第9話 まつ子、手伝う

 今日は雨。


 午前中の退屈でなんにも面白くもなんともない座学が終わって、午後は用事がなかったのに、午後はお出かけができません。


「何が面白くないのですか?」

「わ、私は何も、い、言ってませんのよ?お師匠様。オホホホホ」


 しかし、ルージュはヒマでしょうがありません。仕方がないので、お師匠様のお手伝いをすることにしました。

 お師匠様がいくつかの指示をルージュにしたあと、ふと漏らします。


「・・・めずらしいですね」

「そんな、お師匠様。私だってお手伝いくらいはしますわよ」

「それもそれも、それはそれは、とてもとても珍しいことなんですけど・・・どうやら、お客様が来られるみたいですね」


 外はざあざあと雨が降っていて、誰かが来るような様子なんてありません。


「こんな日にどなたが来るというのですの?」

「いつもはまつ子が居ないときに来ていたのですよ。それに最近はあまり来ていなかったので・・・まあ丁度いいでしょう。まつ子、そのお客様を紹介します」

「え、じゃあ、私お化粧に行ってきま「不要です。そして無駄です」・・・ひどい」

「まだそんな年齢でお化粧する必要はない、という意味で受け取りなさい。女は成長すると変わるのですよ」

「・・・そうですわね。私も地が良いのですから。お師匠様の言うとおり、余計なことでしたわ」


お師匠様の遠回しな皮肉にルージュは気が付きません。


「たくましいわね、まつ子。称賛に値しますよ」


 そう言いながら、お師匠様はランプをひとつ、戸棚から持ってきて、魔法で火を灯しました。ルージュがとても不思議がって聞きます。


「お師匠様?まだ午後も過ぎたばかりですわ」

「今来るお客様は、少し特別なのです。このランプで、この家まで導かなければいけません。まつ子、その役を任せます」

「わかりましたわ」

「これを持って玄関にたって、ゆっくりこのランプを揺らしなさい。そうするとお客様がそれを目印に来ますから、そのまま家に招き入れてください」

「どのような方がいらっしゃるのでしょうか?」

「それは・・・いえ、ふふふ。会えばわかりますよ」


 ルージュはお師匠様からランプをもらうと、玄関先に出ました。先程よりは雨が弱くなっているようですが、いつもなら見える森の入り口が見えません。


「雨が多いですわね。アッシュの家も見えませんわ」


 ルージュの家は小高い丘の上にあります。そしてアッシュの家はここから徒歩で5分くらいのところにあり、夜になるとお互いの窓明りが見えるくらいの距離でした。


 つまり、この物語の冒頭で説明した、”人里離れて”というのはウソでした。せいぜい少し離れている程度です。


「では」


 ルージュはゆっくりとランプを揺らします。


「ゆーら、ゆーら、ですのよ」


 ランプは揺れるたびに、ひゅっ、ひゅっ、と音を立てます。


「不思議な音がなりますわね・・・ゆーら、ゆーら」


 しばらく、何度かランプを揺らしますが、なかなかそのお客様というのは現れません。少し飽きてきたので、ちょっとアレンジをしてみました。


「ゆーらゆーら・・・揺れる〜、おとめごーこーろ〜♪」


 ルージュの気持ちが乗ってきました。


『あの雨の日、アルバイト先で今日ご飯食べない?って誘ってきたのは2コ上の先輩。正直ちょっとだけ気にはなっていたけど、去年から片思いのあの人のことも気になる道明寺まつ子、19歳。こんなこと、今までなかった。嗚呼、これがキャンパスライフってやつね!』


こんな事は思ってませんが、それに比する気持ちでした。


「あの日出会った〜川辺で〜♪も〜ういち〜どぉ〜♪」


 ルージュの歌声にもっと力が入ります。


「貴方に〜ついてーえぇぇえ〜いくわとぉ〜♪あなたぁ〜にぃ〜すがぁあるぅ〜♪」


 ノリノリになってきたルージュはもっと力を込めます。


「おんなのぉ〜なぁみだぁ〜・・・ン雨のぉ〜『石よ』あいだ!!」


 ルージュの頭の上に石が落ちてきました。頭をさすりながら振り向くと、後ろにお師匠様が立っていました。


「何するんですか!お師匠様!」

「歌うなら歌うでもいいですが、もう少し明るい歌を歌いなさい。そしてもう少し若い歌を歌ったほうがいいと思うのです」

「そんな・・・この雨のイメージをそのまま表したまでですわ」

「お客様をお迎えするのに女の涙は不要ですよ、まつ子」

「はぁい」


 お師匠様に軽くたしなめられて、少しおとなしくします。


「ゆーら、ゆーら」


 ルージュは再びランプを揺らすことに集中しますが、やっぱりヒマに変わりありませんでした。


「お客様ってどんな方なのかしら・・・」


 そういって、今度はお客様のイメージをします。


「そうね、お師匠様のお客様ですから、少し背が高くて、ヒゲがあって、やさしそうで、それでいて少し無骨な感じのする方でしょうか」


 ルージュはそんなイメージではなんだか物足りません。


「やはり、イケメン・・・少なくとも若い頃はイケメンでしたね、と言えるくらい?いえ、違いますわ。年齢を重ねても色褪せぬのが本当のイケメンですわ。いやしかし・・・」

「やってきたど」

「ひゃっ!!」


 ルージュの右側に青いモサモサとしたものが立っていて、話しかけてきました。

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