第21話:姫野の憂鬱

 学校に向かう道すがら、姫野はひどく憂鬱だった。鞄が重く感じる。足も。頭もだ。

 間宮にあわす適切な顔がなにか分からない。

 彼女は自分を許してくれた。自分を消してしまおうとしたことを許さないと言ってくれた。ひどく迷惑をかけたし、ひどく傷つけたにもかかわらず、自分のために泣いてくれた。そのことが死ぬほど嬉しい反面、今の自分に幸せな気持ちで彼女と向き合う資格があるのか疑問だったのだ。

 足取りの重い通学路。今日はからりと晴れており、自分の影が前方のアスファルトを濃い色に染めている。姫野は下を向き、自分の影を踏むようにして歩いた。

 すると、その影に別の影が重なった。

 姫野はパッと顔を上げ、その人影を避けようとした。するとそこにいたのは、見たことのある男だった。

「あ……」

 名前がぱっとでない。

「おはよう。姫野様。『名前のない宝石工房』のライカよ。先日は大変だったわね」

「おはよう……ございます」

 姫野は会釈えしゃくをし、少し身構えてライカを見上げた。彼はやはり女性的な喋り方で中性的な洋服を着ており、不思議な雰囲気をかもし出していた。その妖艶ようえんな笑みに息を呑んでしまう。

「今から学校なのね。遅刻じゃない?」

 もう午前十時を回っている。

「あ……朝、一応お医者様にてもらってから、家を出たので……」

「そうだったの。もういいの?」

「あ、はい」

 良かった、とライカは微笑んだ。そして、ごそごそと鞄から小さな箱を取り出した。

「それ……」

「先日うちの者があなたに届けた石。あの夜、ホームに落として行ったから。おうちまで届けに来たの。本当はこういうの店長の仕事なんだけど、先日といい今日といい石の仕入れに行くって言ってね、人手不足だからって人使いが荒いったらないわ。って、あはは、こんな話はどうでもいいわね」

 ライカは可笑しそうに笑って手をひらりと振った。そして箱から石を取出し、姫野の手に握らせた。

「はい。どうぞ」

 どうして箱から出したのだろう? 姫野は不思議に思いながら、薄いエメラルドに赤色の指す不思議な石を見た。吸い込まれるような気持ちになった。

「この石の効果。覚えてる?」

 ライカが微笑みながら問う。

「え、えっと。『素直になれる』ですよね」

 うん、とライカが頷き、姫野のもう一方の手に箱を握らせた。そして艶美えんびな笑みを浮かべて耳元でこう囁いた。

「押し込めるような切ない恋心も美談びだんだし、素敵だけれど。あなたも、素直になっていいと思うわよ」

「え?」

 ライカはにっこりと笑うと、ぽんと姫野の頭をで、姫野とすれ違う形で去って行った。

 そして姫野は知る。

 彼の後ろに、間宮が立っていたのを。

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