第18話:処分してください

 ある午後のこと。朝霧がライカのデスクまでやってきて小さな石を差し出した。

「ライカ。これ、実験的に削ってみたブリオレット。呪いの種類的に売れるものじゃないけど、試験的に使って」

 普段、カットした石は効果の書かれた管理カードとともに朝霧が保管棚に並べる。そして、その石の中から売れそうなものを優先的に選んで、ライカがデザインを起こすという流れがルーティーンになっている。朝霧がわざわざ削りたての石をライカのもとまで持ってくることがまれだったので、彼は少し驚いた。だが、朝霧の小さな手のひらに転がる滴型の宝石を見て、すぐに微笑んだ。

「良いわね。きめが細かい。けれど大きい」

 ライカが率直に褒めると、朝霧は少しだけ口元を緩ませたようだった。

「新しいデザインの参考にして。もう少し駄石だせきで練習してみるから。商品化できそうなら、ちゃんと売れる石でも削ってみる」

「ありがとう。相変わらず天才的な習得ペースね、朝霧。この間の研修で習っただけなんでしょう?」

 朝霧は席に戻りながら、いいえ、と言った。

「前から独学で少し試してたの。このレベルの習得までに二年くらいかかってるわ」

 それでも十分よ、とライカは心の中で思ったが、それ以上褒めると朝霧にはきっと薄っぺらい賛辞に聞こえてしまうだろう。微笑んで黙っておくことにした。

「あぁ、売り物にはしないけれど一応聞いておくわ。これどんな呪いがあるの?」

 ライカが問うと朝霧は振り向いて答えた。


「『目立たなくなる』」



 同刻。店内で間宮が商品棚を磨いていると、チリリという音とともに客が入店してきた。

「いらっしゃいませ、あ」

 間宮が顔を上げると、そこには先日来店した一増が立っていた。

「いらっしゃいませ」

 機械的な槇の歓迎に一増は小さく会釈をして店を見渡した。そして間宮と目を合わせると、改めて会釈した。きっとライカの姿を探したのだろう。そして彼が先日よりもやつれていることに、間宮はすぐに気が付いた。

「どうなさいました?」

 槇がにこやかに尋ねると、彼は言い出しにくそうにもじもじとした。そののっぴきならない態度に、槇は「カウンターへどうぞ」と椅子を指さした。一増はおどおどしながら椅子に腰かけ、ちらりと店の外の様子を気にした。やはり、警察の尾行びこうは続いていた。今だって外に車が止まっている。

「ええと、以前ご来店されましたでしょうか?」

 槇は指を組んで一増を思い出そうとしたが、思い出せないようだった。その時接客をしたのはライカと間宮だったのだから、それは当たり前だ。

「あの……はい。一増と言います。えっと……」

 槇は名前を聞くとすぐに、ああ、と気づいたようだった。

「『目立つ石』をご所望だった一増様ですね」

「……ッ、お、お願いします。これを……」

 一増がごそごそとポケットの中から何かを取り出し、槇に突き出した。それは、言わずもがな緑の石が付いた金の指輪だった。

「これを……処分してください!」

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