第2話:石が好き

 石が好きだ。

 綺麗な色の石が好きだ。

 夕日色の琥珀こはくが好きだ。

 大海に星を映したようなラピスラズリが好きだ。

 澄んだ水面みなもりかためたようなラリマーが好きだ。

 賢者の石のようなルビーが好きだ。


「遠山さんって、宝石が好きですよね」

 ランチミーティングという名の昼食で、異業種の営業の男が頼んだパスタを待ちながら言った。

「ええ、宝石に限らず。石が好きなんですよね」

 指を揃えて左右の指に輝く二つに石を見せながら遠山が答える。

「石かぁ……なんかできる女のたしなみって感じですね」

「できる女かどうかは分からないけれど、意味のある自分への投資がしたいっていうか。ほら、石って同じ物がないじゃないですか。地球が生み出した偶然の産物っていうか」

「おお、そんな考え方、したことなかったですよ」

 目の付け所やセンスを褒められた気がして、遠山は少し誇らしげに笑った。

「びびっときたら買っちゃうんですよね。どんな時も『縁』ってやつを大事にしたくって。もちろん、岡山オカヤマさんとのこの縁も大事にできればって思ってますよ」

「それは光栄だ」

 岡山はにっこりと微笑んだ。

「ああ、石と言えばいい感じのお店を知っていますよ」

「お店?」

「東区にあるお店なんですけどね。なんか、噂では自分だけの宝石を原石から取り出すサービスをやっているらしいんですよ」

「へぇ……興味深いわね」

 岡山はスマートフォンでブラウザを開いて何やら検索し、ヒットしたウェブページを遠山に見せた。

「ここです」

「わ……すごいセンスのいいウェブページね。UIも今風で見やすいわ」

「あはは、さすが目の付け所が業界人っぽいや」

「あらやだ。職業病かしら」

 遠山はわざとらしく口元を抑えて笑った。そして再び岡山のスマートフォンに映し出されたウェブサイトをまじまじと見る。

「『名前のない宝石工房』? ウェブページのセンスと店の雰囲気とは裏腹に、冗長な名前ね」

「僕の奥さんの友人もすごく石が好きな人種で、パワーストーンっていうんでしたっけ? そういうのがたくさん売っているって楽しそうに言ってました」

 遠山はスマートフォンから目を離し、岡山の顔をまじまじと見た。

「……岡山さんってご結婚されていたんですね」

「あ、言っていませんでしたっけ? 娘もいますよぉ」

 そう言ってスマートフォンのホームボタンを押し、待ち受けに映る赤ちゃんの写真を遠山に見せた。

「可愛いですよねぇ。子供って。毎日帰って会うのが楽しみなんですよ」

 遠山は心臓がねじれるような思いを飲み込みながら、なんとかにっこりと微笑んでみせた。

「ええ、とっても」


 実際には、粉々に散った一つの可能性を悲観しながら、見えないところで手の平に爪を立てていたのだけれど。

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