おまかせルージュまじっく

やたこうじ

第1話 まつ子、さらわれる

 むかしむかしのこと。


 人里離れた魔法使いの元に、ある修行中の少女がいました。その女の子の名前は「ルージュ」といいます。

 ルージュは小さなころから、修行に来ています。そんなあるぽかぽかと晴れた日、お師匠様はお使いをお願いしました。


「まつ子ちゃん、まつ子ちゃん。こっちにきて頂戴」

「お師匠様。私の事はルージュと呼んでくださいませ」


 そう。

 ルージュはちょっとそんな感じで育ってしまった娘でした。


 でも。


「あら、そうだったわね、まつ子ちゃん」


 流石ルージュのお師匠様も、負けません。


「ねえ、まつ子ちゃん。いつも思うんだけどさぁ、アナタ、すっごく赤が大好きなのに、どうしてそんな姿なの?」


 お師匠様は太い指を顎にあてて首をかしげます。

 ルージュのお師匠様は結構マッチョなオネエ様です。修行したての頃、思わず「おじさま」と呼んで一晩吊るされたのは今でも切ない思い出でした。


「ああ、お気づきでしたの?」

「普通は気づくわ?」


 ルージュは青いバンダナに薄い緑色のマントを羽織っています。マントの下は白いワンピースです。


「私が赤が好き、という事は世界の秘密なの」

「あらそうなの」

「そして私が赤を愛する気持ちは誰にも負けないわ」

「あらそうなの」


 お師匠様は聞き流しています。


「そんなことより、さっさとお使いをお願いしたいの」

「わかりました。では行ってまいります」

「ほらほら、さっさが違うわ。まずは話を聞いてからよ」

「手短にお願いしますわ」


 ルージュは基本的には素直な娘なのです。

 そんなまつ子をお師匠様は少しだけ心配しながらも、いつも暖かく彼女を見つめます。そして今も。


「お師匠様・・・視線、視線が熱いんですの」


 お師匠様の温かい視線は少しルージュにとっては刺激が強かったようです。


「あらあら、ごめんなさいね。ついつい。でも殺意はないから安心してね。で、お願いというのはね」

「はい、お師匠様」

「隣町に行ってリンゴを買ってきて欲しいのよぉ」

「リンゴを?」

「そう。あの赤くて丸いヤツね」

「それはわかりますわ」


 リンゴを買うには隣町まで行かなければいけません。それほど危険な道のりでもありませんし、割と幅が広く穏やかな街道ですが、馬車でもない限り、徒歩で4時間ほどかかります。


「でも・・・お師匠様?」

「何かしら?まつ子ちゃん」

「昨日も一昨日も、私と一緒にお買い物に行きましたよ?今日も、そして今日は私だけですの?」

「そうね。正直に言うまでもなく、もう面倒なの」


 お師匠様はさらりと答えました。


「そうですの・・・いえ、改めて教えてくださいませ。どうしてリンゴだけですの?」

「淑女の気まぐれね」

「淑女かどうかは置いといて、わかりましたわ」

「じゃ、レディでいいわよ・・・それにしても、予想に反して無駄に素直ね」

「リンゴは私のソウルフード。そして赤は私のソウルカラー。そのお誘いを裏切れませんもの」

「そうなの」


 ルージュはお師匠様からお使いのお金と少しのお駄賃を貰うと、隣町に向かうことにしました。


「ああ、ついでに」


 出かけようとするルージュにお師匠様は引き止めます。


「はい、なんでしょう?」

「ついでに、狼王ブラックファングを倒してちょうだいな」


 狼王ブラックファング。

 この辺りでは知らない者はいない、悪の権化と言われる魔物です。未だその姿を見たものはおらず、また命を落とした者の体には黒く、大きな3つの爪痕がついていたために、そのように呼ばれるようになりました。

 これまでも何人も名をはせた強者が挑みましたが、結局帰ってきたものはいませんでした。


「それは無理です」

「もちろん分かってるわ。相変わらずの生存弱者ねえ」

「言うまでもなく正論ですわ。お師匠様」


 ルージュは普通の女の子。

 実は殺し屋だとか、伝説の勇者だとか、そういう裏の顔もありません。


 ましてや『私の名前は道明寺まつ子 34歳。少し行き遅れのOL。彼氏いない歴14年。築25年のオンボロアパートに一人暮らし。会社を往復するだけの毎日で唯一の趣味は転生ものライトノベルをニヤニヤしながら読むこと。「あー私も転生してイケメンに囲まれて愛と冒険に生きてえ!!」とか叫んだら、「叶えよう、まつ子」とかまたまたイケメンの神様言われて私は転生しました』とかいう記憶もありません。


 ごく普通の女の子。


「一拍おいて」


 ごく普通の女の子です。


 隣町までの道のりは少し遠いのですが、ある程度舗装もされてて歩きやすい道でした。そして今日はお日様がぽかぽかと体を温めます。ルージュはだんだんちょっとした散歩のように思えて楽しくなってきました。

 

 ウソでした。

 そして隣町まであと3時間45分。まだまだ遠いのでした。そんな距離を忘れようとしてか、自然とルージュのつぶらでキュートな唇から歌が溢れます。


 そう、つぶらでキュートな唇で。

 これも大切なことなので2回です。


「リンゴのお使いの為に〜♪4時間歩かせるあの人が〜♪あ〜あ〜♪」


 ルージュはクルクルと回りはじめました。


「ししょ♪ししょ♪わーたしのおーしーしょー♪」


 立ち止まって手を広げます。


「その人の名は〜♪誰も知らない〜♪謎多きお師匠〜様〜♪」


 ルージュの後ろからガタガタと音が聞こえてきました。

 白い幌を纏った大きな幌荷馬車です。


「お嬢ぉ〜さん〜♪ひーとりーでどこにいくの〜かい~♪」


 そうすると、荷馬車に乗っているおじさんが調子をあわせて歌い、声をかけてきました。


 さあ、ルージュはどうなってしまうのでしょう。

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