足し算と解

 意識の中ではたったの一言二言だったけれど、俺は確かにあの声と会話をした。


 曰く、俺の能力は”リンク”と呼ばれるものであると。

 波場さんのように機械と、穂坂さんのように人と自分とを繋げるようなものではない。

 ではどういったものか。


「人の能力と能力を繋げる……?」


 疑問に声を上げたのは穂坂さんだ。

 隣で眼鏡を直す波場さんも、あまり理解出来ていないといった面持ちである。


「どう使うかはまだはっきりとはしていないのですが……分かり易い例えも見つかりませんね。実践してみせた方が早そうですが――」


「使い方が分からないじゃあ、どうにも……」


「ですね」


 簡単に言えば足し算。

 ここにいる波場さんと穂坂さんの能力で言えば、機械の中に入りながら、そこに映った対象の心を読むことが出来るといった具合だろうか。

 二つ以上の能力を掛け合わせ、それぞれの特徴を生かした合成ものに仕上げる。それがリンク。


 と、夢の中で理解した。

 説明は――されていた気もする。

 あやふやで少し分からないけれど、それは確かなことのようだった。


 そこで思い出したのは湯谷夜子という存在のことだ。

 先ほどは邪魔が入った所為で忘れていたけれど、当初の目的は彼女と連絡を取って、俺が見たビジョンについて尋ねてみるということだった。


 スマホを取り出し、今度こそ夜子さんの名前を表示し、通話ボタンをタップした。

 はやる気持ちに呼応するかのように、ものの二コール目で「もしもし」と聞こえてくる。


 が、その声はどこか、浮いているというか、普段の毅然とした態度から発せられるものとは少し異なっているように聞こえた。

 どうかしたのかと尋ねると、


『芳樹くん……能力が発現しましたね?』


 と。


 まさに聞こうと思っていたことだから、と納得しかけて、それが異様な発言であることに遅れて気が付いた。

 夜子さんが特定する能力者は、決まってその対象が”自殺”を試みようとしている者。波場さんに始まって俺まで、聞いた話では初仕事で出会った男の子でさえ、自殺をしようとしていたというではないか。

 そしてそれを、夜子さん自身も「未完成なのです」と言っていた。

 つまり――夜子さんの能力が、一段階か上がったということだろうか。


「どうしてそれを……?」


 聞き逃せるはずもなく、そう尋ねると、


『つい先ほど、お昼寝の最中に夢を見たんです。光が私に語り掛けて、目が覚めると貴方の能力が分かりました……芳樹くん、そちらで死のうだなんて考えていませんよね…? ちゃんとそこに、茜さんと安高さんはいますか…!?』


 珍しく動揺しきった、震える声。

 今まで、察知した能力者は皆が自殺をせんとしていたものたちだったのだから無理はない。

 そうでないこと、ちゃんと二人も傍にいることを伝えると、心底落ち着いた様子で深い溜息を吐き、良かったです、と言った。


 しかし。

 俺が体験したことを、夜子さんも同じようなタイミングで体験し、能力についての変化が起こるとは。

 これは、夜子さんに俺のことで解を求めるのは無理そうだ。

 と、思っていたのだが。


 俺の能力について知り得たことを伝えるや、瞬間黙って、やがてこんなことを言った。


『珍しい能力ですね。しかしそれは――』


 と言い淀んだ。

 何を言いかけたのか問うや『何でもない』とはぐらかされ、次いで解説に移った。

 俺の”リンク”という能力は、他人の能力と能力を足し算して発動させる、いわば補助能力。それは、俺自身でも知っている内容だった。

 夜子さんが加えて言ったのは、その能力は”関連性があるのなら、ある程度見た目のズレるものであっても自身の思い描いた風になる”ということだった。

 詳しくは夜子さんにも分からないということだが、それが知られただけでも有難い。


『つい先ほど、安高さんから簡単な報告を受けた限りでは、貴方の能力はとても役に立ちそうです』


「俺の能力が…?」


『はい。安高さんと茜さんの能力を組み合わせて――やり方によっては、その美緒という子の能力も利用して解決できそうな――と』


「どうしました?」


『いえ……直接命の危険がないのなら、後は芳樹さんの判断に任せましょう』


「ちょ、夜子さん…!?」


『検討を祈ります。お二人にもよろしくと』


 引き止める声も虚しく、夜子さんは一方的に通話を切った。しかし、そうかと思えば、すぐにメッセージの方に通知があった。

 開くやまず目に入ったのが『二人には伝えないで』という一文。その下に、『こちらに戻った折、私の部屋に顔を出したください』と続けられていた。

 訝しむ俺に波場さんがどうしたのか尋ねてくるが、俺は正直に夜子さんの言いつけを護り、何でもないと濁した。

 内容こそ語られてはいないが、恐らくは俺の能力に関する何かだろう。


 帰ったらどうせ聞かされる羽目になるのだろうと納得しておいて、今は目先の問題への対処を考えなければならない。

 直接手を出せるわけではないけれど、俺の能力の、その可能性は言ってしまえば無限大だ。

 どの能力とどの能力を足し合わせればこうなる、という大方の事実に加えて、自身の想像すらも付け合わせてくれるという話だ。良く言えば強力で頼りになりようだけれど、悪用しようものなら厄介が過ぎる。当然、そんなことをするつもりはないけれど。


 この能力を使った新しい作戦――一つ思いついたが、実行するのは難しい。タイミングだって測れたものではない。

 言いかけた俺に、しかし二人は、話すだけ話せと言ってきた。

 躊躇いもしたがとりあえず――。


「どう説明したものか迷うのですが、簡単に言うと、波場さんと穂坂さん二人の能力を繋いで、あることが出来そうな気がするんです」


「あること、とは――いえ、信じましょう」


 聞きかけ、眼鏡を直すとえらくあっさりと受け入れられた。

 内容の欠片も伝えていないというのに。

 ふと横の方を見れば、穂坂さんも頷いていた。


「良いんですか、とか聞かないでね。私たち二人の能力じゃあ、直接効果のある方法なんて無いねって、さっき安さんと話してたんだ、実は。だからってわけじゃないけど、芳樹の試したい方法なら乗ったげる」


「保坂さん…」


 つい深く息を吐く俺に、ただし、と一言。

 何かと問うや、


「教えて、一つだけ。それは、自己犠牲じゃないんだよね?」


 表情は真剣だ。

 前回あんなことがあった手前、強くは言い出しにくい。が、そうでないことは本当だ。

 偽ることなく、誤魔化すことなく、


「正真正銘、三人で行う”共闘”です」


 その一言に、穂坂さんは満足そうに「そっか」と目を伏せた。


「なら問題ない。私は乗るよ」


「私もです。お嬢が一目置いている新人なんて珍しい。今後の為にと銘打って、貴方の作戦を信じましょう」


「二人とも……ありがとうございます」


 話が纏まった。


 俺の作戦は至ってシンプルだ。

 成功すればその工程で終るだろうし、失敗すれば――恐らく次の手はない。

 どころか、美緒を怒らせ、今度こそ痛い目を見そうな予感があった。


 決行は今から直ぐ。

 これといった準備の必要もなく、発動の仕方が分からない以上は下手に短い時間訓練をするよりはぶっつけ本番に見せる火事場の馬鹿力の方が信じられると、波場さんの言で能力行使の実践はしなかった。

 胸の内に残る熱が冷める前なら、それも何とか成せそうな気がするのが不思議だ。


 二人を正面から見つめ、俺は言い放つ。


「二人に協力して貰うことは至って簡単です――」


――


 ここに戻ってくるのは何度目だろう。

 数日とは言っても、経過中俺はずっと意識の外にいたわけだから、実質一日の内で起こった出来事と言っても間違いではなかろう。


 もう嫌になっていても、投げ出してしまってもおかしくはないのに、ここにまた戻って来てしまうのは、きっと――

 その気持ちも大事にして、俺は扉を開いた。


 もはや”敵”と呼称しても良さそうな雰囲気を醸し出しているのは、部屋の中央に立つ美緒。何度目かの脱走に、流石に我慢ならなかったのか。

 あるいは自我が少しでも戻りつつあるのか。

 どちらにせよ、消えろと強く憎んだ波場さんだけでも、いらないと言い放った穂坂さんだけでもなく、俺にも向けられているのは、明確な敵意の目だ。

 最終決戦に相応しい立ち姿である。


 しかし、俺がここに来た目的は、決着という意味では同じニュアンスだが、決して喧嘩を――敵対をしに来たわけではない。


「話し合いをしよう」


 一歩。

 俺は踏み出した。


「三留の嘘つき……どうして分かってくれないの?」


 二歩。

 少しずつ、動かない美緒との距離が縮まっていく。


「嘘をついていたのは、悪いな、三留じゃない。永禮芳樹だ」


 三歩。

 確実に距離が縮まっている。


「三留は嘘つきなのね。お姉ちゃんの気も知らないで」


 四歩。

 そろそろ手が届く距離だ。


「お前は俺の姉じゃない」


「嘘よ! だって三留は――!」


「氷山美桜」


「……っ……!?」


 名前を口に出すと、饒舌だった美緒の口が止まった。


「そうだ。分かったか。俺は永禮芳樹で、お前は氷山美桜だ」


 可能性を考えなかったわけではない。

 しかし、それは俺にとって嫌な過去だから、忘れたい痴態だからと、考えないようにしていた。

 死霊を統べる、その頂点に立つ王であるような存在の美緒に、まさか俺の中まで見られていようとは。

 ネクロマンサーが共感出来る死霊が、どの範囲まで及ぶかなんて考えていなかった。


 永禮沙織の墓は、すぐ傍にあったというのに。


 初対面時、俺を見てすぐに”三留”とは呼ばなかった。俺をそう呼んだのは、俺が年下だという事実を知ったから。

 無自覚だという話だから、恐らくは知らず知らずの内に共鳴したのだろう。墓に眠る沙織の意識と呼応して、俺に年下の存在がいることを知った。そして、ぐちゃぐちゃで曖昧な繋がり方をして、俺を弟の”三留”だとした。

 その際、”氷山三留”ではなく”永禮三留”としてインプットされてしまったのだろう。

 どこで屈折したのかは分からないが、元々正常な思考を失っているのだ。そこをはっきりとさせる必要はない。

 何より今、彼女の反応からその裏付けが出来た。


「こおり、やま……ながれ……みつる、三留……!」


 美緒は頭を抱えて怯んだ。

 それを読んでいたわけでも望んでいたわけでもないけれど、せっかく生じた隙を突かない手はない。


「波場さん、穂坂さん…!」


 これが機会と見て、俺は二人に合図を送り、美緒の懐へと飛び込む。

 合図を受けた二人は互いに目配せ、バッチリのタイミングで能力を発動した。


 俺は美緒の両手を掴み、横に大きく広げて目を近付けて――


「どうなるかは分かんないけど、ちょっと耐えてもらうぞ、美緒…!」


 目に意識を集中すると、思う通りに”リンク”の能力が発動した。


 俺が想像した足し算は、よもやこの世に起こり得るものではなかった。

 あるいはアニメの、あるいは小説の、あるいは映画の中でしか起こり得ないものだと思っていたのだが。

 強く願ってみれば、存外とその限りではないらしい。


 穂坂さんの”心への干渉”と、波場さんの”入り込む”という側面だけを切り取って繋げた『美緒の心の中に入る』といった、曖昧で非現実的な方法が成功するなんて。


 原理は分からないけれどともかく入り込んだ美緒の意識の中。

 不随して想像していた舞台は、あの日の家の姿だった。

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