特に急ぐことも無く、フレイを自室のベッドで寝かせ、ミルティナ、ラルカと合流してから私室に向かった。


「来たぞ」

「そちらに御掛け下さい。フレイは置いて来られたのですね」

「連れて来た方が良かったか?」

「いえ、寝ていたのなら無理に起こす必要はございません。さて、察しが付いているかとは思いますが、報告させていただきます。先程、先方との予定が合いましたので、予定通り明朝にゲートを開きます。一度ゲートをくぐると一週間ほどは帰って来れませんので、その事を頭の片隅にでも留めておいてください。質問はありますか?」

「ない。二人は?」

「ないです」

「――ない」


 イリナは順繰りに顔を巡らすと、一つ頷いてから続けた。


「わかりました。では、明日の早朝にて予定通りに。今日はゆっくりと疲れを癒していただいて、明日からまた頑張ってください」

「フレイはどうするんだ?」

「フレイはジャ――旦那様が連れて行ってください」

「なぜ言い直した。別にそのままでよかっただろう。まあいい。フレイはこちらで預からせてもらう。どうなっても知らないからな?」

「皆様なら、きっと素晴らしい子に育て上げてくださると信じていますから、安心しております」

「任せてください」

「――うん。パパがいれば問題なし」

「……俺にばかり押し付けるなよ?」

「ママもいますから♪」

「……道徳的教育は俺が担当する。いいな?」

「――じゃあ魔法は私」

「私は剣術――と言いますか、体を動かすこと全般ですかね?」

「まあ、それが妥当だろうな」


 ガチャ――三人であれこれと言い合っていると、三人が入って来た扉が開いた。そこには――


「ぐすっ…パァバー!!!」


 涙目のフレイがおり、ジャックを見つけると全速力で抱き着いた。

 ジャックはジャックで、フレイに近付いて行っていた。自然とパパらしい行動をし始めていることに本人は自覚がないのだろう。


「うぐっ! どうした?寝てたんじゃないのか?」

「だっで……起きだらパパもママもいないんだもんっ!!」

「あー……それは悪かった。寝てたから、起こすと悪いと思って置いてきたんだ」

「――別に全員で聞く必要はなかったから誰かが残ってもよかったかも」

「そうですね。反省しなくては」

「ふふっ……すっかりパパが板についてますね、ジャ――旦那様」

「よしよし……俺はどこにも行かないから、もう泣き止んでくれ」

「ぐすっ……ほんとに?」

「本当だ。これからは常に誰かが傍にいるようにする」

「そうでした。まだ夕食は召し上がっておりませんよね?食べて来られてはいかがですか?それとも水浴びが先でしょうか?」

「うーん……どうする?」

「――おなか空いた」

「だそうですし、今から頂きましょう」

「わかりました。その間はフレイは私のところで預かって――」

「やだ。パパと一緒にいる」


 フレイのこの一言に、イリナは両手をフレイに伸ばした状態のまま固まってしまった。相当ショックだったのだろうな。


「――聖女が聖女らしくないことになってる」

「あれは、少しでも子供の育児に携わった人にとっては致命傷のようなモノですよ。一日二日は立ち直れないレベルです」

「パパ行こっ」

「お、おう……」


 後ろ髪を引かれる思いで、フレイに手を引かれて部屋を出ていくジャック。その後に続くラルカ。

 ミルティナは一応聖女をフォローしておくことにしたようだ。


「フレイは兄様と私がしっかりと育てますので、どうぞ御心配なく。これからも聖女として、聖都の民のために心を砕いてくださいね」


 フォローするどころか傷口に塩を塗りたくっていくミルティナだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る