第16話:目立つ石じゃない

 土曜日の朝、朝霧が店にやってくると、すでに槇がカウンターで書類の整理を始めていた。

「おはよう朝霧」

「おはよう」

 朝霧は顔をしかめつつも挨拶をして、持っていた傘をたたんだ。今日もあいにくの天気で小雨こさめが降っていた。

「今日はライカさんはお休みだよ。間宮さんは十四時出勤」

「そう」

 朝霧はぱたぱたと服についた水滴をはじいてカウンターの裏側へまわり、工房へのドアノブに手をかけた。すると槇が呼び止めるように呟いた。

「不思議だね」

「……何が」

「朝霧と出会った日は、毎年連続で雨だ」

 シューマンのトロイメライが静かな音を奏でていた。朝霧は数秒黙ってその旋律を聞き、小さなため息をついた。

「よく覚えてるわね」

「衝撃的だったからね」

 槇が立ち上がり、少し睨むような眼で見上げてくる朝霧と向き合った。

「これからもよろしく。朝霧」

 差し出された手を、朝霧は何も言わずに握り返した。無愛想な朝霧に槇はくすっと笑って切り出す。

「そう言えば。最近物騒な事件が起きてるみたいだから、気を付けるんだよ」

「物騒な事件?」

「若い子たちが通り魔に襲われているみたいなんだ」

「通り魔? この辺で?」

「いや、西の方みたいなんだけどね。ほら、この間一緒に見たテレビに映ってた、石に呪われた俳優がいただろう? その人の所属している劇団の人が二人、被害にあってるらしいんだ」

「……宝蟲石のせいだって、思ってる?」

 朝霧が目を細めた。相変わらず美しく光る緑色の瞳だった。

「少なからずね」

「……そう言えば、あの男が持っていた石、うちに似た発注が来てたわね」

「ああ、『目立つ』石だっけ?」

 朝霧が頷いて、ため息をついた。

「だけどあれは、純粋に『目立つ』石じゃないから厄介そうね」

「どういうこと?」

 槇が首を傾げると、朝霧はゆっくりと呪いを告げるように答えた。


「あれはね、『』石なのよ」

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